2-2、一軒家がほしい2
「おはよう、チェリネ」
「んぁ~~……迷惑エルフぅ……」
まだギリギリ朝といえるような時間だから当然だが、ギルドの飲食スペースには飲んでいる人間は誰もいないし、多くは朝の食事を済ませていて、少数が防具なんかのチェックを行っている。
大量の空き食器。ここまで呑めば、ザルらしかった彼女も流石にキているようだ。
「お前、一人かよ? 一人で何やってんのさ。いや一人酒が悪いとは言わないけどさ」
加藤一拠はほとんど一人で行動している人間だった。
チェリネはルトナの言葉に心外だとばかりに言い返す。
「一人じゃないですぅ。昨日の夜は冒険者の繋がりで飲み会だったんですぅ。せーっかく交渉してここを一晩中使わせてもらえるって約束したのに、そろそろ付き合えないって、今朝方辺り逃げやがったんですよあいつら。許せると思いますか?」
「どんだけ迷惑野郎だよお前!」
無理に付き合わせた相手もそうだし、ここを使う許可を出した相手も、おそらく朝方辺りに片付けがされることを期待していたのではないか。
一人で手酌で飲んでいるチェリネを見た時、この建物に一番乗りした人間の感情はいかなるものだったか。
「ルトナは、そろそろ逃げたやつらが起きてくる頃だから、一言二言交わしてってはどうです?」
「起きてくる……って、ああ、そいつら、休憩室に泊まったのか。いや、やめとくよ。また縁があるでしょう。引っ越しするから、ちょっとアコルテさんにがっつりこのあたりについて聞きたくて」
「そうですか。他に用事があるんあら、それもいいでしょう。一人で本当に強けりゃ、横の繋がりは好みの問題らと思います」
「そしたら、チェリネは横の繋がりを好むってわけか」
「お、私を強者側に入れるとは、ルトナも殊勝になりましたねえ~~~。ナッツ食べます?」
「いりません……」
「じゃ、水牛チーズのサラダは。私がさっき作りました」
「うわ美味そう。けどいりません」
ルトナはチェリネが差し出したおつまみを丁重に断った。
さて、潮時だろう、雑談もいいが用事を済ませなくては。
挨拶して立ち去りかけたルトナは、一つチェリネに用事を思い出して、言った。
「あ、あとお前、迷惑エルフって名前広めんのやめろ。ほんとに広まってるっぽいから」
ルトナが精神を患っていなければ、ギルド等で迷惑エルフだというひそひそ声がかなり聞こえる。
「ハハ、せいぜいカッチョイイ二つ名手に入れて塗り替えなさい。――ちなみに、一つ聞いていいですか?」
「?」
「その花束、誰宛です?」
ルトナはチェリネを適当にあしらい、アコルテのほうに向かった。
チェリネが指摘した、ルトナが片手に抱える花束は、アコルテへのプレゼントだ。
花束といっても、別に大輪の、店の開店祝いみたいなものとか、バラだらけのバリバリのものってわけではない。
五、六本のものを、テーブルの上に飾れるような長さに切ってもらって、簡単にまとめてもらった。
(花はいい、んじゃねえかな。だって、まーまー綺麗だし、いらなきゃ捨てりゃいいんだし)
ルトナには花の綺麗さはよくわからないが、アニメの中のエルフは綺麗な花を見るとテンションを上げていた。
あとは、単純に、チェリネと同じくアコルテにも何かお礼を、と思ったのだが、アコルテには何を贈ればいいかわからなかったのだ。
チェリネの好みを教えてくれた相手のその好みを知らないというのは、なんとも遠回りと言うかもどかしい話だが、無難に消耗品にしようにも贈答品を買う伝手は特になく、商人の知り合いといえばイザニかなといったところだが彼に頼めば奴隷が来そう、主婦のセンスなピコはこういう時いまいち頼りにならない、それではと食い物にしようにも好みを何も知らない。
そこで、通りがかったのは大通りの花屋の前である。半ばやけくそ気味にではあったが、数十センチくらいで小さく、「お世話になってる人にあげる」という指定で、包んでもらった。
