16-1、エルフと短剣1
体力は三十分程度で回復した。
血でぐちゃぐちゃになった顔を手で拭い、足を引きずりながら歩き出す。
向かう先はギルドだ。アコルテと会話し、強くなるための方策を練らなければいけない。
体を洗う暇すら惜しい。
いっそ残酷なまでの実力差を見せつけられて、このままでは終われない。
歩き着いたギルドの扉を開けると、冒険者が目の前にいた。これから扉を開けるところだったらしい。
血みどろのルトナを見て、一瞬ビックリした顔をするが、すぐに道を譲った。依頼を完遂したあとだと勘違いしたのだろう。
このギルドではこのくらいの傷は日常なのだ。だが、ビックリされてしまったのも事実。
(……何やってんだ俺は。でも物凄く強かったな、あの野郎……)
少なくとも只者ではない。一人で今このギルドにいる人間を全滅させられるのではないかとも思われた。
(帰宅してから収穫を整理しねえと……)
ルトナをあそこまで圧倒的にあしらっておいて、無名のよくわからん人だったということはないはずだ。
戦闘中の現象も含め、帰宅次第あの男の詳細についてはユノと詰める。
そうしていけばきっと、いつかは勝てるはずだ。
神がルトナに与えたエルフの体という力は、神にも迫る力なのだから。
気持ちを切り替えて、ルトナがギルドに踏み入ると。
目を引く存在があった。
それは、受付にいるヤグルら一味の三人だった。
「それで、どういったものを取り扱うつもりでいるのですか? 一度失敗したら再起は難しい。初手は慎重に考えなければなりませんよ」
ルトナは気配を消して(別にそういう技術があるわけではなく、足音を立てないように歩く程度だが)、酒場の方に貼り付いた。さりげなく顔を隠して、すぐにはわからないようにする。エルフの聴覚のおかげで、遠めの位置に座っても会話が聞こえる。気付かれることはないだろう。
「ああ。冒険者用の医療品かなと思っている。俺なら冒険者が必要な品がわかるからな。いろいろやりようもあるだろうよ」
窓口と話しているのはヤグルだ。ヤグルと話しているのは、ここからでは見えないが、いつも無口な受付嬢。名前は、忘れたが。
商売の相談をしているらしい。
眼鏡の腰巾着は松葉杖(とこっちの世界でも言うのか知らないが)をついており、イケメンなほうの腰巾着は二本足で立っているように見えるが、立ち振舞いの不自然さを見るにあれは義足だ。木でできた車椅子のヤグルに二人で付き添っている。
どうも、商売を始めるらしい。そのための相談のようだ。
いや、相談というより、話を聞いていると、大体の動き方は固まっていて、ギルドに面通しをしに来たようにも聞こえる。おそらく、馴染みということで、仕事の融通を効かせて貰ったりもするのかもしれない。「そっちがちゃんとするまでは限定的になります。贔屓をするための制度ではないので」だの「支部長に話を通すのはやっておく。商売は大変です。これからは真面目に暮らしなさい」だの、そういうような話もしている。
話は済んだらしく、ヤグルが軽いセクハラ的発言をして、受付嬢の罵倒を食らってから、三人は離れた。
(……そうか。再起、早いな)
ルトナとしては、もうそのまま野垂れ死んで貰うように処理したつもりだったのに。
冒険者のタフさを舐めていたらしい。
ヤグル達は、生活の基盤を取り戻しつつある。ケガをして再起不能になったスポーツ選手が、スポーツショップの名物店員に転向するような形で。
ルトナはゆっくりと立ち上がった。
(再起、早いな)
歩き出す。
気取られないように近寄っていく。二人で一つ車椅子を引いている三人からなる集団に。
彼らは笑いながら会話している。これからの生活の目処がたって、嬉しいのだろう。
何をするか? 決まっている。
周囲の音が遠のくように聞こえる。
殺す。
