2-1、一軒家がほしい1
ミズリとタルトが訪ねてきた夜、ルトナとユノは、いつものように部屋を暗くしたベッドの中で話し合いを行った。
「ここから先、あの二人とはどういう付き合いになるのかな」
「……わかりかねます。やはり、新しい仲間と、その監督者というような形でしょうか?」
「名無しのエルフって、戸籍が無いって意味なのかな」
「おそらく」
「……多分、良い人たちではあったんだよな。私達が接した範囲内ではだけど」
「それは、はい」
結局、話し合おうにも情報が足りない。忙しいといって早々に消えたので、ほとんど抜き出せなかったのだ。
だから、結局相手の人格を評価するくらいしかやることがない。
人格という面では、新人であるルトナ達を容易に受け入れたミズリにも、背後のエルフという組織全体にも、ルトナは少し好感を抱いていた。極限の状況では、無視して動かなければいけないのだろうけど……。
だが、それ以上の話にはやはりならない。
「ご主人様、エルフたちは魔力大龍を狩っていると言っていました。なぜ魔力大龍を狩っているのでしょうか?」
「さあ……」
「あの二人は、どのくらいの強さなのでしょうか。エルフ全体の強さは」
「それも『さあ』、だな。よし、引き出すべき情報をリストアップして、ちょっとずつ探っていくか。……ってこれ、多分逆に向こうからもやってくるよな。はぁ、念願のエルフと思いきや、そうそう楽にはいかねえか」
「お疲れ様でございます、ご主人様。私には交渉役は力不足ではあり歯がゆくはありますが、お手伝いできることがあればお申し出下さいませ」
ユノは柔らかく微笑んだ。
「うん」
頼れる奴隷だ。
ルトナとユノが「周囲に話せる情報の範囲」は、夕方のうちにまとめ終わっている。基本的には昼間のミズリ達との話し合いと大差ない。だから、もう話すことはほとんどない。
「ま、問題ないよ。いろいろキツイ異世界生活だったけど……こうしてエルフと生で話せるってだけで十分だ。そして、きっちり頑張ってれば、私は世界を救うことになる。神の使徒として世界を救う英雄に、ミズリもタルトさんもきっとメロメロだ」
「んん、どうなんでしょうか……」
「なんか反応悪くない? それなら、エルフの領域に攻め込んできた奴らを私とユノが華麗に撃退し、私はエルフの英雄になるとかどう? そんな感じの異世界小説があったと思う」
「ええ……そんなのいるんでしょうか。この世界では、エルフは敬意こそ持たれていても、悪意なんて飛んでくるとは、」
「わからねーぞ。いるって絶対」
「うーん。いや、いなくはないのでしょうか。でも、人を助けるために悪役を作るんですか?」
「うひゃー!!!! めっっっちゃ楽しみ! エルフエルフ~~~~~」
もう聞いてない。ルトナの想像の翼は無限に広がっているようだ。
ルトナは目を閉じ、(ユノのぶんを取らない程度に)布団を胸に抱きしめて、想像上のエルフの恋人との素晴らしい想像上の性交渉を楽しんだ。
「……あ、その」
ややあって、思い出したように、ユノは声を上げた。
ルトナの意識が眠気で遠くなりつつあったところだった。
「ん?」
「今日のお話は無しでしょうか?」
「ああ、全然問題ないよ、してあげる」
「お話」とは、ユノを買って以来、毎日のように行っている、ベッドの中でのルトナからのお話だ。
ユノは物語を聞くのが非常に好きらしく、唯一彼女がこの辺のことに関してだけはわがままを言う。
内容は、はじめは日本民話をこっち風にアレンジしていたが、秒速でネタが尽きたため、最近はルトナが以前に触れていた作品の内容をそのまま話している。
テンプレファンタジーも、ひねったものも、等しくユノは喜んだ。どうなるんですか、一体どうなるんですか、とわくわくした顔で見つめられれば、続きはまた明日、と笑いかけるのにも力が入るというものだ。