メインを張る花は「リーラ」、そしてそのお付きの花は「ゲッカソウ」といって、「シクレ」という花は今回はふさわしくないからいれてない、とのこと。バラも一本だけ脇役として刺さっている。値段は五百ジオだったか。
(あー、なんか無駄に覚えちまった。よくわからんが、色とりどりなのに纏まってて綺麗だとは思う。さて、反応はどうかな)
「いらっしゃいませ。ルトナさん」
落ち着きつつある行列に並んで数人を待つ。
順番が来ると、いつもの綺麗な微笑みと、ぴこぴこ動く、制服帽の横の小さな羽。セミロングの茶髪を揺らして、アコルテはルトナを見上げて微笑んだ。
「こんにちは、アコルテさん。えーっと、今日はちょっと聞きたいことがあって」
「はい、いつでもどうぞ。……まあ、チェリネさんとのお話が聞こえていましたけどね」
「あは、聞こえてました? 話が早い。んで、先になんですけど」
花束を差し出すと、
「っ、それは、私にですか?」
「学校を紹介してもらったり、お世話になったので。受け取ってもらえませんか?」
「……ふふ。とても嬉しいです。ダメになっちゃうまで、家に飾りますよ。このサイズなら、テーブルに載せましょうか」
満面の笑みを見ることができた。
ルトナは、いそいそと受け取ったものをしまうアコルテをぼーっと眺める。
(なんか、慣れてる感じだな。ひょっとしたら花くらいもらい慣れてるのかも知れん。失敗したかな。けど、喜んではもらえたみたいだ)
口調は文字にすれば一見冷静だが、少し、照れているみたいにも感じられる。そして同時に頭の羽をぴこぴこ動かして(多分勝手に動いている)、それはそれは喜んでくれた。
アコルテに、この街について聞いた。
以下、東西南北はかつての世界のものと同じだ。
まず、この街「バルトレイ」は、この国の六つの大都市には数えられていないが、それに継ぐ規模のそこそこの大きさの街だ。
人口は五万人程度。ちなみに王都の人口は公称五十万で、実際にはもう少し少ないらしい。
魔物から身を守るための城壁の中の狭めの街に、かなりがっちりと民家が集合しており、集合住宅やらも多い。
現社(現代社会)の授業では、「都市は同心円状に発達するものだ」と教師が雑学を披露していたが、この街は同心円状にはなっていない。
使われることが多い街道に面する南側と、(河のある方角で水運関係はあるけれど)いまいち発展していない北側にまず分かれているし、その他にも現領主が効率を考え区画を分けているらしく、かなり細分化された都市計画(街計画?)が行われている。
区画を簡単に説明すると、まず中心に教会と治療所がある。
そして教会を取り囲むように、多角形の街が多角形に分割されている。
南側の門と、そこから街中枢の教会に向けて伸びる大通りを中心に、商店や商館が並ぶ業務地区になっている。ルトナが服を買ったのも、花を買ったのもここだ。そして、街の真ん中あたりを東に少し入った辺りに冒険者ギルドとその周辺施設が存在する。
中心から北東にかけてやや小高い丘のようになっており、冒険者学校がここに存在し、高級住宅街や、領主の館もここにある。
ここまで説明された後、ルトナが住むような住宅地の候補をいくつかリストアップしてもらった。
そのうちの一つはこの冒険者ギルド周辺の冒険者の住宅街である。街の東よりに存在して、区画ごとに冒険者のレベル等も変わってくる。
また、ルトナが今住む双子星の宿は大通りから西側に入ってしばらくしたところだ。中流階級の住宅街になっている。
西側に住む冒険者も少数ながらいるらしい。
悩んでも居住地としては避けるべきところは二つある。
まず、北西辺りを中心とするスラム、ないし貧民街。西には商人の家や商店が多いことから、彼らはそこで丁稚として働くか、インフォーマルセクターの仕事を請け負っているのだと思われる。そのために、商人スラムと呼ばれている。スラムのど真ん中を紹介されることはなかろうが、貧民街でも、トラブルに遭いたくなければ避けるべきだとのこと。
