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8-2、超絶楽しくタルトとデート2

「え……魔族……?」


「………………え?」


「だ、ダイジョブです。知らないわけ無いですよ。魔族ですよね魔族。いやぁ、ホント。常識ですもんね」


「ホントですよ。勘弁してくれ」


 かなり綱渡りのコミュニケーションをしている。関わることがなかったし、冒険者学校でもやらなかったし、ユノとも一度も話題に出さなかった。

 ごまかすために、ルトナは大陸を囲む島? のうちの、今度は別のものを指差して、セレンにこれは何かと問いかける。


「魔族の領域です」


「じゃあこれ」


「魔族の領域です」


「えっと、これも?」


「魔族の領域です。あの、邪魔しないでほしいんですが」


 あはは、冗談です、と、ルトナは笑ってごまかした。

 いかにも、ただシスターをからかって邪魔をしているだけみたいに。


 ……内心は全く笑えない。

 あるいは大陸から島々に魔族を追放したのかもしれないが、それは見方を変えれば、海を挟んでとはいえ完全に、魔族に包囲されているということだ。


(――この地図)


 けれど、やがて、ルトナは気がついた。

 この地図は、きっと世界地図というより大陸地図だ。世界に一つしか大陸がないということは考えにくい。セレンがこれを世界地図と言ったのは、人族の世界の地図、という意味だろう。かつていた世界の中世ヨーロッパの地図が、子供の落書きみたいなもので、アジアとヨーロッパとアフリカしか存在せず、しかも棒線で区切られていただけのものであったというのは知っている。


 そんなことはどうでもいい。

 この、大陸を取り囲む島のようなえぐり取られた跡のようなものが全て魔族の領域であるのなら、この地図が大陸近辺を描き出す大陸地図でしかないのなら、


 本当のこの世界の世界地図は、どうなっている?



 やがて、セレンはついてくるように言いながらカウンターを出た。

 聖堂の廊下を移動していくと、底の見えない広い竪穴と、その円周をめぐる、石でできた螺旋階段があった。

 今からここを、下っていくらしい。


 ヤグルは結局目録には見つからなかったそうだ。

 どういうように冒険者ギルドが葬ったのか不明であるが、特別の嫌がらせなどをしていない限り、無名の冒険者の共同墓地のような場所で眠っている可能性が高いという。やることがあるのならそこで済ませろとのことだ。


 ミルは、見つからなかったようだ。



「ミル……ミル? 冒険者のミル。ひょっとして、ミルフォード・ニル・アリスチュールですか?」


「え? 誰だよそれ。違います」


「違うんですか? この街ですよね。じゃあ知らないですね……」



 今のようなやりとりがあったのみで、他に冒険者のミルは存在しないという。ルトナは諦め、今冒険者用共同墓地とやらに向かっている。


「死者は、合同葬された方以外は、目録で完璧に管理されているんですね」


 このルトナの質問に、セレンはこともなげに答える。


「まあ。治療とは調査であって神の祈りとは統計ですから」



 かつん、かつんと、地下に続く階段を進む。

 感覚が狂う。直径数十メートルはある大穴の中に、その円周をぐるぐる廻っていくような形で螺旋階段が配置されているのだ。岩盤を魔法かなにかでくり抜いたのか、あるいは円柱状の穴を開けてから石畳を設置していったのか。

 螺旋階段の途中途中では、扉がある。その中は、部屋になっていて、そこにも死者が安置されているのだという。


「街中の墓地は初めてですか?」


「え、ええ、……なんといったらいいかわかりませんが」


「長命の種族は、良い時代になった、と言うものらしいですよ。エルフ様たちはそうではないようですが。昔は街の外だったそうなので。めんどくさかったらしい。教典が書かれた時代だと、そのうえ土葬だったような時代もあったそうで」


「土葬だとまずいんですか? ってああ、臭いがないのは火葬だからですか。……すみません勝手に納得して。で、土葬だとまずいんですか?」


「魔力が宿ると魔物になります」


「ヤバすぎ」


 灯りはない。燭台はあるので、ここに立ち寄ったときだけ、遺族かだれかが用のある部屋の前だけ火を灯すのだろう。セレンの持つランプだけが、聖なる火を撒き散らす。


「歴史について勉強したことは?」


「冒険者学校の授業で少し」


「学校だけですか? エルフの皆さんの中では独自の歴史教育を行っていると聞き及んでましたが……?」


「……どうなんですかね。ちょっといろいろ特殊でして」


「ふうん? まあ魔族の脅威を知らないのなら二百歳以下だし、まだ教育をされていないのかな。ま、人の事情には立ち入らないとして、じゃ、学校はどういうことやるんですか」