「今日は何の話をするかなぁ」
数週間前に、数個の大シリーズを一言で消費してしまってから後悔した。
ネタは有限だ。ルトナ個人に物語を作る才能はないために、いつかはこのお話もできなくなる。人様のアイデアで尊敬を勝ち取るのが後ろめたいという気持ちはあるが、ユノがお話を必要としなくなるまでは、のんびり頭を撫でながら話してやりたい。
ただ、だからといって出し惜しみする必要もないのは確かだ。加藤の読書量は極めて多いし、父親の本棚にあった、喋るバイクに乗る旅人の短編集のライトノベルとか、「持ちそう」な話も腐るほどある。
「んじゃあ、今日は、もともと科学の国だったけど、魔法を手に入れて、自立型の魔法人形を完成させた世界の話をしようかな」
「~~~~! 凄いです! SFとファンタジーのハイブリッドですね!」
ちなみに、ユノ(とこの世界の人間)にとってのSFとは剣と魔法の国のことだ。科学がファンタジー。
「ああ。えーっと、まずはどこから話そうか。やっぱり、魔法人形を完成させた男と、その同僚の話からかな」
長いシリーズの待望の新作が出るということで、クラスメートに無理やりやらされた格闘ゲームだ。ゲーム自体の方も、彼に(ネット対戦でそれなりに強いらしい)初心者程度には仕込まれてしまったが、ネットで調べたストーリーも充分面白く、記憶に新しい。
ただ、だからこそ、早めに話してしまわないと忘れかねない。このゲーム、エルフもいないし。
ユノは、今日も目を輝かせて、別の世界の物語を鑑賞した。
少し時間が経った。
話の途中ではあるものの、うつらうつらとしていて、目の前の奴隷はほとんど半分夢の中だ。
「寝るか」
「ま、まだ起きれます……続きを……」
「だーめ。続きは明日」
そして、明日という言葉で思い出した。
「明日から、ちょっと一緒に買い物しよう」
「買い物、ですか?」
「うん。買い物。って、まあ買うかどうかはわからないんだけどね。借りる可能性のほうが強い。だから、借り物?」
「? 意味が、よく。いったい、なにを? ですか……?」
「家だよ。業者をまわって、いい物件がないか探そう」
家は必須だ。
ユノと二人きりでいつまでも冒険を続けるつもりはない。
そうしたら、この部屋は狭くなるだろう。
また、この宿はセキュリティのようなものがない。皆無だ。
勝手に罠を仕掛けるわけにも行かないし、誰を敵に回すかわからないのだから、備えはしておきたい。
金銭的にも問題ない状況であるし、家を用意しない理由がない。
ルトナはまず、ギルドでアコルテにこの街のことを聞くことにした。
いきなり業者に行って、適当言われて適当を売りつけられたらたまらない。この街のどこに何があるかさえ知らないので、まずは基本の知識を仕入れなくては。
ユノは、一人暮らしに向けて、宿の主人のピコにちょっとずつ家事を習うことで合意を取って、現在鋭意家事修行中である。
(出ていく相手に出ていくための知恵をくれるピコには、感謝しねえと)
もちろん、「引っ越し先ではユノに家事をしてもらう」と言った時に、嫌な顔ひとつしなかったユノも、(……まあ奴隷だからというのもあろうが、そして最近ユノの成長が鈍ってきているというのもあろうが、)可愛い奴隷だ。
そんなことを考えながら、ギルドの大きくて重い扉を開ける。
公共の施設なんだから開けておけよとも思うが、アコルテによれば閉まっていることに意味があるのだそうだ。
(さて、アコルテさんは、と……)
その前に、酒場にいるチェリネに目が止まった。
「何やってんだあいつ」
まだ昼前だというのに、チェリネは一人で呑んでいる。山のような空き食器が目の前にあり、壮絶な飲みっぷりが推定された。