8-3、超絶楽しくタルトとデート3
「エルフの領域って、どんなところなんですか」
「どんなところ、……うーん。何もないですよ。エルフが皆で暮らしてます」
「へえ。行ってみたいですね」
さっき待ち合わせした大聖堂では、タルトと一緒に適当に祈った。
ステンドグラスや宝石が、下品でない程度に飾り立てる祈りの部屋の下、ルトナとタルトは、これからも仲良くできますようにとか、世界の平穏とか、おいしいものが食べられますようにとか、そういうことを祈った。
「じきに行くことになりますよ~。どちらにせよ、首長に挨拶して頂きますから。どこかの家族に所属するのなら、そこの婦長に挨拶もして、領域で過ごすか、外で過ごすかを選んで」
「……中って、女子校みたいになってないですよね」
お供え物は、セレンに預けた。
用意したものはお団子に似たお菓子のような食事のようなもので、有名なお店のものらしい。
本当に同じもののまま届くのかわからないが、というか届かないと思うが、神としての仕事に疲れたら、息抜きにしてほしいと思う。
「じょしこう?」
「異性の目がないから、皆好き放題過ごしてる、みたいな」 暑い日に未開封のナプキンで顔を扇いだりとか。
「すみません、そもそもじょしこうというのがよくわからないのですが」
説明した。
「女子校! 女子学校! そんなものが世界のどこかに存在するのですか。良いですね。恋と愛と性と欲と……。そうだ、首長に頼んで、政治的圧力でバルトレイにも女子学校を、」
「やめて下さいマジで」
冗談ではなく、マジだ。結構めちゃくちゃな女性らしい。ルトナは、自分の軽はずみな言動で新しい学校ができあがりかけたことを反省した。
「それに、そんな素敵なものでもないみたいですよ。知り合いのその女友達から聞いた話ですが、……えーっと聞いたことのある話ですが。なんか凄いみたいですよ。異性がいないので」
「なるほど。エルフの領域が凄いことになってないかってことですね」
タルトは微笑んで頬に指を当てた。
「ルトナさん、忘れていませんか? エルフの恋愛対象は同じエルフだってことを」
「……はあ」
「そんなことはありえないんです。異性がいないどころか、周り全員が異性みたいなもんですもの」
「ああ。そりゃ、そうか」
一瞬で納得した。
加藤がいた学校は共学であったが、一応話は流れてきた。
異性の目がないと人間はねじ曲がる。
女子校の悲惨な現状を。そして、男子校で流行るアイドルアニメのことを。
あるいは、異性の目があることで人間がねじ曲がるというのが真実で、あれが人々の本来の姿なのか。
だが、エルフの領域はそうはなっていない。納得できる理屈で。
(――あれ、でも)
周りの全員が異性。だから、緊張感が保たれる。
そこまでは納得できる。
でも、逆に、雑な生活風景になる以上に、もっと酷いことになるのではないか。
(痴情のもつれ……サークルクラッシャー……いや、あるいはそれとは全く真逆で性の楽園!? マジか……本当か? 本当に? それは凄い?? 凄いのか??? 本当に凄い……エルフとエルフとエルフとエルフが毎日畑を耕しセックス狩りに出かけてはセックス! 本当に凄い……いや、やはりすごーく凄い……うっ……)
息が荒くなってきた。
「あの、変なこと考えてません?」 怒り笑いのような表情で、ルトナに指摘するタルト。
「いや全然ないですないです。ただ、仲間入りが楽しみだなあって」
「やっぱり考えてますよね? もう」
タルトはルトナの肩を肘で小突いた。
「皆に忠告しないといけませんね。新人はエッチだって」
「やめて下さい。勘弁してください。すみませんでした」
「ふふ、全く」
笑いながら、矛を収める。
そして、そういうことはない、と説明された。
「エルフの性欲は薄いから、そういうことはないんです。寿命の長い種族ですからね。性欲旺盛だったら、ものすごいことになりますよ」
「なるほど。じゃあ、恋心だけがある感じか。たまーに隣の人にドキドキして、でも性欲に振り回されるようなことはなく、くっつく時は……人族の幼馴染同士みたいに、いつの間にか自然にくっついている?」
