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20・ランニング伯爵令嬢は汚い声で叫んでしまうだけ

 

「……まぁ、こんなもんかしらね?」


 フェルヴェルフォン伯爵邸。

 その豪奢な造りの伝統的な家の中にある、大きな部屋。

 そこは嘗て、フェルヴェルフォン家当主の収集したさまざまな『お宝(ガラクタ)』を詰め込んでおく倉庫だった。しかし今は、私_______アイリス=フェルヴェルフォンがワイン造りのために使用している。


 私の目の前に置かれているのは、古めかしい巨大な樽。それらが5つ、寄せ合いようにして一列に並べられている。

 言わずもがな、その中には全て最高品質の『アイリス=シャトーゼ』が入っている。ここにあるものには、私が直々に魔術をかけて熟成させているので、今後量産されるであろう工場製のものよりも遥かに美味しく仕上がっているはずだ。


 突然だが、商品には『付加価値』が重要である。

 例えば、このあいだまで倉庫にあった、ガラクタ同然の古い甲冑。

 どうやら領内の鍛治職人が暇つぶしに作った本物のゴミらしいのだが、これに『先祖代々伝わる重要な』というフレーズをつけると、あっという間に貴重な年代物の甲冑に変化する。


 通称、詐欺と呼ばれる行為だ。

 しかし実際に『付加価値』をつけるのにふさわしいモノなら話は別である。


(くっくっくっくっく……工場での生産の目処が立ったら、ここにあるヤツは『初回生産品』として値上げして売ってみようか。人間って付加価値に弱いし……)


 勿論中身が伴っていないわけではない。

 実際工場で生産されるものには、私自身が直接魔術をかけるわけではないので、多少グレードは落ちるだろう。だから反比例するように、手作りの方は評価が上がるはずなのだ。

 まぁ、これも致し方ない。

 本当は庶民向けの酒を作る予定だったが、現状のフェルヴェルフォン伯爵領が生産する葡萄の種類、値段、価値を考えてみれば高級ワインになるのは必然と言ったところだろうか。


 ただワインなんて代物、貴族しか買わないのだから、値段は釣り上げるだけ釣り上げておいて損はない。


 腕組みをして樽を眺めている私の隣で、生産帳簿に記入を行なっていたシシアが顔を上げ、思い出したかのように呟いた。


「そういえばお嬢様。工場で生産する、という手筈ですが熟成の時間はどうなさるのです?」

「ん?」

「いや、お嬢様も年中無休で工場に出向いて、何発も魔術を起動できるわけではなさそうですし……」


 あぁそのことね、と納得した私は秘策を打ち明けた。

 困惑した表情のシシアの耳元で囁く。


「◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎……なのよ?」

「なっなな、なんですって!?」


 途端にシシアの顔が驚きに満ち、仰天した声を上げる。思わず椅子から転げ落ちた老齢のメイド、そしてそれに対して逆にびっくりした私。

 シシアを支えて立ち上がる。

 別に、特段驚くようなことは言ったつもりはないのだがやっぱり『常識』が『常識』だからしょうがないのか……?

 そして落とした帳簿を拾い上げて少し考えたシシアは、苦笑いをするような口調で私に告げた。


「仮にそれが実現できれば、量産計画は順調に進むことになりますわね。ですが、人材の確保はどうしましょう?おいそれと協力してくれる方が現れるとは到底思えないのですが……」

「その時はその時ね。別に()()が一般市民に知られちゃいけないわけじゃないんだし。最も、王国側から干渉を受けるかもしれないけどね」


 くすり、と悪役令嬢ばりの黒い笑みを浮かべる。


 そもそも私は元魔王アーヴェナ=シェイストーム、勝手気儘に大陸を荒らして全土を征服した正真正銘の征服者なのだ。転生してどんなに外見が変わろうとも、そのスタンスを崩す訳がないのである。