 なんとかあまり詮索してくれないでいるようで安心した。

 そして、冒険者学校の歴史の授業を思い出す。


 授業は簡単なものだった。そもそも数十分の授業一回で歴史を説明することなどできるはずもないのだが、百年程度の近現代史について、ざーっと有名人の逸話を含め話しただけだ。

 約百年前にある国が統一を唱え大陸全土に侵攻したが、結局反撃に遭い元の主権国家体制に戻ったこと、約五十年前にまた同じ国が侵略戦争をはじめ、今度はかなり激しい戦争になったが、また同じような結末になったこと。

 順番に思い出していけば、さらっと触れられる程度であったが、魔族の話も出ていたような気がする。二言三言だったが。


 以上をかいつまんで話すと、セレンは大きくため息をついた。


「現代の理解のために絞られていますね。嘆かわしい。そりゃあ、古代や新代をやれとは言わないけど、近代にも聖戦はあるというのに」


「古代? しんだい? 近代? ……薄々気付いてたけど、あの授業はごくごく一部だったみたいだな」


「ええ。かなり厳しいです。近代の聖戦……俗称は三期人族解放戦争ですか。三期戦争を教えないのはいくらなんでもという感じですね。たった二百年前のものだ。冒険者は皆勉強と説教が嫌いとはいえ……」


「そうなんですか。そういや、冒険者学校は結構中退が多いんでしたっけ。アコルテさんから聞きました」


 何を隠そうルトナも、中退者か卒業者かといえば中退者だ。


 では、ルトナさんにたった一つだけ、これだけで済む簡単な真理を教えてさしあげましょう。

 そう呟いてセレンは振り返り、ランプに照らされた幽鬼のような表情で、断言した。


「魔族は、殺せ」


 ランプの灯りが揺れる。

 爛々と輝く目が、その敬虔な信仰を補強していた。


 ルトナは、ごくり、と息を飲み込んだ。

 威圧感。一言で言えば、それが目の前の少女にある。


「すみません。一度だけ常識知らずな質問を許してほしいです。なぜ?」


「疑うような話ではないですよ。とはいえ、別に常識知らずってわけじゃない。信仰に疑問は大事です。疑問こそが信仰を深める。『魔族は一人残らず死ぬべきだ。一人でも多くの魔族を道連れにする。それが私達聖職者の誇りにして責務。私達はそうして一人でも多くの人族を救おう。むろん卑しい種族は存在する。またこの話を聞く君の種族より上の種族だっている。けれど魔族と戦う上でそんなことは関係がない。人族側世界の全ての魔力おもいを結集し、全ての人族領域りょういきを解放せよ』。三の書五章三節、一期解放戦争前の聖女の演説です。――これでわかったでしょう?」


 隈に縁取られた目つきが狂気に彩られ、口元は笑みを浮かべている。

 会話が通じない。

 魔族は悪である、という前提を共有していると思いこんでいるのだろう。

 その前提の根拠を聞きたかったのだけれど、滔々と語るセレンの耳に、もはや何の言葉も届きそうにない。


「おぞましい世界の害虫ども! 当代の魔王は人族に対する不干渉主義を取っているとされていますが、その実私たちは知っている! たくさんの人族奴隷がいまも魔族側で搾取されていることを。人族は忘れない! 今日この日も、魔族の手で人族が奴隷として接収され、呪わしき地へと奪われていることをっっっ!!!」


 ――職業的サイコパス。

 ルトナが今思い浮かべたそれは、前の世界の倫理の授業で、女教師(歴史教師)が熱を入れて語っていた概念だ。


 ある職業に就くものは、明らかに間違っていると思われるのに、その職業の事業を正当化するような言動をすることがある。


 たとえば、週刊誌の記者。


 週刊誌は明らかに社会に存在する害悪であり害虫だ。けれど、彼らはときおり「誰かの知りたいという気持ちを満たすため、私たちは努力している」と、まるで自分達が社会の役に立つ存在であるかのように語る。

 週刊誌が社会の役に立つということはありえない。嘘を入り混ぜ大衆を刺激する言葉を並び立て、利益が絡む商業行為であるために倫理は存在せず、有名人、一般人、その中間、誰も彼もの人生をめちゃくちゃにして、……それでも、彼らは本当に思っているのだ。私たちはこの国の社会のためにがんばっている、と。


 他にもさまざまあるだろう。「なぜ、今目の前のこいつは、自分の職業を正当化できるんだろう?」と思ったことが。「なぜ、こんな社会の害悪が、まるで自分達が優れた正しい存在であるかのように語るのだろう?」と思ったことが。過剰労働を正当化するブラック企業の利害関係者、間違った教育を正当化する学校教師、……きりがない。

