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27 後日譚の後日譚

 これだからリア充は困る。

 リードは、今はリーと名乗っていたが、毒づいてはいけないと思いつつ、毒づいていた。

 このような神聖な場所で、人を呪うなどあってはならないことかもしれないけれど、幸せそうにとろけるような笑顔を浮かべている兄の顔など見てはいられなかった。


 リア充、死ね。

 リア充、爆発しろ。


 吉川だった時のスラングの名残だったが、今のリードの心情にはぴったりとそうものだったのだ。


「リー副長、笑顔を忘れてませんか?」

 古参の部下であるラルフが後ろでささやく。

「そんなに睨まなくても、十分怖いですから」


「俺が? 睨んでなんかいないぞ」

 リードは兄のほうを見て舌打ちをした。


 忌々しい。

 ようやく、生活が落ち着いてきて傭兵団としての基盤ができたところだったのだ。

 それが、いきなり、結婚退職ときた。


 若くて美しい花嫁と誓いをかわしあっている兄の顔を見ていると、むかむかしてきた。


 ここまでもってくるのに、リードがどれだけ苦労したのか。

 気が付けば、評議会の時のように書類の山と格闘している自分がいた。

 なぜ、自分が山賊と戦っているのだろうと疑問に思っている自分がいた。

 魔獣相手に、戦っている自分が……以下同文。


 おかしい。隊長は兄のはずだ。

 なのに、すべてのことを自分が代わってこなしているような気がする。

 兄は決して無能なわけではない。

 ちゃんと仕事もするし、書類作業もこなす。

 でも、なぜか机に座って書類を書いているのはリードだった。習い性というものだろうか。

 いつの間にか表の仕事をする兄、裏方を取り仕切る弟という役割が定着していた。


 今日の式にしても打ち合わせは全部リードがやった。

 花の手配から、料理の指図まで、なんでこんなことをと思いつつも、相手側の執事と打ち合わせをした。


 幸いにも今のところ進行はうまくいっている。余計なことを考えそうな野郎どもは排除して、出席しても大丈夫な面子をそろえたつもりだ。


 さりげなくあたりを警戒すると、相手側の執事と目が合った。

 彼はうまくいっていますよ、と笑顔で合図してきた。

 この爺さんは手ごわかった。ただの打ち合わせをしているはずなのに、戦場に立っているのがましと思えるほどくたびれた。さすがは、大商人に使える執事だ。貫禄が違った。


 違うといえば、式の出席者も周りにいる野郎どもとは比べようもないほど上品だった。よくこんな上流階級の商人が、三女とはいえ、一介の無頼漢に娘を与える気になったものだ。有名人の醜聞を好む大衆に撒き餌を与えるような出来事だった。


 実際すでにクロード、ここではクロスと名乗っていた、とその嫁のロマンスはフライスビューネの社交界の話題になっていた。

 たくましい傭兵が、たまたま護衛についた大商人の娘を助けて旅をしている間に、恋に落ち、結婚にまで至ったのだ。

 それこそ、逆玉の輿だ。故国よりは身分差がない国とはいえ、二人は異様な組み合わせだった。

 クロードが貴族の御曹司であるという裏設定がなければである。


 リードたちのような傭兵が、貴族、または貴族の落としだねという過去を持つと公言するのは珍しいことではない。

 けれど、それと、実際に貴族として扱われるのは話が別だ。


 絶対、身バレしている。リードは確信していた。


 そうでなければ、こんなににこやかに親族一同、結婚を祝福するわけがない。

 クロスが、クロード・ヴィオラだから、彼らは結婚を認めたのだ。

 誰が、それをばらしたのだろう。クロード本人からか、それとも、商人の情報網が暴いたのか、あるいはその両方か。


 この商人がひそかに生家に取り入っている可能性も否定できないとリードは考えていた。リードとしてみればとんでもない話だった。暗殺者が送られてきたらどうするつもりなのだろう。