「はぁ……恐れ入りましたわお嬢様。では私たちメイドの方でもそのような方針で行きますわね」

「うんよろし……ん? メイドの方でも?」

「あ、言ってませんでしたっけ。実はメイドたちの間でお嬢様のお手伝いをしたいという者が何人かおりまして、今ワイン造りの手順を暗記してると思いますわ」


 なんだと。

 そういえば最近やけに屋敷の掃除をするメイドが減っているなと思っていたが、こういうことだったのか。

 別にワイン造りの手伝いをしてくれるのは一向に構わない、というよりむしろしてくれた方がありがたいのだが、そのせいで仕事に支障をきたしても困るのだ。


 それよりなんというか、言い訳として私の名前を出され、ライアスから笑顔で睨みを利かされるのが怖い。


「ええっと、じゃあ、ほどほどに頼むわって伝えといてね」

「御意ですわ。それでは私はこれにて失礼致します。また何か御用がございましたら、お呼びくださいね」

「うん。じゃあまた後で」


 手を振ると、にこりと笑ってシシアはワイン貯蔵室を後にした。残された私は、彼女が置いて言った製造帳簿をパラパラとめくる。


(ふぅん……なるほどね。このペースだと、あと二週間くらいで出荷ができる量になるかも。一本あたりの量を少なめにして…ううん、それだと評価が下がるわね。思い切って通常プラス少量くらいの量がいいのかしら…でもそれだと逆に、安価で取引されそうね)


 一頻り悩んだ後、結局ウィリアムに相談することにした。あの少年は()()()()()、一応貿易で栄えているティフェルバーニャ家の一員だ。専門じゃなくてもワインの、商売上の常識くらいは備えているだろう。

 やはりこうやって身近に知恵袋がいると心強い。


(よしよし、っと。じゃあいつも通りランニングしようかしら? 効果あるかはわかんないけど)


 パタン、と帳簿を机の上に置き去りにして部屋を後にする。

 しっかりと鍵を確認して、今度は部屋へと運動着を取りに戻るのだった。


 ♡


「ぜぇ、ぜぇ......もうこのパターン......かんっぜんに決まっちゃってるけど......マジで......キッツ......意味あんのかしら......?」


 息切れしながら鬼の形相で走る女、即ち私。

 体力の即時回復と一時的なブーストの効果を持つ薬品、万能回復薬(エセス・ポーション)を所持した状態はまさに水を得た魚。

 体力を限界まで振り絞るたびに、魔術的効果を持つ薬品を喉に流し込んで強引に回復をするという自殺行為的なダイエット法を繰り返す私を遠目に眺めていたライアスから声がかかる。


「も、もうそのくらいにしといた方がいいと思うよ……アイリス?」

「うるさいッ! 外野は黙っててくださいよ、食べても食べても太らないライアス兄貴の奸言なんて聞きたくないんです、失せろッッッッ!!」

「いろいろ人格が崩壊してるよアイリスやばいってマジでそのくらいにしとけって!!」

「喋るくらいの暇があるなら追加の薬を寄越せ!」

「うちの妹がもう伯爵令嬢やめてるよ助けてだれかぁぁぁぁぁぁ!!」


 嘆き頭を抱えるライアスの肩にそっと置かれる手。

 皺がより始めた細い手の持ち主は、フェルヴェルフォンの屋敷で働くメイドを束ねる中間管理職に就いているベテラン使用人のシシアだ。

 老齢の彼女は薄っすらと微笑みを浮かべ、首を横に振る。

 もう諦めてください、と。

 暗に告げるかのような視線を感じたライアスはがっくりと崩れ落ちる。その様子を傍目に見ていた私は、深いため息をつきつつもトレーニングを中断した。まだまだ負荷が足りないとは思うが、確かにそろそろ『治癒の限界』も近付いているような気がする。

 これ以上の鍛錬は危険かな、と漠然としたイメージを浮かべつつ汗をぬぐう。


 そういえば最近、メイド達がこっそり噂をしているのをよく聞く。

 曰く、「お嬢様は魔術が使えるとの噂。眉唾でなければ、なぜその力でお痩せになられないのでしょうかね?」「まさか、インチキとかでは??」「いえいえ、私はこの目で見ましたが!?」「では、いったいなぜ??」と。


(いや好き放題言ってくれるのは構わないんだけど、ど素人が魔術のこと好き勝手に評価してトンデモないレッテル貼られるのだけは嫌だわ絶対!)


