18・銀髪少年はやばい夢を見ただけ
『アーヴェナ陛下、万歳!!』
『万歳、万歳!!』
『あぁ、なんと素晴らしい日だ!!』
『まさかこんな日が来るとは!!』
__________人々が歓喜し、両手を振って何かを見上げている。
身動きすら取れないほどの人混みの中、僕も彼らの目線に沿って顔を上げた。
まるで全てが純金で出来ていると言われても驚かないような、そんな豪奢な城が聳え立っている。
その城のテラスのところに、一人の女性が立っていた。
彼女は、手を振っていた。
僕にではない。
ここにいる人々全員に向けて、手を振っているのだ。
喧騒は一層増し、集まった人々は高揚感に包まれている。その中で僕は一人だけ、まるで異物の様に突っ立っているのだ。なんとも奇妙な感じがする。
(アーヴェナ……陛下……?)
アーヴェナ。
とても奇妙な名前が、妙に引っかかった。
知っている様な、知らない様な……?
バッッッッッ!!、と。
次の瞬間、ぼーっとした少年の目の前に広がる世界が、突如変化した。
『うわっ……っっっ!?』
妙な浮遊感に包まれ、一瞬体が宙に浮いたかと思うと、重力に従って今度は尻餅をついた。
今度は、薄暗い地下室の様だった。
乱雑に書物が積み重なり、机の上には薬品が散乱している。床には不気味な魔法陣の様なものが描かれ、地下室特有の陰鬱な雰囲気を一層増している。
『あっ』
何故今まで気づかなかったのだろうか。
部屋の中央では、先程アーヴェナと呼ばれていた人物が魔法陣の上に立っているではないか。
遠くからでは見えなかったが、アーヴェナという女性はとても魅力的だ。
長い銀髪をポニーテールにしており、その顔立ちは僕が知りうる様々な国の人とも違う、端正な彫りの深いものだった。
強いて言うなら、僕たちの人種に一番近い……かな?
だがその魅力を片っ端から打ち消しているのは、分厚い甲冑だった。
漆黒の鎧。
素人が一目見ただけでも畏怖を覚える、凄まじい数の戦さを経てきたはずの防具。
洗練されたフォルムに加え、女性的な曲線を描いてはいるものの、それは魅力を前面に押し出すためのものではない様だった。寧ろ立っているだけで恐怖さえ感じる。
武人、なのだろうか。
そして僕は彼女の表情を、まるで白昼夢を見ているかの様な気分で眺める。
アーヴェナは、笑みを浮かべている。
まるで何かに期待するかの様に。
僕の目の前で彼女の手はスラスラと動き、地面に描かれた魔法陣に曲線やら円やらを付け加えている。
しばらくすると、彼女は魔法陣の中央から出ようと、その端へと一歩踏み出した。
その瞬間。
ドバッッッッッ!!!
凄まじい光の柱が魔法陣から天へと向けて放たれた。
もちろん、魔法陣の中央にいたアーヴェナを巻き込んで。
彼女は必死の形相で本棚に手を向け、なにかを取ろうとするが、光の柱は更にその光量を増す。
数瞬後には、彼女の体は光に包まれ見えなくなっていた。
突然の光景に言葉も失った。
無論手を差し伸べることすら、出来なかった。
そんな僕の目の前で、光の柱は突如消えてしまった魔法陣は輝きを失い、アーヴェナの姿も消えている。
......まさか、魔術?
そんな言葉が脳裏をよぎった瞬間、なぜか急速に意識が遠のいていくような感覚に包まれる。
まるで夢への導入。
『......?』
だが違和感が、あった。
視界の端に写ったもの。
なぜか、地下室へ入るためのドアが開いている。
更に、ドアの陰に隠れる様に誰かが立っている。
僕は何かに引き寄せられる様にして、その人物の顔を見てしまった。
目が、合った。
途端にその人物の。
口の端があがり。
三日月の様に裂けていく。
『おマエは、だァれ?』
地獄の底から響くような、恐ろしい声だった。
途端に、背筋が凍る様な凄まじい恐怖が体を貫く。
___________いやだ、死にたくない。
絶叫が、迸る。
♡
「うわぁぁあああああああああああああ!?」
血も凍るような叫びと共に、僕________ウィリアム・アース=ティフェルバーニャは、最悪の目覚めを経験する。
絶叫と共に滝のような冷や汗が吹き出し、寝巻きであるバスローブを濡らしていた。
「なん、だ、今の、夢......?」
夢、と呼ぶにはあまりにも生々しいものだった。
人々の歓喜の叫び声も、地下室の湿っぽい匂いも全てはっきりと覚えている。
まるで現実で体験したかのように。
未だに止まらない手の震えを、無理矢理抑えつける。
思わず足元に目を落とすが、シーツに目立つような滲
みは付いていなかった。
というか、この年で漏らしていたら威厳もへったくれもないが......。
一先ず安心し、枕元の引き出しからタオルを取り出して汗を拭く。バスローブから覘く上半身も、月明かりしかない薄暗い部屋でなんとか拭き取る。
(はぁ、はぁ......最悪な目覚めだな.......)