 華やかな聖堂の中で、花婿が花嫁を横抱きにしている。

 周りの着飾った男女が祝福の花を投げていた。

 そのなかに、嗅ぎなれた臭いにおいが混じっているのにリードは気が付く。


 不穏な空気を肌で感じて、リードは外に出た。

 案の定、そこには自分たちの流儀で結婚を祝おうとしている場違いな面々が忍んできていた。


「おい、何をしている?」

 そういわれて、いくつものむさくるしい顔が振り返る。


「あ、副長。これはですね」


「言い訳はいい。待機しておくように言っておいただろう」

 聖堂に彼らを入れるわけにはいかなかった。臭いだけで、失神する奥様方がいそうだ。


「そんなことを言っても、副長たちだけ楽しむのは不公平ですよ」

「俺たちも、隊長の門出を祝ってですねぇ」


 いやいや、お前ら流の祝いはいいから。ろくなことを考えていないに違いない連中をなだめるのにリードは手札を切った。


「あー、残念だなぁ。ちゃんといい子で待っていたら、使いの者が行くはずだったのに」

 ざわめいていた連中がリードに注目する。

「祝いとして“緑の精霊館”を貸し切りで予約していたのになぁ」

 いつも使っている酒場兼娼館よりも数段上の店の名前を出されて男たちは唾をのんだ。

「何しろ、今日は隊の解散式もかねて、飲み放題、遊び放題の無礼講……」

 最後までいわなくても、すでに何人かは回れ右をしている。

「おとなしく留守番していた連中はすでに到着して、遊んでいるころかもしれないなぁ」

 いつやってきたのか、執事と使用人たちがにこやかな顔をして、怪しげな連中の排除にかかっていた。


「俺も行ってはダメですか?」

 式に護衛として出席していた若い男がうらやましそうに仲間を見ていた。


「行ってもいいけどな、今後のことも考えると残っておいたほうがいいと思うぞ」

 リードは彼に思い出させる。

「お前は学があるだろう? いずれ、商売をしたいといっていたじゃないか。今日、この会場にはそういうつてのある連中が大勢集まっている。そのご息女もだ。うまくいけばクロス隊長のようにかわいい女と知り合いになるかもしれない。いい機会だろう?」


「はい、がんばります」

 まだ、少年の幼さを残した男は、素直にうなずいた。


 頑張れよ、リードは心の中で応援する。


 この子は新しい環境でうまくやっていくだろう。ほかの連中も、何人かは護衛という身分で働き、何人かは別の傭兵団に移籍するよう話が進んでいる。行き先が決まっていないのはごくごく少数だった。


 式が終わって、参列していた人たちが披露宴の会場へ場所を移すと、神殿の中はいつもの静けさを取り戻した。

 リードは、一人、その場に残って、祭壇を見上げる。


 花が飾り付けられ、床に香草がまかれた神殿には、まだ華やかな式の名残が漂っていた。


「ずいぶん、熱心に祈りを捧げるのですね」

 声をかけられて、リードは振り向いた。


「これは失礼しました。神に仕える方々にご挨拶もせず、勝手にここを使わせていただいております」

「どうぞ、心ゆくまで祈りを捧げてくださいませ」


 二人は向き合った。


「久しぶりだね。ノヴァ」


「そちらも。元気にしていたかしら。リード殿」


 ノヴァは最初見たときと同じように神官の格好をしていた。顔まで覆う頭衣と簡素な長衣を着た姿からはもう一つの彼女の姿は想像もできなかった。


「今日は、神殿にどのような御用かしら」

 彼女は首をかしげた。

「祈り? それとも、また告解かしら?」


「懺悔したいことは山ほどあるけれどね。今日は祝い事だよ」

「お兄様が結婚されたそうね。おめでとう。あの傷からよく回復できたわね。驚いたわ」

「君の手当てのおかげかな? それとも単に丈夫な体をしていたからかもしれない」

 リードが冗談めかして笑うと、ノヴァも笑い返す。離れていた時間を感じさせない親しみのこもった笑いだった。


「君こそ、今日は何の用事でここに来たんだい? 君の宗派はここの神殿と違うはずだけどな」


「宗派は関係ないわ。リード・ヴィオラ。あなたに用があるのよ」

 ノヴァはあの時のようにまっすぐリードを見た。


「前に聞いたわよね。一緒に来ないって。その時あなたは断ったわ。お兄様がいるからといって。もう、そのお兄様はあなたのそばにはいない。彼は自分の居場所を見つけたわ。もう一度聞くわ。一緒に行かない?」