次に、東に存在する、ガラの悪い冒険者が集まる賃貸住宅街。商人スラムより規模は小さく、事件が頻発するようなこともないが、女だけで住む場所ではないとのこと。揶揄も込めて冒険者スラムと呼ばれている。
どちらも家賃は安く、新入りが騙されやすいから気をつけるべきらしい。
途中、チェリネが割り込んできて、ルトナに一言二言のアドバイスをした。
そして、すぐ酒を飲みに飲食スペースへと帰っていった。
「なにあれ。カクレクマノミ?」
「カク……? ルトナさん、チェリネさんと仲が良かったのですね。いろいろと教わると良いと思います」
「教わるというか私が人間としての礼儀を教える側だから。人の二つ名を捻じ曲げるようなネチネチとした復讐をする人間ですよチェリネは」
くす、とアコルテは少し笑った。
チェリネの影響力はかなり強いらしく、急いで対処しないと本当に迷惑エルフで定着してしまいそうだ。
一応こっちが悪いが、普通に陰湿だと思う。
話は大体終わり、最後にルトナは必要なお金の量を聞いた。
「用意するべきお金は、どのくらいですか?」
「お金ですか? ううん、家によって全然違いますが、とりあえず十万ジオから二十万ジオってところでしょうかねえ……」
「じゃあ十五万ジオくらい用意しとこうかな」
「…………んー、すみません、やっぱり二十万ジオは用意しすぎだと思います。普通に考えれば八万から十万ジオの辺りでさっさと交渉や調査に入って、良い物件を探しつつお金も稼ぐというのがよいですよ。高級な方に行きたければ、それは、五十とか、ですが」
「じゃあ十万で」
こんな感じでここしばらくの目標が決まり、ルトナは新鮮な気持ちでギルドを出た。
おすすめの業者はもう教えてもらった。ギルドが保証している業者で、信頼できるという。
前の世界ではそういうのは、劣悪な業者が馴れ合いでやってるようなイメージが強かったが、逆にこっちの世界では、信用の繋がりを辿っていかない道筋はおすすめできないらしい。
細かいことは今はいい。家はどんな感じになるのだろうか。どのくらいのサイズの家を借りよう。
(そして、家を借りれたら……エルフの女の子を連れ込みまくり……)
異世界の迷宮で奴隷のハーレムがどうたらなアレみたいな生活をしてやる。
全て解決したら当然王様かなんかから年金をせびって寿命がつきるまでそんな感じの生活をしてやるし、解決する前でも要所要所で好き放題エルフの女の子の耳を舐めしゃぶる!!! キツい時には頑張るが、なら日常生活では好き放題やらせてもらう。
ルトナはわりと固く決意した。
帰宅すると、ユノが自室のベッドに頭から突っ伏しへばっていた。
「どうした?」
「ひゃっ!」
ルトナの帰宅にも気付かなかったようで、ユノは慌てて姿勢を正す。
「申し訳ありません、かなりしごかれまして……」
「そっか。まあ一ヶ月を目処に家事を習うんならそんなもんか」
だが、家事ができる人間は必要だ。
……身勝手かもしれない。ルトナも、キツイ部分はある程度味わっておくべきか。
「あ、んじゃあ私も最低限は習おうか。ユノ一人に全部依存するのはまずいかも」
「い、いえ、それは! だめです。私は奴隷です。ご主人様に家事なんて、」
「でも、労働奴隷じゃない。ユノは戦闘奴隷だ。誰がなんと言おうとそこは譲らない。ユノの役割は私の背中を守ることだ。立場上家事はやってもらうけど、家事の全てをやらせるつもりはない」
次の魔力大龍辺りでその立場は危うくなりそうだけれど、それでもその建前は守るつもりだった。
「それに、ユノ一人しか家のことできなかったら、風邪でダウンしたりしたらどうするの」
「……それはそうですね」
ユノはあっさり引いた。この物分りの良さは、逆にユノが自分の考えを持ち始めた証拠だろう。良い傾向だった。
「じゃ、合意も取れたところで、適当に頭金十万ジオ用意します」
上級の魔物を単独で始末できるルトナにとっては、楽ではないが、死ぬほどの金額ではない。




