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4.

 次の日、仕事を終え学院を出るとリュウオンが待っていた。


「シズク、お疲れ。飯行くぞ」


 いつもと同じリュウオンの調子に少しほっとしたのも束の間、手を掴まれ歩き出す。


「ちょ、ちょっと、リュウオン。待って!」


 シズクは咄嗟に手を離そうとするが思いの外、リュウオンにがっちりと掴まれていたため慌てる。

 リュウオンは足を止めてシズクを掴んでいた手を離す。あっさり手を離されシズクは拍子抜けしてリュウオンを見ると、リュウオンは甘く微笑みながらシズクを見つめて言う。


「手を繋ぐのは嫌か? シズク」

「嫌というか……」

「というか?」

「は、恥ずかしい」


 シズクは顔を逸らし誤魔化すように歩き出すが、


「そのうち慣れるから大丈夫だ」

 と言ってもう一度シズクの手を取って並んで歩く。


 シズクは今度は拒否しなかった。

 昨日エマと別れてから、自分の気持ちと向き合うことについて考えてみたのだ。

 リュウオンには出来るだけ素直な気持ちで接していこうと決めていた。


 今日はいつもとは違う店だった。

 落ち着いた雰囲気の2階建てレストランだ。ドレスコードがあるような格式高いところではないく、家族のちょっとしたお祝いごとやカップルがデートで使うような、お洒落だが気後せず入れるレストランだ。

 


 店に入ると2階の個室に通された。

 2階の席は完全個室になっており商談や他人に聞かれたくない話をするときにも使われている。シズクもよくエマと情報交換をするときは使用していた。

 シズクはちらとリュウオンを見上げると仕事の話だと言われ納得する。


 仕事の話とは来週から第5部隊が遠征討伐に行くという内容だった。

 リュウオンが隊長になってから初めての遠征討伐だ。

 期間は1ヶ月程度だが、隣国からの要請だということで長引く可能性もあり得るという。


「だがな、1ヶ月も心配なんだよ」


 リュウオンの実力は他隊長と比べても遜色ないどころか抜きん出ているといっても過言ではない。珍しく弱気なリュウオンの発言にシズクは首を傾げる。


「そんなに厄介な魔物が出てるの?」

「まあ、厄介は厄介だがそれ程心配はしていない。シズクが他の男からちょっかい出されないか心配なんだよ」


 リュウオンが徐々に険呑な雰囲気になっていく。

 シズクは再度首を傾げて瞬きをする。


「そんなのないでしょう?」


 俺の苦労も知らないで、と呟くが続くシズクの言葉に固まる。


「リュウオンの婚約者なんだから」

「は?」


 リュウオンが予想外に驚くのでシズクは少し不安になった。


「あれ……違った?」

「違わない! シズクは俺の! 婚約者だ!」


 急に大声を出すリュウオンに思わずシズクは仰け反る。


「悪い。シズクがそんなこと言ってくれると思わなかったから嬉しいよ」

「ちゃんと考えてるから。リュウオンのこと。これからのことも」

「ありがとう。あー、やっぱり遠征行きたくねぇな」

「仕事はしっかりしてくださいよ、サイオンジ隊長殿」

「副隊長の真似なんてやめてくれ」


 ふざけて言うシズクに心底嫌そうにリュウオンは答えた。

 2人は目を合わせるとぷっと吹き出しお互いに笑い合う。



 料理をひと通り楽しんだところで、シズクはふと疑問に思っていたことを聞く。


「さっき厄介な魔物って言ってたけど、どんな魔物なの?」

「ああ。魔物自体はAランクのやつだから厄介なわけじゃないらしい。だが、数が問題だ。日に10数体が出現するんだそうだ。しかも同種類が同時に点在して」


 難しい顔をして答えるリュウオンに、シズクも考え込む。


「点在して、複数出現……っていうと結界が弱まってるっていうのが考えられるけど、同種類がっていうのも引っかかる。向こうの魔術師団は何て?」

「結界が弱まっているという兆候は感じられないそうだ。数ヶ所確認したが異常なしだったと。念のため全て点検したいが日々の魔物の対処に追われて進まないからと、応援を要請してきたわけだ」

