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3-13

「おれが、真の男だーっ!」


 まだ大人の腰ほどの背丈の、淡い空色の髪をした男の子だ。幼いながらも不敵な笑みを浮かべている。


 海の中から様子を見ていたシュトホルムは、笑っていた。よくよく見れば、公妃たちも甲高く叫びながらも怒ってはいない。エフェメラとディランが呆然としていると、アラベリーゼが説明に来てくれた。


「あの子は、宮殿によく侵入する、有名ないたずらっ子なんです。ここで給仕の仕事をしている知り合いがいるようで、たまに忍び込んでは、このようなおませな悪戯いたずらばかりをしていくのです」

「そうなのですか……。――あら?」


 エフェメラは男の子に見覚えがある気がした。もしかしてとディランを見ると、ディランもエフェメラと同じ表情だ。


 だがエフェメラは、きっとディランが感じたよりもさらに最近、具体的には昨晩、あの男の子の顔を見た気がしていた。考えているうちに、男の子がエフェメラとディランに気づく。「ああっ!」と声を上げ砂浜を駆けてきた。


「やっぱり! あんた、川でおれを助けてくれた兄ちゃんだろ!」


 笑顔を向けてくるませた男の子は、公都ウィーダへ来る途中に川で溺れていた男の子だった。


「あん時はありがとな。おかげでこのとーり、ぴんぴんしてるぜ!」

「……無事に元気になったんだな。良かった」


 ディランが頬を緩め、少年の頭に手を置いた。あの後溺れた男の子について一言も話していなかったが、内心ではずっと心配していたようだ。


「すごい偶然だな。まさか、ウィーダで再会するなんて」

「おれ、ウィーダで暮らしてんだ。あん時は、ちょうど関所の近くまで出かけててさ。また会えたらいいなっては思ってたけど、本当に会えるなんてな。ちゃんとお礼言えて良かったよ。昨日見た時にも、なーんか似てるなって思ったんだけどさー」

「昨日……?」

「うん。こっちのおっぱいのでっけー姉ちゃんがお湯浴びしてるとこ、のぞいた時に、兄ちゃんも部屋にいたろ? 顔よく見えなかったから、声はかけられなかったんだけど」


 ディランが表情を消した。エフェメラは「やっぱり」と顔を赤くした。ディランの雰囲気の変化に気づかないまま、ニックは元気に問う。


「おれ、ニックっつーんだ。兄ちゃんは?」


 ディランは返答の代わりにニックの服の襟首をつかんだ。小さな体が宙に浮く。


「なっ、何すんだ!」

「俺の名前はディランだ。それより、昨日の夜に彼女の湯浴みを覗いたのは本当か?」


 体を持ち上げられたまま、ニックは自信満々に親指を立てる。


「もっちろん! おれのお忍び力は大陸一だかんな。姉ちゃんのおっぱいはばっちり見させてもらったぜ!」


 エフェメラはあわあわと口を動かした。相手が子どもとはいえ、無防備な入浴中を見られるなど恥ずかし過ぎる。ディランが冷えた声で訊いた。


「ニック。歳はいくつだ」

「かれこれ七年は生きてるかな」

「なら十分大人だな。二度と覗きはしないと誓え」

「ふっ……。そりゃあ聞けねえたのみだぜ、ディラン兄ちゃん」


 ニックは何を馬鹿なことをと言わんばかりだ。


「おれにのぞきをやめろってことは、おれにおれをやめろって言ってるようなもんだ。これは、おれのシンジョーだからな。命を助けてもらったディラン兄ちゃんのたのみなら、なるべく聞いてやりてえけど、これだけは無理だ」

「……そう」


 ディランはニックを地面に下ろした。わかってくれたかと喜ぶニックの体を、ディランは唐突にくすぐり始めた。地面に打ち上げられた魚のように、ニックが白い砂浜の上でのたうち回る。


「ぎゃははははっ! や、やめ、やめてーっ」

「やめて欲しかったら誓うんだ。二度と覗きはしないって」

「あははははっ! わ、わかった、もうしないからっ、やめて!」


 ディランがくすぐりをやめると、ニックは地面に横たわりながらぜえぜえと息を整えた。


「やるな、ディラン兄ちゃん。よもや、おれのシンジョーが曲げられるとは……」

「持つならもっと志の高い信条を持つんだな」


 深く息を吐きながらディランが目線を外した、その瞬間だった。ニックがディランに体当たりをした。気を緩ませていたため砂で足を滑らせたディランは、水音を立てて腰から海へ倒れた。


「ああっ! ディランさまっ!」

「なーんてな! 残念だったな、ディラン兄ちゃん。おれのシンジョーは、そんなかんたんに曲げられねえよーっだ!」


 ニックは軽やかに身を翻すとエフェメラのドレスをめくり上げた。悲鳴を上げるエフェメラの足の間をくぐり、今度はそばにいたアラベリーゼの胸の布を奪い取る。見事な動きだ。


 海から起き上がるディランに向けて、ニックが高尚な笑顔を向ける。


「ヨクボウにすなおに生きるのが、真の男ってやつだ。ディラン兄ちゃんも、むっつりしてないで、おれを見習ったほうがいいぜ」


 そしてニックは白い砂浜を駆けていった。ディランは片手を海につけたまま、もう片方の手で濡れた前髪をかき上げる。珍しく、瞳に怒りの色が灯っている。


「ディランさま……?」


 ディランはゆらりと立ち上がり、ニックを追いかけ出した。ニックは向かってくるディランに気づき全速力で逃げ始める。やがて追いつかれると予想したニックは岩場へと逃げ込んだ。岩を登って下りて跳ねてと、ディランから逃げ惑う。二人とも驚くほど身軽な動きで、シュトホルムも公妃たちもみなで見入ってしまう。


「高度な追いかけっこですわねぇ」


 アラベリーゼも感心したように呟いた。エフェメラはディランが身軽なことは知っていたが、そのディランにすぐに捕まらないニックには驚きを隠せない。


(ディランさまが、本気になってるわ)


 結局ニックはディランに捕まった。そして再びくすぐられ、虫の息になっていた。



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