3、耳かき
「ルトナ、入るわよー」
「どうぞー」
金髪ツインテールのエルフ、ミズリは、かなり頻繁に顔を見せるようになった。
この世界の一週間も七日だ。多分、人間が連続労働して一日休息するにはちょうどいい時間なのだろう。
魔力大龍を屠ってから一週間が経ったわけだが、その一週間のうち、ミズリが来ている日のほうが、来ていない日よりも多い。
「毎回悪いわねー、おいしいスコーンを持ってきたわよ。実は噂だけでまだ食べたことないんだけどね。今日も面談の時か、何やってんのあんた!?」
話しながら部屋の中に入ってきたミズリは、信じられないものを見たように目を見開く。
今日は傍にタルトの姿はない。
「え? ユノに耳かきだけど……」
いきなり現れていきなり硬直したミズリに、何をそんなにびっくりしてるんだろうと首をひねる。
この世界では耳かきを他人に見せるのははしたないことなのだろうか。
あるいは、エルフにとっては、だろうか?
「いや、耳かきは分かるわよ! なんで下着姿なの」
「あ、ああ……だよな。すまん。いや、皆だいたい同姓同士だし、感覚が」
「なんで覆いかぶさってるの!」
「これは悪ノリ」
ルトナは冷静になった。
ミズリの目に飛び込んできた光景を想像すると、たしかにそのうろたえも理解できると言えた。
今、下着姿のルトナは、同じく下着姿のユノに、ベッドの上で、覆いかぶさるような、押し倒すような体勢のまま耳かきをしている。
「ごめん、こんな格好で」
「え、ええ……いや、別に好きにすればいいんだけど。あんた、普通に服着なさい……」
「いや、服がないんだ」
「はぁ?」
特に複雑な事情があるわけでもない。
ただ、家を買うと決めてから一週間経っていて、この一週間は、多忙だった。
朝起きて、鍛錬して、(奴隷を買うと決めたときほどではないが)たくさん上級中級を狩りがっつり稼いで、そして家に帰ってきて、流石に疲れて泥のように眠る。
ユノはユノで、鍛錬して、家事の勉強、そしてその見返りの宿の手伝い、たまに初級の魔物を狩って慣れを維持し、そして一日が終わると泥のように眠る。
お金がきっちり溜まってきているのはいいが、このサイクルが続き、二人はついピコに洗濯物を渡すことを忘れてしまっていたのである。
部屋の片隅に積まれていて明らかに存在するはずの洗濯物が本当に視界に入らず見えない、忙しいとそういうこともあるようだ。
バシッと洗濯してしまわないと着るものがまたなくなる。なので何も考えず脱衣所で、所持する服を全部この宿のお手伝いさんに渡して洗ってもらって、二人で下着姿になって体を隠しながら部屋に戻ってきたわけだが、戻ってきた後で、替えの服を貰うべきだったと気付いた。
けれど、今からのんびり誰かがいるのを下着姿で探すのは無理だ。
その流れで、二人で暇潰しをしていて、ミズリが来た。
当のミズリは以上の流れを聞いて呆れ返る。
「んで、じゃあ、なんで覆いかぶさってたの」
それについては悪ノリだった。
「ユノが膝枕はイヤというから」
「いや、イヤというかですね! 主人に膝枕してもらって耳かきをされる奴隷ってどうなんですか!? って申し上げましたら、じゃあベッドに寝ろというお言葉で、押し倒されて、抵抗できなくて……」
「こらこらユノ? ご主人様が喋ってる時に口を挟むの?」
半端に体勢を起こしたルトナが指摘すると、ユノは黙った。
「すみ、ません……」
「おーい? 奴隷イビリ? 新人?」
ミズリが呆れながら出す声に、目を逸して知らないふり。
「まあ奴隷なんて所持物なんだから好きにすればいいんだけど、その理屈なら平行じゃなくて垂直に耳かきすれば良かったじゃないの。つまり、こう、まっすぐ覆いかぶさるんじゃなくて、円の四分の一くらいズレて覆いかぶされば良かった」
どうやら時計の9:00や3:00のような位置関係で耳かきをしろと言っている。
率直に言って変だ。
「この狭い一人用ベッドでか?」
「あんたが下半身前部を壁に立てかけなさい」
「変なオブジェみたいになるから、それは」
ミズリは面倒くさくなったのか大きなため息をつく。
実際、はじめの頃は会話――「面談」にそれなりに緊張していた。相手は憧れのエルフだし、突然現れた彼女たちを警戒してしすぎるということはない。
ただ、何度も会って、さまざまな情報をすり合わせするうちに、なんか気を張っているのが馬鹿らしくなったのだった。
いや、与える情報などの肝心なところはきっちり締める。だが、ミズリは気安く接してくるし、異性らしさを感じさせない(実際に今の体は異性ではないし)。
本当は、気安く接されたからと言って、気安く接せられる相手ではないはずなのだ。だって、いわば、ルトナにとってエルフとは全て恋と性欲の対象である。けれど、ミズリの会話の間合い管理が上手すぎて、ルトナはついそれに乗せられてしまう。
総合すると、ミズリは、なんとも気軽に言い合える相手といえた。
逆にタルトとふとした瞬間に二人きりになると、いつまで経っても緊張してしまう。いや、まだ会うのは数回目とかで、それが当たり前なのだが……。
ユノの髪の毛をさらさらと、梳くように撫でる。髪飾りの素材が擦れ合い、かちゃという音が鳴った。ルトナが以前プレゼントしたものだ。大事に着けているらしい。
「ごめんね」
「いえ……」
頬をほんの少しだけ赤く染めて、ユノはルトナの手を受け入れる。
「まあ良いわ。この宿の女主人、ピコと言ったわね? 付き合いは二ヶ月程度なんだっけ? ルトナがお世話になってて、ユノちゃんを買う時も融通してもらった、と」
「うん。……? どうしていきなり?」
「替えの服借りてきてあげるから」
「あー、それは助かる……」「ありがとうございます」
もう、と面倒くさがりながら、ミズリはピコを探しに行った。