(俺一人ならいい。今も俺一人で行動しているのなら。現状、俺を拘束できる手段は存在しない。俺は金属だって溶かすことができる、多分。どう拘束されても、俺を拘束し続けるには俺より強い人間が常にトイレすら行かず近くにいなくちゃいけない)
そして、それは不可能だ。脱出の隙はどんな時にだって転がっている。
ルトナは、足をかるく引きずって歩きながら考えを先に進める。
(けど、ユノは)
彼らが商売で組織を持つようになるとどうなるだろうか。この前の逆恨みを晴らそうとすることになるのではないか。
むろん、ならない可能性はある。だが、ならない保証はない。
ユノが一人で歩いている時、宵闇に乗じて後頭部を殴られて昏倒させられ、馬車に詰め込まれる。
ユノは攫われ監禁され、ありったけの陵辱を受ける。
顔面を殴られ、髪を引っ張られ、性器内に精液を撒き散らされる。
舌使いが拙いと怒鳴られる。そのほうが気持ちいいからと歯を全て抜かれる。中に出さないでやってもいいという口車に乗せられ、彼らへの愛を絶叫するみたいに叫ばされる。卑猥な格好で、ヤグル達の前で卑猥な動作を強要される。
それらを拒否するかもしれない。ユノが拉致の実行犯に唾を吐く。「きっと、ご主人様が助けに来てくださいます!」。けれど、さらわれた人間を発見する魔法の持ち合わせなどない。その伝手も、ない。ルトナは間に合わない。ユノはどちらにせよ殺される。全身に子種をまとった状態で、落書きだらけで、きれいな金色の目はくりぬかれ眼孔が精液漬けで、五体がばらばらになった状態で発見される。
ルトナのせいで。
「ははっ」
なんだか笑ってしまった。
「あ? おい、なんだよ、お前……チッ、なんだよお前、オイ……! なんで、っ、済んだ話だろうが、」
腰巾着の、顔が良いほうが、ルトナを視界に入れて威圧した。
口では威嚇する口調だが、腰が引けている。当たり前だ。力の桁が違う。
「あん、どうした。ちょっと、車椅子を回してくれるか? おい? なんだあ?」
困惑するヤグルを、引きずって遠ざかろうとする二人に、ルトナは簡単に追いつく。
猫だ。
こいつらは野良猫と変わらない。
加藤の母親も言っていた。野良猫に近づいて頭を撫でようとするなら、ゆっくりと動くことだ。
ゆっくり歩み寄るルトナに、三人は全く反応できない。いや、反応はできている。対応できない。
生物はゆっくり動くものに対応できない。
「ばーか。強姦未遂が許されるわけ無いだろ。おかしいよ絶対。そんなのおかしいんだよ。だって、強姦未遂だぞこいつら。初めからそうだったんだ。この世界がどうとか関係ない。この世界の流儀を尊重したつもりでいたけど。なんであんな報復で済ませたのか、今では不思議なくらいだ。俺は遅すぎた。だから、ここから始めないと」
あるいはこれでさえ甘い対応なのかもしれない。
甘い対応をしてしまったと、いつか後悔する日が来るのかもしれない。
なら、大切なものを守るために、そのたびに必要な手を打ち続けよう。
ぽんと手をおいて魔力を通すと、三人は炭となって崩れた。
悲鳴さえ聞こえない。肩は、喉に近い。
燃え尽きたあとの火は、一切建物を焼かず消失し、ルトナの冒険の始まりを「祝福」した三人は、焼け焦げる音だけに祝福されて死んだ。
ギルドの人間の誰も、一瞬燃え盛った炎に気付いていない。
ついさっきまでヤグルと話していた受付嬢も、書類に目を落としていたらしく、気付く様子はなかった。
……いや。気付いている者が三人程度いた。
一人はアコルテ。そして、酒場の冒険者の中にも(違和感を覚えた程度だったようだが)数人程度。
(まあ、あれだけ魔力を使えばそりゃそうだ)
一瞬で人を燃やすのはそれなりに疲れた。だが、変に苦しめるつもりもなかった。慈悲を与えてやるつもりなわけじゃなかったが、こちらの都合で死んでもらうのだ、配慮はしてやったほうがいいに決まってる。
「すいません、アコルテさん、今時間いいですか?」
用は済んだ。
