EX4、星に祈りを
「エルフ様ですし、問題ないかなと思うので話しますが。神のお告げを聞いていかれますか?」
「神の、お告げ?」
「はい。聖魔法で神様と繋がることです。通常は向こうからの声を一方的に聞くくらいですが、今、この教会には、聖女ミシェルカがおられます。彼女なら直接神様と会話することが可能です。お礼、直接言えますよ」
聖女ミシェルカ。はじめて聞く名前の気がする。よくわからないが、実力者らしく、神と会話することが可能らしい。
ルトナはずいっと迫ってきたセレンから視線をそらして、その向こうに視線をやった。
そこには、巨大な解放教会のシンボルマークがあった。六つの長方形を、特別な形に重ね合わせたものだ。
「……それは、どういう形になるんですか」
「さあ。私がミシェルカの手でお告げを聞いたことはありませんので。私自身も一応神のお告げを受ける真似事はできますが、私は声すら聞こえず、ぼやっと神の世界が垣間見えるくらいです。誰かにその感覚を伝えることもできません」
突然の言葉に、ルトナは迷う。
「で、どうですか? ……神様に、会っていかれますか」
どくん。
心臓の音がする。
一人ぼっちの神様は、今もあの神の領域で、幾何学的な平面と格闘している。
神託を聞けば、彼女に対してメッセージを送ることができるだろう。
――会って、いかれますか?
☆
通された部屋は、広間のようになっている。柱が並び、解放教のモチーフ、繋がった六つの四角形が、無数に壁に刻まれている。
セレンの前置きによれば神聖な場所であるということだったのだが、それにしては華美な宝飾も、黄金もない。
けれど、いっそ寒気を感じるほど、白く神聖な魔力が渦巻いていて、魔力を見ることができる目が、体が、脳が、ここは聖なる場所なのだと告げる。神の領域にも同じものが渦巻いていたのかは、今となってはわからないが。
そして、そこで待っていた人間も、質素という言葉には似合わないほどの美貌を誇っていた。
(……う、わ、すっげぇ美人だ……これが……)
「ありがとうございます、シスターセレン」
「こちらこそ。神のご加護がありますように、聖女ミシェルカ」
セレンの挨拶を受けて笑顔を浮かべた少女は、聖女ミシェルカと呼ばれた。
少女、なのだろうか。少女と女性の中間の年齢に見える。
着ている服はセレンの服のマイナーチェンジだ。晴れやかな色をした青い色と白を基調としたシスターのような服装で、厚着。しかし、ルトナより僅かに大きい二つの膨らみが、清楚な服装とすることを許さない。
厚着で、服の露出は一切ない。なのになぜか性的な服装に感じて、一度目をそらして、目をそらしてからもう一度、逆に目をそらすほうが変だと思って押さえ込んだ。
しかし、……やがてルトナは気付く。
今も自分は巨乳であるのだが、巨乳の体で何も考えずに服を買って着ると、シルエットが太ったようになる。ある程度工夫する必要があるのだ。
けれど、聖女ミシェルカはルトナよりも起伏のある体なのに、太ったようなシルエットになっていない。
それどころか、デザインの妙で、女性の平均身長くらいのミシェルカの体を清楚に、性的に、鮮やかな色をもって飾り立てる。特別な服装なのだろう。
髪色は緑に見える金髪。あるいは、金色に見える緑髪なのか。黄緑色というには不思議な色。
「お初にお目にかかります。私はミシェルカ。ミシェルカ・レイルズビア。この解放教で、聖女をやらせて頂いております」
「ルトナ・ステファニエです。今日はよろしくお願いします」
返ってきた挨拶に、ミシェルカはもう一度微笑んだ。
ルトナはその顔に見とれる。耳を見ればエルフでこそないが、俗世を離れて暮らしているからだろうか、天界の住人のような雰囲気が、エセエルフであるルトナよりもはるかに板についている。
「まあ、そう固くならないで下さい。大したことをやるわけではありませんから。えーと、神に救われ、お礼を言いたいとのことでしたが……?」
「はい。彼女と会話できるのなら、お礼を言いたい」
「あぁ……素晴らしい!! エルフ様のうちに神を信仰している方は少ないですからね。長寿で、直接魔物の脅威と対峙した方も多いはずなのに、なんと勿体ない。もちろん、それこそが皆様を尊い存在たらしめている所以の一つでもあるのですが……」
目前の相手が同じものを信仰していると思いこむと、微笑みは単なる微笑みを通り越して、にこにこと音が浮かぶほどの笑顔になる。
ルトナは勢い良く抱きつかれ、よろめいた。
感触がびっくりするほど柔らかい。どうなっているのかというくらい柔らかい。買いたての布団より柔らかい。
「や、信仰しているわけではないのですが……」
「それならばなおさらです。何があったか存じませんが、神は貴方のお礼を、きっととてもお喜びになられますよ。では、目をお閉じになって下さい。そんな難しいものではありませんからね。私が、そういう魔法を使うだけですので」
☆
「そんな難しいものではない」。はずだった、らしい。
けれど、その言葉は早々に覆される。
「ルトナ様、――神は、貴方の力を返してほしいようです」
「はぁ!?」
「直接会話をする前に必要なことだ」と言って、魔法を詠唱し、しばらく神と会話していたらしい(瞑想しているようにしか見えなかったが)ミシェルカは、唐突にそんな言葉を放った。
「すみません。急ぎのようでして、猶予がありません。今、補佐できる者を呼んで来ます。どうかお待ち下さいませ」