 彼らは時に、消滅しても代替物があり誰も困らない状況でも関係なく、自分を必要悪のように語ることさえある。必要悪とは必要だからそう呼ばれるのであって、無い方がマシな「必要悪」など、存在してはならない。


 しかし、彼らの立場になってみればその奇妙な精神疾患の内実も理解できる。自分の人生において、一日八時間、あるいはそれ以上を、その仕事に費やしているのだ。思いたいことだろう。「私のこの行為は社会の役に立っている」。

 いつしかそれは引き継がれる。先輩から後輩に、上司から部下に。「私は社会の役に立っている」という態度は、いつしか「私たちは社会の役に立っている」という確信に変わる。世代を超えて繰り返し強化され続けるその精神疾患的妄想は、やがて強固な信念と変わり、彼らに反社会サイコパス的な人格障害を引き起こす。

 それか職業的サイコパス。


 ルトナはセレンに合わせて半笑いを作った。教師が唐突に今の話を始めたときのように。


(とりあえず何も情報がねえし、保留にせざるを得ねえな)



 墓標の階段を降りながら、セレンは断片的に歴史を語る。


 歴史時代(記録の残っている時代)が始まったのは千二百年前だ。その頃には、成長し始めていた魔族と、ある程度繁栄していた人族との衝突が頻繁にあったらしい。

 人族と魔族の戦争、人魔戦争を教会では聖戦と呼ぶ(特別に領域解放戦争のことを指して聖戦と呼ぶこともある)。聖戦が、何度も何度も繰り広げられていた。


 千百年前に、歴史家からは一期人族領域解放戦争と呼ばれる超大規模な戦争が生じた。歴史上はじまってから一つ目の、大規模な聖戦だ。強大な力を持つ魔族が人族を苦しめるが、この戦争は痛み分けに終わる。「天のみなし子」と「調停者」の連携によって。


 天のみなし子とは、神に並ぶ力を持った英雄であるとのことだ。

 調停者についての言及はなかったが、ルトナは一つ気になった。


(……神の力。ひょっとして、天のみなし子って、転生者だったりするのか?)「すいません、ちょっと」


「? なんですか?」


「特殊な文化のある東の国ってありますか?」


 転生者は文化を広めるだろう。

 仮に文化を広めなくても、英雄の好んでいた文化は、ある程度自然に伝播されるはず。


「は? 東の国? や、確かにあそこは特殊な文化だと思いますが……」


「侍とか忍者とか寿司とか刀とかあったり?」


「は? さむ、らい……?」


「えっと、だから……なんというか特殊な文化というか。あと、唐揚げとかコロッケとかシフォンケーキとか複式簿記とかあるでしょう??」


「から……? あの、何かの物語の中の話ですか?」


 セレンは本気でわけがわからないようで、しばらく考え込んだ後に、ルトナを憐れむような視線で見つめて肩に手をおいた。


「精神分裂病ですね。私も治癒師なので間違いないです。大丈夫です、最近は治らない病気じゃありません。心の風邪に対する理解も深まっている。よく効くラウナ族の薬があるんです」


「いいです。……マジで心配しないで! もう平気だから!」


 慌ててルトナは撤退した。転生者では、ないように思われた。


 遅れて天のみなし子に関する説明はあった。


 この教会が信仰するこの世界の創造主(≒ルトナの知る、神と名乗った女の子)は、無限に分裂することができる。

 ただし、神道における神のように、力が減衰しないコピーアンドペーストのような分裂ではなく、カットアンドペーストのような分裂で、上限の力は決まっている。


 神は、強大な魔族の力による人族の未曾有の危機に、この世界に悪影響を及ぼさないレベルまで力を小さくした、自分の分身を送り込んだ。


(俺が送り込まれた経緯と似てる……「前」は誰かを呼ばずに自分で降りたのか)


 その救世主は、調停者と一緒に魔王を倒し、最後まで神たる存在のまま、力を使い果たして天に帰った。

 千年以上前の昔話で、子供でも知るお伽噺の一つだ。


(……前も成功したのなら、なぜ俺のときにはそれをやらなかった?)


 ちなみに、この宗教が信仰する相手が神と名乗った女の子であると推定している理由は、彼女たちの崇める聖像が、幾何学的な平面と、それを操作する少女の姿だからだ。現物に比べて少し大人びているが、聖像なんてそういうものだろう。


「というわけで、魔族とは神敵! 神敵とはこの世界に存在する害虫! これはなんでしたっけ。教典の全部をちゃんと暗記してるわけじゃないからな。エリート組は完全暗記で、勤務中に急に飛んでくるなぞなぞに答えられないと左遷だそうです」


 彼女の語る歴史は、どこまで信用できるものだろうか。熱を入れすぎないようにして喋っているのか、時折こうして笑い話を挟むが、それでもぎらぎらと光る彼女の表情はごまかせない。


「我々解放教会には、魔族という敵性社会を、この世界から消滅させる義務がある」


(ユノに聞いて裏を取る必要があるみたいだな)


 魔族とは? 魔王とは? 教会とは? 調停者とは? 天のみなし子とは? 解放教会とは? 領域解放戦争とは?