ルトナは、受付に向かい、中のアコルテに声をかけた。
既にギルドは空いている時間だ。問題はないだろう。
しかし、アコルテは険しい顔をしたままだった。
「ルトナさん。今のは……」
「今のって……なんのことですか?」
「それはとぼけたつもりですか? あの三人とつるんでドッキリでも仕掛けてますか? でも、魔力の動きまでドッキリできるようには見えない」
「そりゃな」
感情の見えない複雑な顔をしている。目の前で殺人事件が起きて、困惑しているのだろう。
どこかに誘い出せればよかったのかもしれないが、それはできないだろう。時間がない。ここを取り逃がすわけにはいかなかったというのもある。
「冒険者同士の殺傷は会則違反です。脱会処分ののち、衛兵にルトナさんの身を預けなければいけません」
「理由なき殺傷でしょ。理由なき殺傷は禁ずる。らしいけど、理由のある殺傷なら大丈夫。違いますか?」
「理由……? そんな理由があるのですか。彼らはそれなりに前から片輪になっていた。その彼に、ルトナさんほどの力を持つ人間が、何をされるっていうんです? 現に、五体満足のヤグルさんを撃退していましたよね」
どれほど普段が有能でも、ここまで鈍ければしょうがない。ルトナは苛ついてきた。何かトラブルがあったのだと、わかってくれてもよさそうなのだが。
「……では、俺の冒険者初日の夜に何が起きたか、キリエラを当たってみて下さい。彼女が証言してくれますよ」
捨て鉢にこう言うと、アコルテは黙った。キリエラがいる部屋に案内したのはアコルテだ。察したのだろう。
ふと視線をやると、酒場のほうから騒ぎが起こっていた。
車椅子やら義足やらが残って目立っている。突如人体が発火した不思議現象、とは捉えてくれなかったらしい。ルトナが殺したらしいことまで把握しているので、今から戻って残骸を処理しても無駄だ。
(当たり前か。面倒くさいな……)
やはりというべきかなんというべきか、ヤグルの味方は少ないようだ。
騒ぎのようになっていて、その中心のようになっている女魔法使いが、大声で、あんなクズ死んだほうがマシ、あのエルフはよくやったくらいだ、と叫んでいる。
「おい。お前いくらなんでも品がねえよ。女にとって嫌なやつだったってことはわかってるけどな。大声で叫ぶことはねえだろ。あのエルフ、アコルテさんと話してるけど。とりあえず捕縛とかしてもらったほうが……」
その女の仲間らしい男が、女魔法使いをたしなめる。傍にはもう一人の仲間らしい女が、複雑そうな顔でどちらにつけばいいのか迷っていた。この三人はパーティらしい。
数は少なかったが、いくつかの声があがった。「いくらなんでも殺しはやりすぎだ」。「俺は死にそうなところを手当てして貰ってあいつに助けてもらったことがある」。「エルフは最近変なことしてたみたいだ。ちゃんと処罰するべきだ。竜をなくしてパニクってるのは同情できるが」。女の声はいい気味やらせいせいするやらのほうが多かったが、男の声はこんな感じの同情的なものだ。だが、女魔法使いはそれらを考慮することをせず、仲間の男を大声で笑った。
「はは、あんた、っぷくく、いや、あんたホントお笑いだよね。自分が今誰を擁護してると……。今あんたに付き添ってるあんたの恋人、初めてじゃなかったろ?」
「は? ……いや、意味がわからねえ。今ミリィは関係」
「初心者の頃のミリの処女を無理やり持ってったのはヤグルだよ。あの下種のお古は快適だった!? ほんっっとにウケる!! 腹痛いよ!!」
「な、ん……なにを、言って……」「ちょっ――――!! なんで、最低、言わないって、約束――!」
爆弾が投下される。酒場はとても盛り上がりだした。
ルトナは極めてどうでもよく感じた。
「それで、アコルテさん」
「……はい」
「私、強くなりたいんです。どうやって強くなったらいいか、一緒に考えてくれませんか?」