「そうですよ。最も、例外はあるようですが。概ねそんな感じです。いやらしいルトナさんの思うようないやらしいことはありませんからね」
「私はいやらしくないけど、そうですか。なるほどなあ、そうか」
ルトナは、考え込んだ。
(――それって、どうなんだろう)
少なくとも、これまでの常識と比べて、全く違う形になってしまう。
今は良い。エルフに対して性的な目線を向けることができる。
タルトの着るワンピースに、ミズリの着る露出のある服に、ドキドキすることができる。
でも、それがなくなったら。
他のエルフと同じように、ルトナのこれもシシュンキのように消えていき、性欲のない恋を自然なものと受け入れたら、かつてルトナが加藤であったというしるしは、どこに残るのだろうか。
「その性欲が消えるのが不安ですか?」
「ん、んん……まあ」
ミズリから多少ルトナの現状について話が入っているのか、タルトが心配そうな顔を向けてくる。
タルトが思っているような理由でではないのだが、もし仮にこの熱情が、この情欲が消えるのだとしたら、少し不安がある。
「大丈夫ですよ。人族みたいに盛るだけが恋ではありません。別に、熱情的な恋愛が存在しないわけでもない。片方がぐいぐいと押して押して寄り添いになった例も知っていますよ。ただ、そこに性欲がないだけです」
「……すいません、私は受け入れられないです。不安とかじゃない。積極的に、エルフになってそうなるのだとしたら、抗いたい、かも……」
せっかくのフォローだったが、受け入れることはできそうにない。
加藤一拠にとって、性欲も、ずっとずっとエルフに恋い焦がれることができた、一つの理由だったから。
「私は、欲しくないのに欲しいから、本当に好きってことなんだと思います、けどね」
「そっか。私は、欲しいから欲しいのが、本当に好きってことだと思ってる」
二人で二人の見解の相違を笑いあった。
「さて」
帰路の途中で、タルトは急に立ち止まった。つられたルトナも、立ち止まる。
その立ち止まったルトナに、タルトがゆっくりと寄ってくる。
「私がこのデートの最初の最初に、『親睦を深める以外に別の用事がなくもない』と申し上げましたよね?」
(そうだっけ?)「は、はい? はい。たぶん」
距離は一メートルを切り、最後は三十センチ以内になる。タルトはルトナの腕に抱きついた。まるで、誰もがデートでやる時みたいに。
歩きましょう、という囁き声に従い、何がなんだかわからないまま、夢見心地でその状態のまま歩く。
(は? 何これ? 天国か??)
しかし、続いた声は、全く予想と違うものだった。
「ミズリに気をつけて下さい」
「……はい?」
「エルフの政治状況についてお話します。あなたが前進派が用意したなんらかの仕掛けである場合いまの私はどうしようもなくバカですし道化ですがそうでない可能性もあり、私は中立派としてあなたにレクチャーをする義務がある」
早口、小声で、ルトナの耳元に囁く。まるで、誰かに聞かれたくないかのように。
そして、また、ミズリに気をつけろ、と繰り返す。
「エルフの政治は、議会で決まります。コグレスという姓を与えられた九人とリーダという姓を与えられた一人で合計十人のメンバーが、多数決や、時に全会一致で決議を取ることでエルフという組織は動く。その議会は、現在前進派と中立派に二分されており、」
「ちょ、ちょっと待って下さい。急に言われても困る」
「困らないはずです、ルトナさん。あなたの教養は明らかに教育を受けていない人間のものじゃない。ついてこれませんか? それならここでお話をやめにしましょう」
「……続けて下さい。議会があって、十人いて、今は派閥が二つあるんですね。それは政党とは違うものなんですか?」
押し付けられている体の感触で、ルトナの心臓がドキドキと音を立てて動き始める。
男だった頃と違い股間に血が集まることはないが、かわりに脳にずきずきと血流が集まり、ちかちかするような感覚が、性欲を表明する。
地獄か、とも思うが、何か大切な話をされているのがわかったので、その気持ちは押し込めざるをえない。
