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3-12

 エフェメラはアラベリーゼに言われた通りにやってみた。しかし顔を上げ息を吸おうとしたら海水をがぶりと飲み込んでしまった。足をつき咳き込むと、アラベリーゼが背中を優しく撫でてくれた。


「む……難しいですね」

「そうですね。息継ぎが一番難しいかもしれません。でも泳げるようになったら、もう少し深いところまで行って、海の中を見ることができるようになりますよ」

「海の中をですか?」

「はい。とても美しいので、ディラン王子と二人で行くと素敵かもしれませんね」


 エフェメラは想像した。ディランと手をつなぎ、碧に満たされた海の中を散歩するなど、どれほど素敵だろう。


「わたし、がんばりますっ!」

「ふふっ、その意気です。――そういえば、ディラン王子は泳げるのですか?」


 アラベリーゼが砂浜のほうを見た。ディランは泳がないらしく、設えられた椅子にぼんやりと座っていた。日除けの大きな傘の下で、踊り子たちに大扇であおがれている。


「ディランさまは、多少は泳げると言っていました」

「そうなのですか。サンドリームでは泳ぐ習慣がないでしょうに、珍しいのですね」

「泳がないといけない状況になった時のために、練習したんだそうです」

「まあ。殊勝なことですわ」


 エフェメラはしばらく泳ぐ練習をしたが、結局息継ぎをうまくすることができなかった。休憩をしようと、一人ディランのもとへ向かう。


 すると踊り子がまたディランの体に触れていた。むっとした顔でディランの前に立つと、ディランは慌てたように踊り子を遠ざけた。


「ど、どう? 海で泳いだ感想は」

「……とっても気持ちが良かったです」


 エフェメラはむすっとしたままディランの隣の椅子に座った。ほかの女性がディランに触れるのは、まったくもって面白くない。エフェメラはむくれた顔のまま、濡れた桃花色の髪を撫でつけ水を落としていく。ディランはその様子を横目で見ていた。


「昨夜はいつ頃お戻りになったのですか?」

「朝方かな。君が起きる少し前」


 良くないと思いながらも、ディランはエフェメラの体をちらちら見ながら答えた。水を吸った薄いドレスが体にぴったりと張りつき、胸の形も太ももの線もくっきりと見えている。昨夜の湯上がりのこともそうだが、本当に気が休まらない状況が続いている。


「朝? 朝までずっと、いたかもわからない犯人を探してくれていたのですか?」

「いや。それについては、適当に宮殿を確認して手がかりがまったく掴めなかったから、諦めた。――宮殿内に、きれいな星空が見える場所を見つけて、ずっとそこにいた。そうしたら空が白んできて……」


 エフェメラは少しの間言葉を失った。


「ディランさま……わたしと一緒の寝台で眠るのが、そこまで嫌なのですか」

「……そんなことは、ないけど」


 否定しながらもディランの目は泳いでいる。


「嫌でないなら、どうして一晩中星を眺めるなんてことをしてまで逃げるのですか?」

「逃げたってわけじゃないよ。星がきれいだったから、時間を忘れて、眺めてたってだけで……」


 よくもまあ見え透いた嘘をつくものだと、エフェメラは眉根を寄せる。


「なら、今夜はちゃんと寝台で眠ってくれますか?」

「それは……」


 ディランはまだ抵抗しようとしていた。エフェメラはねだるように言った。


「お願いします、ディランさま。わたしのせいで、ディランさまが体を壊してしまっては困ります」


 じっと見つめてくるエフェメラに、ディランは抵抗に疲れたように肩を下げた。


「わかった。今夜はちゃんと……寝台で眠るよ」

「ありがとうございます」


 エフェメラはすっかり機嫌を良くして顔を輝かせた。立ち上がり、数歩歩いてから振り返る。


「では、今度はディランさまも一緒に海に入りませんか? 足だけでも! とっても気持ちがいいですよ」


 心底幸せな笑顔を見せるエフェメラに、ディランはつい誘われるように立ち上がった。熱い砂に足を沈ませながら、一緒に波打ち際まで歩く。するとエフェメラは楽しそうに浅瀬まで入っていった。


 ディランの足に、一定の間隔で波が当たる。熱い太陽の下では海の冷たさが快適だ。


「えいっ」


 可憐な声と一緒に少量の水滴が顔に当たった。エフェメラが可愛らしい仕草で水をすくい、ディランにかけていた。同じことがもう一度繰り返される。ディランは思わず固まった。


「えへへっ。冷たいの攻撃ですー」

「……」

「あっ、ごめんなさい。気持ちいいかなと思ったのですが……怒りましたか?」

「いや、怒ってない」


 エフェメラはほっと息をつき「良かったです」と呟くと、今度は足元の海に透けて見える貝殻に注目した。反射で虹色にも見える、真っ白な貝殻だ。


 それを拾おうとして、しかしエフェメラは波に平衡を崩し転んだ。水飛沫が上がる。海の水を飲んでしまったのか、エフェメラは尻もちをついたまま「ううっ」と顔をしかめて塩からそうに舌を出す。


 はたから見ると、実に鈍臭い。だがディランは、その一連の様子に目を奪われていた。


「きゃあああ――!」


 急に、叫び声が空気を裂いた。砂浜で陽を浴びていた数名の公妃たちからだった。


 何があったのかと見れば、あろうことか、彼女たちの胸を隠す布がなくなっていた。公妃たちは手で必死に胸を隠している。なんとも扇情的な姿だ。


 公妃のすぐそばには人数分の布を手にする一人の男の子がいた。男の子は公妃たちから奪った布を、まるで敵国の旗を勝ちとってきたかのように誇らしく掲げている。



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