まだ外は薄暗い。
夜明けが近いようだが、全然起きるべき時間ではない。というか起きても誰もいない。
そうして僕は、深い溜息を吐いてベッドに入り、再び寝ようと試みる。
しかし、先程の支離滅裂な悪夢が予想以上にトラウマになってしまい、意識が完全に覚醒してしまっている。つまり、全然寝れない。
(......そうだ。気分転換に本でも読むか)
ゆっくりと起き上がり、バスローブ姿でランプを付ける。そのランプを持ちつつ、淡い光に照らされた部屋を横切、壁に設置された巨大な本棚へと向かう。
僕は本が好きだ。
見知らぬ場所、見知らぬ光景、見知らぬ人々。
『自分と何の接点もない人々』が、『自分の知らないところ』でどんなことをしたりしているのか、ということを想像するのが好きなのだ。
だから父上に相談し、部屋に梯子付きの本棚を設置してわざわざ遠方から書物を取り寄せたのだ。
ジャンルは様々。
お伽話のようなものから、異国の政治に関するものまで何でもありだ。その全ては古本屋にあったものらしいが、これに関してだけは、僕は古いものの方が好きなのだ。
なんというか、多くの人に読まれてきたという歴史を感じられる。
「えーっと......どこだったかな?」
梯子をずらし、ランプで天井まで届く本棚を照らす。
少し歩くと、目的の棚は見つかった。
【伝説】。
フェルヴェルフォン領やティフェルバーニャ領のある『北アルゼリア大陸』中から集められた伝承が記されている本がある場所だ。
梯子を登り、本の背表紙にランプを近づけて探す。
「......あった」
僕は一際古めかしい、革製のカバーがされた擦り切れた本を取り出す。題名は掠れていて読みにくいが、何とか修復することができた。
「【シェイストーム帝国伝記】...か。どこまで読んだっけな」
梯子から降り、両手で抱えるくらい大きな本を取り出す。
【シェイストーム帝国伝記】は、僕が最近愛読している本のひとつだ。
何千年も昔に、ある一人の女性騎士が北アルゼリア大陸を統一し巨大な帝国を作り上げた_______という伝説を紐解き、考察とともに帝国の歴史を時系列順に並べた本がこれである。
だが、シェイストーム帝国自体は実在したかは定かではない。
伝説によれば、大陸統一をした女性騎士は『魔術』を振るって、ヒトならざる者______魔物________と共に数多もの戦を潜り抜けたという。
しかし今ではその遺跡や出土品は一切存在せず、人々の口伝や他の大陸の文献からしか、帝国が存在したという証拠は見つけられていないらしい。
僕はいつか、幻想的なヴェールに包まれたシェイストーム帝国、その存在を証明してみせる_______という無駄な努力もしてみたい。
なぜならそこには浪漫があるからだ。
若干わくわくしつつ、挟んであった栞のページを開く。
つい昨日までは帝国ができる前にあった...と言われている、複数の腐敗し切った王朝が女性騎士によって打倒されるというところまで読んだはずだ。
掠れかかった文字に指を当て、その文をなぞっていく。
「……『その女は、一晩のうちに3つの王国を滅ぼした。彼女が通る道には、もはやその軍勢を邪魔するものは何一つ存在しなかった』......」
十中八九誇張ではあろうが、一晩で3つの王国を攻め滅ぼすなど並大抵のことじゃない。
普通に考えれば無理なのだ。
時間的にも、戦略的にも。
しかし。
(魔術、か。一体何者なんだ、この女騎士は......?)
『魔術』さえあれば話は別だ。
今でこそ、それを振るえるものは王国に数人しかいないが、古の時代には_________特にシェイストーム帝国が繁栄していた時代では、皇帝だろうが農民だろうがみんなが『魔術』を振るえていたのだと言う。
今も使えたらよかったのに、と残念に思いつつページを捲る。
「『人々はその女を【魔王】と呼び、畏怖の対象とした。その女の名前は______________』」
ちょうど女の名前の部分だけ、妙に文字が掠れている。
ランプを近付け、目を細めながら一文字ずつ、ゆっくりと読む。
「アー......ヴェナ.....シェイ、ストーム......?」
♡
「ぶえぇぇぇぇぇっっっっくしょん!?!?」
「あらお嬢様、風邪でもひかれたのですか?」
「うへぇ......今誰か私のこと噂した......?」
遠いどこかで大絶賛『万能回復薬』製作中のデブス伯爵令嬢が、盛大なくしゃみをしていた。
お読みいただきありがとうございます!
なんかですね、パソコンの故障で途中までしか「...」がまともじゃないのです^^;
直り次第、改稿させていただきます...。
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予定では次回もウィリアム編になりますので、今回つまんねぇなーと思っても、ちょっと期待してお待ちください!
...週末には投稿するよ(ぼそっ