「政党……共和国にそういうのがあると聞きましたね。すみませんが、政党の定義を知らないので何とも言えません。派閥ということにさせて下さい」
共和国とは、北にある国のことだろう。名前はよく知らないが、地図で見た。
「前進派は首長を中心として纏まっており、議会では六人が前進派に所属しています。全く同じ目的を共有しており、おそらくエルフ全体でも前進派のほうが多いでしょう。彼女らは危険です、って別に危険でないこともたくさんあります、私達はエルフのために動くという点においては同じ思いです。首長にお世話をして頂いたことだってあります。ですが、彼女たちはそれとは別の目的も保持しており、またその目的のためなら手段を選びません」
「じゃあ、ミズリは」
「はい。彼女は前進派です。各地の骸龍を討伐するエルフ達は外の世界の調査役や外の世界との交渉役も兼ねています。それは現在議会での決定で、基本的に二人一組、そして一人は中立派、一人は前進派にすることが決められています。私は中立派、ミズリは前進派です」
「……それは、……失礼かもしれませんが、逆に中立派であるタルトさん達のほうが、私を取り込もうとしているって可能性もありますよね?」
「ないといえば嘘になります。しかし、中立派というのは前進派に所属していないエルフのことであり、実を言えばルトナさんも今あえて分類をするのなら中立派です。取り込む、取り込まない、とはどちらかといえば違う。前進派が抱くたった一つの目的を共有し、それに協力すれば前進派、そうでないなら中立派なのです」
「では、中立派は、足並みが揃っていない?」
「揃っていないというほどではありませんが、それぞれがバラバラで、意思統一は難しい。中立のために積極的に前進派を妨害するべきだという者もいれば、純粋な中立を志向し場合によっては前進派と同調する者もいます。ただの無関心層も中立派です。その点、前進派側は全員が首長のもと統一された意思で動きます。ですので、その……議会での決定などでは、やはり。議会で決まったことは尊重され、一般のエルフが逆らうことは難しいです。逆らえる姓を持っているエルフはともかく、姓すら持っていない私などには、とても」
ルトナは頭をまわし、今の話を整理する。
エルフの政治組織、議会には、二つの勢力が存在する。
前進派は何かの目的に向かいたった一人のトップのもと動く一つの意思を持った集団であるらしい。
つまるところ、中立派というのは穏健派であり、前進派というのは過激派ということになるのだろう。
政治のことはよくわからないが、六対四で前進派優勢というのは、かなり瀬戸際の状況と思われた。
(なら、重要になるのは、前進派の目的か)
「愛玩動物を保護する」みたいな目的なら勝手にしろと思うし、ヤバい目的なら一撃でヤバい集団であるとわかる。
「前進派の目的ってなんなんですか?」
しかし。
「それは、答えられません」
帰ってきたのは、不回答の表明だった。
一瞬の戸惑いの後、足を止め、腕を掴んで、ルトナは目を見据えて言った。
「おかしいでしょう。半端な情報だけ与えてそれで終わりですか」
しかし、タルトも視線を返す。掴まれていないほうの腕が、ルトナの腰に回された。
まるで口づけするみたいな態勢であるが、むしろ、その目はルトナを睨みつけるようにしていて、
「半端な情報だけ与えているのはあなたもでしょう、名無しのエルフ」
ぐ、と言葉に詰まる。それは事実だった。
しかし、こちらの側もどうしようもない。
今の情報を与えられた以上、これまでと同じく、いやこれまで以上になおさら、エルフに自分の情報を全て明かすことができなくなった。
「別に、意地悪をしているわけではありません。誤解させていたらすみません。外の者には知らせていません。前進派の目的は……少し、知らせられるものではないので」
「私はまだ、エルフの一員じゃないってことですか。それでも、……個人的に教えるのもできないんですか」