早口でルトナの目を見てそう言って、慌ただしく消える。
「ちょ……」
なにがなんだかわからない。面倒事なら帰ったほうがいいのかとも思うが、わけがわからなすぎて、ここで帰るにも消化不良だ。ルトナは広間に釘付けになった。
五分も経っていないはずだが、儀式を行っていた広間に数十人の聖職者が集まった。若いシスターと若い神父だ。全員、分厚い本を持って(教典だろうか?)、セレンと同じ服を着ている。
「事態を説明して下さい。こっちは何がなんだかわからない」
「大変失礼致しました。ルトナ様。今、順番に説明させて頂きます。率直にお聞きしますが、貴方は神の力を受け取った、この世界の救世主のような存在ではありませんか?」
「え、……違います」
「あの。嘘をつかれてしまっては、話が進まないのですが」
「……え、ええ……はい」
質問というより、確認、あるいは断定だったらしい。はいそうですと答える義理はなかったのだが、適当な嘘で乗り切れる場面ではなかったようだ。
「それが……どうしたんです」
「神によれば、それを授けたのは私であるが、急に事情が変わってしまいまして、早急にその力を返して貰う必要がある、ということなのです」
「な、……!」
ルトナは、絶句した。
話が急すぎる。
何がなんだかわからないし、説明になっていない。
「事情とはなんですか?」
「それは、言えないとのことです。世界に影響が出てしまうから、と」
「……それ自体はわからなくもないけれど。じゃあ、彼女と直接話をさせて下さい」
「それはできかねます」
「理由は」
「お話しできかねます」
話にならない。急な話というだけでもなく、会話する気さえ感じられない。
ちょっとイラッとした。
ルトナは頭をかいて、
「意味が、わからない。力を返せというのはわかる。事情が本気でヤバいんなら、一度こっちの世界に降りたやつには言えないことだってあるだろう。会話できない意味は!? 会話させて下さい。何かおかしいんだ。そして、おかしくないんなら俺は黙って返します。会話できない意味はなんですか。さっきまで俺は、さっきの俺はそもそも会話させてやるって言われてここに来たんですよ」
ミシェルカは沈黙している。
力を返せという要請は有無を言わさないものであると、そして理由も何も言えないのだと、その沈黙だけが説明していた。
そして、ルトナは――
☆
結局、力を返すことにした。
よくわからないが、それが神と名乗ったあの子のためになるのなら、と思ったのだ。
はじめからそういう未来もありうるだろうと、なんとなく考えていたというのもある。
別の選択肢も取ろうと思えば取れたと思うけれど、ともかく、力を返す選択肢を選んだ。
ミシェルカは喜んだ。喜んで、ありがとうございます、と心の底からお礼を言った。その表情に嘘はなく、疑り深い目で見ても、本当にそれが世界のためになるように思われた。
力を返して、エルフの体はどうなるのかだけ、不安があった。
結果を話せば、その点については問題なく、ルトナはエルフのままだった。
しかし、魔力は大部分が消滅した。ほぼ人族の平均レベルにまで落ち込んだ。他、感覚、体感覚、反応速度、体質、全てが人族と変わりない状況になり。ルトナは、エルフでありながらエルフではない存在になった。
その後、力を失ったことで目的を失ったルトナは、ミズリの案内にあまり考えず従って生きて、いつしかエルフの領域に招待された。
よくわからないが、前進派というものに賛同すれば、身分も保証されるし、つがいもあてがわれるという。
よくわからないままに、その指示に従った。
領域の外で何が起きているかわからないまま、たまにある種族構成者投票の際は、何の政治的決定があるかも知らずに、白紙の投票用紙をミズリに預けて、しばらくしたら可愛らしい一人のエルフが充てがわれ、ルトナに正常な生殖能力があると判明したらもう一人充てがわれ、ルトナは何回も何回も二人の婦長(エルフの家族構成は婦長とその配偶者、及び子族からなる。ルトナは例外的に複数の相手の配偶者ということになった)を妊娠させ、出産させた。エルフの繁殖は人間のものと少し違っているが、絶望的に快楽が大きく、ルトナは毎晩幸せにエルフの美しい体をエルフのやり方で貪った。
山中の、畑と森と水源に囲まれた場所で、
ルトナは、
総じて幸せな日々を過ごした。
そして、世界は――
☆
三百年くらい経った頃だろうか。
ルトナはそろそろ寿命を迎える。
エルフとしては、まだ若いが、死んでもそこまでおかしくはない年齢だ。
最近、畑や狩りの収穫が少ない。
エルフは(比較的に)少量の食物でも生きていけるが、同じような現象が起きている外の世界では、大陸中で資源目的の戦争が頻発しているらしい。
土地は荒れ、生き物は死に、空の色は濁って……
「大丈夫なんだろうか」
「? 何が?」
自分の婦長であるエルフが、枕元で果実の皮をナイフで剥きながら、ルトナの言葉に返事を返した。言葉にすれば簡潔だが、親しげな響きの声だ。長い年月を共に過ごしている。
エルフである二人、もうひとりの婦長も含めて三人は問題ない。子供たちも、問題ない。けれど、外の世界は。ユノはもうだいぶ前にこの世からいなくなってしまったわけで、直接世話になった人たちも死んでいるだろうけど、その子供たちは。
「何か、俺は何か、間違ったんじゃ――」