 階段を降りきると、少し広い石の床があった。

 ここが最下層なのだという。

 そして、弔う者のいない冒険者の名も無き死体は、この、底の見えない穴に葬られるのだとも。


(葬られるっつっても、要は灰を撒かれるか、灰の入った箱をぶん投げられるんだろうな。別に悲惨な末路だと思ってる様子はねえし、普通の平民とかは、これが普通の死に方なんだろう。どこに通じているんだろうな、この穴)


 ルトナは手を合わせて目をつむった。

 こちらの慣習に合わせるつもりはないし、死者を悼む気持ちなどさらさらない。

 けれど、通すべき筋だった。



 再び階段を昇ると、だいぶ時間が経ってしまっていたようで、受付前で、タルトがルトナを待っていた。


「ごめんなさい、タルトさん」


「いえいえ、私も久々にあの子とゆっくりできました。お墓の掃除もきっちりしましたしね。そちらの用事は済みましたか?」


「すいません、それがちょっと……あと少しだけ。こっちはあまり長くならないと思いますので」


「では、今度こそ大聖堂でお待ちしておりますね。あまり待たせると先に帰ります」


「ホントすいません」


 平謝りしかできない。ここまで墓参りに時間がかかるとは思っていなかったのだ。三十分を越えてはいないとは思うが、それに近いくらいは待たせてしまっていただろう。


「用事とは? まだあんの」


 ちょっとげんなりしたふうのセレンに、ルトナは大したことじゃないと前置きしてから、神にお供え物をしたい旨を申し出た。


「ほお。それは感心。しかし何故? いまどき珍しいね」


「前にちょっと助けてもらって」


「ほお。ほお。良いですね。――ふむ」


「? なにか?」


 セレンは、ルトナに近寄って、ルトナの目をじっと見据えた。

 少し身長が低いために、セレンのほうが見上げる形になる。


「エルフ様ですし、問題ないかなと思うので話しますが。神のお告げを聞いていかれますか?」


「神の、お告げ?」


「はい。聖魔法で神様と繋がることです。通常は向こうからの声を一方的に聞くくらいですが、今、この教会には、聖女ミシェルカがおられます。彼女なら直接神様と会話することが可能です。お礼、直接言えますよ」


 聖女ミシェルカ。はじめて聞く名前の気がするが、よくわからないが、実力者らしく、神と会話することが可能らしい。

 ルトナはずいっと迫ってきたセレンから視線をそらして、その向こうに視線をやった。

 そこには、巨大な解放教会のシンボルマークがあった。六つの長方形を、特別な形に重ね合わせたものだ。


「……それは、どういう形になるんですか」


「さあ。私がミシェルカの手でお告げを聞いたことはありませんので。私自身も一応神のお告げを受ける真似事はできますが、私は声すら聞こえず、ぼやっと神の世界が垣間見えるくらいです。誰かにその感覚を伝えることもできません」


 突然の言葉に、ルトナは迷う。


「で、どうですか? ……神様に、会っていかれますか」


 どくん。

 心臓の音がする。


 一人ぼっちの神様は、今もあの神の領域で、幾何学的な平面と格闘している。

 神託を聞けば、彼女に対してメッセージを送ることができるだろう。


 ――会って、いかれますか?


「……いや、やめときます」


 やめる、と言った理由は大きくない。正直、頭のなかでサイコロを振るような感じで決めた。


 ただ、一つだけ思い出したことがあった。

 別れる直前の神の領域で、神と名乗った女の子は、「一度下に降りると、もう私とは会えないよ」と言ったのだ。

 直接会えないというだけなのかもしれないし、深く考えるようなことではないとは思ったが、


(進捗だって全然ないんだ。今の段階で寂しがって話しかけちゃ、どうしようもねえよな)


 あくまで総合して考えればであるが、よくわからない宗教的儀礼に「はいよろしく」で付き合う道理はない。



 タルトと二人で、教会を後にする。

 日はもう天頂から通り過ぎている。帰る頃には夕暮れになるだろう。


 会話をしながら一緒に帰る。中身はない。ただの世間話だ。

 タルトの銀色の髪が、普通の日差しと夕日の中間のような光に照らされて輝く。

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