 そう、皆何か勘違いをしているのだ。

 恐らく『魔術=万能ななんでも出来ちゃう凄い力』とでも解釈されているのだろう。というか私が一般人で魔術を知らなかったら、寧ろ当然の如くそのような認識を持っているはずだ。

 しかし魔術とは、万能ではない。


 その原理を説明するのには一晩費やしても足りないくらいである。まぁ大雑把に説明すると、『ちょっと物理法則を超えた異能の力』程度のモノなのだ。


 世界には【自然魔力】という認識出来ないほどの微弱な異能の力が、薄く広く大気に溶けている。

 あらゆる生命体の根源にはこの力が関わっていると言っても過言ではない。傷一つの治癒の過程にすら、この神秘のオーラが関係してくるのである。


 何はともあれ、私のような魔術を行使する者_______魔術師はこの【自然魔力】を利用して、超常現象を引き起こすのである。

 まぁざっと説明すると、瞑想や呼吸法などで精神を統一して自身の心芯(イトゥア)を魔力の流れと調和させる。そして、自らが現象を引き起こすのではなく世界を改変することによって魔術を行使する。

 これが種である。


 魔術は()()()()()()

 例えばアーヴェナ=シェイストーム______前世の私______は、産まれながら魔術の才能があまり無かった。同学年の輩が次々と優秀な術式を習得する中、魔導学院では追いつくために死に物狂いで勉強した覚えがある。まぁ、その結果が魔王という地位だったわけだ。


 しかし矢張り才能が全てという風潮も前世にあった。もし優秀な魔術師が私と同じ道を歩んでいれば_____修羅の道を歩めば、それこそ世界規模で脅威になったであろう。高々大陸全土如きしか統一できなかった私とは違って。

 そんなことを考えている内に、ポツリと私は呟いていた。


「……なんだろう、涙が出てくる……」

「お嬢様、どうされました〜?」

「んんっ!?」


 突如後ろから声をかけられ、仰天する私。

 割と本気で油断していた私は背後に忍び寄っていた小さな影の正体を知り、思わず嘆息していた。


「………リリス。あなたね、只でさえ肥満体型の私は健康状態が悪いの。そんな時にこうやって驚かせないでくれるかしら軽く死んだわよ」

「あはっ、すみませんね〜」

「くっ………これだから痩せ型能天気は!!」

「いやいや、そんなことよりもですね」

「私の生死をまるで空気みたいに扱わないで!」

「あーすみませんすみません。ていうかほら、アイリスお嬢様宛に手紙が来てますよ」


 面倒臭そうなオーラを漂わせながら、ちょっと勿体振りつつ懐に手を伸ばすリリス。

 彼女の手には丸められた羊皮紙があった。

 見るからに高級________恐らく、新聞とかそっち系のアレじゃない。ノーブルなやつだ。


 大抵こういう手紙が来る場合で、いい思い出が一切ない私は嫌々手紙を受け取る。

 恐る恐る、といった調子で蝋封を強引に剥がして中身を確認する。


 そして一番下に書かれた差出人を、何の気なしに一番最初に見た瞬間。


「_______ぬぶえっはぁ!?」


 思わず汚い声が出てしまった。


 差出人の名は。




「ルナ…………エレティエーズ……!!」




 私の因縁の相手(いちばんきらいなやつ)であった。




なんか、すみませんね。

なんだかんだ4ヶ月あいちゃいました。ね。

はい。

反省してます。


大丈夫です、最弱治癒術師のほうも忘れてないから(震え声)

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