「なるほど。それは確かに厄介だね」


「まあ、何にせよ。この遠征が終わったら正式に婚約発表だ。シズクが前向きに考えてくれていて良かった」


 蕩けるような笑顔でシズクを見つめるリュウオンに、シズクは急に恥ずかしくなり視線を逸らした。



 シズクのアパートに着くまでの間も甘い雰囲気を振り撒くリュウオンに顔が熱くなるのを感じる。


 シズクは自宅の前まで来ると顔が赤いのを見られまいと、じゃあまたと早口に言ってドアを開けようとするがリュウオンに引き寄せられた。


「キス、していい?」


 シズクは一瞬息をとめリュウオンと見つめ合う。

 リュウオンはふっと笑って冗談だと言いかけた時、シズクは小さくいいよと言って頷いた。

 心臓が早鐘を打つように激しく動いているようだ。

 リュウオンはシズクの頬を優しく撫でると唇に触れるだけのキスをすると、

「シズク、愛してる。おやすみ」

 と言って今度はシズクの頬にキスをした。


 ぼーっとするように家に入りドアを閉めるとその場にへなへなと座り込んだ。火照った顔を冷まそうと両手で顔を覆い、大きく息を吐いた。



 リュウオンが遠征に行ってから3週間が経った。

 シズクは例の如く軍への書類を頼まれ本部の建物に向かう。いないとはわかっていてもつい彼を探してしまう。こんなにも長く会わないのは初めてかもしれない。

 日を追うごとに訳もなく寂しさがひしひしと襲ってくる。


 書類を渡して学院に戻ると、教員室に駆け込んで行く1人の教師が見えた。

 尋常でない様子を感じて、シズクも後を追って教員室に入る。


「魔術科と魔剣科の実習でAランク相当の魔物が5体出現! 怪我人は軽傷が数名。軍にも救援を要請しています」


 教員室全体に衝撃が走った。実戦演習では安全性を考慮してBランクまでの魔物しか出ない地点を選んでいる。それがAランクで5体となると異常だ。そもそもAランク以上は魔剣隊が出動するレベルである。