「まるで、僕に惚れているように聞こえるな」


「うぬぼれないでね。これは、仕事よ。あなたのような兵隊にうってつけの仕事」

 ノヴァはふんと顎を上げた。


「いっておくが、僕は忍びの仕事は苦手だぞ。こそこそやるのはどうも性に合わない」


「あなたに、間諜のまねごとは無理なのはわかってるわよ。すぐに騙されそうだもの。今私たちが必要としているのは元あなたの国にいた人たち。あなたの国に詳しい人たちよ」


 リードは国のかつての“仲間”たちのことを思った。

 残念なことに物語はめでたしめでたしでは終わらなかったようだ。逃げ出したリードのことを気にかける余裕もないほど、中でごたついているらしい。


 そして、血族。息子たちの起こしたスキャンダルにもかかわらず、ヴィオラ家はまだ健在だ。父が職を辞した以外に目立った損害はない。どちらにもつかずにだんまりを決め込んでいると使いの者は言っていた。


「だけど、僕なんかで役に立つのかな?」

 リードは尋ねる。

「何しろ、今の僕は単なる用心棒でしかないんだぞ」


「用心棒で結構よ。精霊の加護のある用心棒なんて、心強いじゃない」


「僕を用心棒として雇うとすると、高くつくよ」

 リードはにやりとした。

「相場で上級クラス、個人指名だともう少し上乗せをしてもらう」


「あら、それは傭兵団としてのあなたの価値よね。あなたたちの団は解散したんじゃなかったかしら」

 すました顔でノヴァが値切りをしてきた。

「今は、自由契約でしょ。それに、知り合いだから割り引いてほしいわ。そうね、私の護衛、宿泊代と食事代はこちら払いで金貨10枚でどう?」


「相場よりも高いな」

 リードは頭の隅で計算した。


「当然よ。私の旅は長いものになりそうだもの。どう?」


 リードはノヴァを見つめた。

 あの時も、今も同じように彼女はリードの前に立っていた。


 いい香りがした。結婚式で使った香草の香りを強く意識する。


「引き受けた」


 ノヴァは華が開いたような笑いを浮かべた。

 この笑顔を見たかったのだ。リードは不意に悟った。


 彼は彼女に向かって一歩足を踏み出した。





最後までお読みいただきありがとうございました。

ずいぶん、長い話になってしまいました。

最初の構想では、もっと短い話が二つできるはずだったのです。

登場人物がかぶるから、くっつけちゃえ、と改造したのが悪かった。

反省しています。

題名も長いバージョンを考えました。

「ちょっと領地で女の子に声をかけてみたら、左遷されました。乙女ゲームが終わりそうなのに、ハッピーエンドが遠いです」

とかいう題名にすれば印象が変わったかな?

でも、「帰還」という言葉が頭から離れなくて、それだけでは短いので「愚者リード・ヴィオラの帰還」とつけたのですが、題名にルビが通りませんでした。

残念。

豚の続編だから、これでいいかと、ルビを消しました。

帰還といっても、行ったきりですね。

どこに帰っているのかよくわかりませんけれど、雰囲気です。

感じ取っていただければ嬉しいです。

なにかと大変なご時世ですが、皆さま、ご自愛ください。

次は、モブの続きか、それとも、新作か。どちらにいたしましても、またお会いできることを祈って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 豚の矜持からのつながりが所々で感じられて非常に面白かったです。
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