「……どうか理解して下さい。私も危険なのです。あなたの存在が前進派の次の手でないとどうして言えますか? 私が帰り道、ミズリに『何話してたの?』と詰められることがないとどうして言えますか? ミズリのことは好きです。私たちは幼馴染ですから。けれど、殺し合いになれば私が勝てる保証はない。ですから、前進派の内情をエルフでないモノに明かすことはできず、『それくらいは知っておくべきでしょう』ととぼけられる段階までしか話すことはできません」
囁かれる言葉を理解する。
(その派閥闘争は人死にが出てる、あるいは出かねないモノであり、前進派の動向や目的は外部の人族に周知のものではなく、エルフ全体としての機密扱いである、みたいだな)
面倒くさいものに巻き込まれたと直感した。
派閥争いなどやっているのか、と多少の失望はあるが、純粋に目的を共有する集団と、その暴走を止める集団に分裂するのは理解できる。
「じゃ、エルフに正式に認められたら、ミズリに直接聞いてみます」
片側からの言い分を信じるつもりはない。実際のところは中立派とは名ばかりの可能性もあるからだ。
それを言うと、タルトはにっこり笑って、体を離した。
「そうして下さい。選択の際は、あなたの最良の判断を」
タルトに手を振って、自宅の近くで別れた。
送ってもらった形になっているのだなと気付いたのはタルトの姿が見えなくなってからだが、今はそれでよく、今度お返しをすればいいのだともすぐ気付いた。
(……少し、話しすぎて疲れたな。いろいろとあったけど、今はとりあえず、いいや)
ユノと、情報を整理するまで、一旦いろいろと忘れよう。
デートは、本当に楽しかった。
会話における楽しさとは、会話の内容じゃないのだと気付いた。
相手のことが好きであれば会話は楽しいし、相手のことが好きでないのなら会話はつまらない。
話術とか、話のネタとか、抑揚とか、一切、関係ない。
あんなもの、やるだけ無駄だ。
あるいは、話術とはいかに自分に対して好意を持たせるかの技術と言えるのかもしれない。であれば、一番効果的な話術は、学校であれば成績を上げて運動能力をつけ、社会であれば一生懸命働き実績と金を紡ぐことか。
これは、異世界小説の主人公が、何をしても褒めそやされるのにも似る。
異世界小説の主人公は、何をしても褒められるし、周囲は主人公を持ち上げる。
考えてみれば当たり前の話だ。
だって、目の前にいる人間は、いつでも自分をひねり殺せるほど強い上に、自分に利益をもたらす存在なのだ。
それを、褒めそやさない理由が、ない。
機嫌を損ねて殺されたらどうするんだ?
純粋な好意かもしれないし、実は小説の記述にないところで悪意を持っておりそれを隠しているだけかもしれないし、嫉妬と憎悪がねじ曲がった感情かもしれないし、怯えてるのかもしれないし、ストックホルム症候群かもしれないし、カサンドラ症候群かもしれないし、感応精神病かもしれないし、何も考えていないだけかもしれない。
それでも、圧倒的に強い力を持つ主人公を、褒める人間しかいないというのは、正しい状態なのだ。
で。
いったい、それの、何が悪いというのだろう?
たとえ褒められるのは物語の中だけだって、たとえヒロインの頭がパーだって、たとえ周りのレベルが低いだけだって、たとえ物語の筋がめちゃくちゃだって、たとえ伏線も何もなくたって、たとえ都合がよくたって、たとえ現実逃避だとしたって、
――主人公になって、人を助けて、人から感謝されたいという気持ちに、問題なんて、あるはずがない。
(ま、こう思うのは俺が異世界小説のことを好きだからってだけかもしれないが……って、何の話だっけ?)
ルトナは思考が飛んだのを感じて慌てて元に戻した。
(そうそう、タルトさんが俺のことを好きになってしまったかもしれないという話だった)
多分。かもしれない。そうだといいな。
だって、機密情報教えてもらってしまったし。
何をしても褒められるような英雄になるためにこの世界に来たのだから、そういうふうになってほしいものだし、そのためならいくらでも努力するというものだ。
タルトと愛情あふれるアレをする空想に浸りながら、幸せな気分でルトナは帰路についた。