 シズクは咄嗟に上司を見ると上司も目配せをしてきたので、しっかりと頷いた。


「場所を教えてください」

「南の森1ホ地点から1ヌ地点です」

「範囲が広いですね。取り急ぎ向かいます」


 シズクは出現範囲の広さを聞き顔を顰めるが、魔剣を持って教員室を飛び出した。


 森に入る手前で学院生の集団が集まっていた。

 学院生は全員避難し、随行していた教師数人が戦闘中だと言う。

 シズクは急いで森に入り対象を探した。右斜め前方から金属音が聞こえたため急いでそちらへ向かう。


 見えた先には、同僚の教師が体長が2メートル近くある猪型の魔物を相手にしていた。魔物は今まさに突進しようと体勢を低くしている。

 シズクは素早く魔術を放った。


「フィルテブランネン!」


 魔力が放出されると、ボワっと一瞬にして魔物が炎に包まれ燃え落ちていく。何とか間に合ったようだ。


「怪我はありませんか?」

「大丈夫です。アラニシ先生、ありがとうございます。助かりました」

「いえ。ご無事で良かったです」


 残りの魔物はと聞こうとしたところで大柄の男が背後から声をかけてきた。


「よう、シズク嬢。山火事は起こすなよ」


 シズクが振り返ると、目尻に笑い皺があり、人を安心させるような柔和な笑顔で近づいて来た。魔剣隊第6部隊の隊長であり、シズクの現役時代の相談相手でもあった人物だ。


「グルーバー隊長! ご無沙汰しております」

「さすが魔術の申し子。助かった。こっちも殲滅完了だな」

「昔の話です。それより、今回の件は何が起こっているんでしょうか?」


 シズクは苦笑しながら、気になっていたことをグルーバーに聞いた。


「これから詳しく調査するが、話を聞く限り、複数地点に同種が同時に出現したようだ」

「複数地点に同時に出現……」


 シズクはリュウオンとの会話が頭の中で蘇り、ハッと息を飲む。隣国と同じ現象が起きているのかもしれない。

 グルーバーはシズクが気付いたのを見て言い辛そうに、だがハッキリとした口調で告げた。


「リュウオンのやつから連絡があってな、だいぶ難航しているようだ」

「そう…なんですか」

「あーだが、あいつのことだ。心配はいらんだろう」


 グルーバーの朗らかな笑いに、シズクは不安な気持ちを隠し、そうですねと同意した。


 グルーバーは一旦シズクを見つめると、眼差しを一層和らげて微笑んだ。


「そういえば、シズク嬢。嫁入りが決まったそうだな。おめでとう」

「ありがとうございます。その…よくご存じで」


 シズクは何となく照れてしまうが、魔王が嬉しそうに話していたぞとグルーバーに冗談めかして言われ、思わず笑った。


 後から来た魔術隊の調査が始まり、シズク達がその場を引き上げようとした時、慌ただしい足音が近づいて来た。


「グルーバー隊長! 第5部隊から伝令が!」


 第6部隊の副隊長補佐だった。彼はシズクに気付くとしまったという顔をするが、グルーバーに促され続ける。


「第5部隊隊長、他数名が行方不明だそうです」


 シズクは目の前が暗くなった。足の力が抜けて崩れ落ちそうになるが、すんでのところで踏み止まる。


 それからのグルーバーの動きは早かった。

 シズクに心配するなと言い、隣国へ渡る許可を取ると部下数名を引き連れて飛び立っていった。

 シズクは部外者だからと半ば追い出されるように家に帰らされてしまい、無事を祈ることしかできないことにもどかしさと苛立ちを感じた。



 3日経ち、何の情報も得られないことに焦燥感が増し、暗澹とした気持ちになる。

 シズクは、やはり無理矢理にでもグルーバーについて行けばよかったと後悔するが、そんなことが許される訳がないと思い直す。自分はもう部外者なのだ。


 シズクはあれからリュウオンのことを考えない日はなかった。彼にもしものことがあったらと考えるだけで胸が張り裂けそうになる。

 エマに何かのきっかけで自分の気持ちに気付くものだと言われたが、こんなことでなければ気付かないなんてと自嘲する。



 今日も授業をなんとか終えたが書類の処理に身が入らない。

 シズクのそんな様子を見計らったようにまた軍への書類を頼まれる。シズクは手付かずの仕事をそのままに、気分転換がてら軍の建物に向かった。

 期待はしていなかったが、やはり誰にも会えなかった。書類だけ置いて職場に戻ろうとするも足取りは重い。


 門を出ようとしたところで、赤茶髪の頭を見かけてシズクは自分の目を疑った。ついに幻覚が見えるようになってしまったのかと思い足を止めて目を瞑り頭をふる。

 しかし、幻覚だと思っていた人物はシズクの前で立ち止まった。


「シズク?どうした?」


 リュウオンは怪訝な顔をしていたが、シズクが本物だと呟くと、笑いながらシズクを軽く抱きしめた。


「間違いなく本物だろ。心配かけたみたいだな」


 しかし何の反応もないシズクを不思議に思い顔を覗き込むと、シズクは呆然とした表情で泣いていた。驚いたリュウオンがシズクを離そうとするが、今度はシズクがリュウオンの首元に縋り付く。


「シズク⁈」


「リュウオンが好き」


 シズクはリュウオンの首元に顔を埋めた。

 リュウオンは俺も好きだと言ってシズクの背に手を回して腕に力を込めて抱きしめる。


 周りから冷やかす声が聞こえて、シズクはやっと他にも人がいたことに気づき赤面する。慌ててリュウオンから離れようとするがリュウオンが離してくれずあたふたする。


「サイオンジ隊長殿。その辺にしてください」


 副隊長の冷静な声に、リュウオンは名残惜しそうにシズクを離す。

 シズクは恥ずかしさに顔を上げられず下を向いた。


「感動の再会に水を差すなよ」

「それは後からやってください。元帥への報告が先です」


 スゲもなく言い返され、渋々歩き出す。


「シズク。後で迎えに行く」


 1人取り残されたシズクはようやく平静を取り戻す。

 職場に戻り大急ぎで手付かずだった書類を片付けていく。集中すればあっという間に終わってしまった。

 少し早いが上司に言って今日は上がらせてもらうことにする。ソワソワとしているシズクを周囲は微笑ましく見送った。



 シズクは軍本部に向かおうかと思ったが、高まる気持ちを落ち着けようと公園の丘に向かった。

 陽が傾いてきて空がオレンジ色に輝き始め、雲のふちから金色の光が滲んでいる。

 いつもの夕焼け空とは違う景色にシズクはしばらく見惚れていると、建物からリュウオンが出てくるのが見えた。

 気付くか分からないが手をってみるとリュウオンがこちらを見る。

 シズクを見つけたリュウオンは手を振り返すと走ってきた。


「シズク! 迎えに行くって言っただろ」

「ごめん。なんか落ち着かなくって。夢だったんじゃないかって」


 シズクはほっとして泣きたいような嬉しいような、泣き笑いのような表情を浮かべる。

 リュウオンは優しくシズクを抱き寄せ包み込む。


「すまない。心配かけたな」

「行方不明って聞いて心配するどころか血の気が引いたんだから」

「それもそうか。ま、色々あったんだよ」

「うん。本当に無事で良かった」


 リュウオンはしばらくシズクを抱きしめていたがそっと離れると、シズクの頬に手を添える。


「シズク。愛してる」

「私も愛してるよ、リュウオン」


 金色に光り輝く太陽が雲の切れ目から顔を出し、放射状に光を放つ。

 リュウオンの横顔が眩しい光に照らされていく。

 夕陽のようなリュウオンの瞳が金色に輝くのをシズクは見つめると目を閉じる。


 そして、2人は少しだけ長いキスをした。



 最後までお読み頂きありがとうございました。

 初めて小説を書きましたが、やはり難しいものですね。ファンタジー要素をもっと入れたかったのですが、私の能力が追いつきませんでした。


 もっと精進して、いつかこの2人がこの関係に辿り着くまでのお話を書けたらなと思います。

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