15、スターリースター通り魔
訪れた金銭的危機。
ただし、実のところ、手持ちのお金がなくなるというには語弊がある。
シャルドリアビーの蜂蜜で作ったちょっとした貯金が、まるまる残っているからだ。
新しい仕事を受けるべきか? 受けないべきか? 受けるべきなら、この貯金はどう崩すべきか?
後のために取っておくという気はさらさらない。だが、何に使う? 高級品を買うには足りず、かといってこの纏まった金額、無為に済ますには高すぎる。
また、もう少し稼げば、中古ならアイテムボックスや馬車に手が届く。アイテムボックスに大量に爆薬の類を突っ込んでおき使うこともありうる。もう竜車やらを買うつもりはないが、では、長距離移動が必要な魔力大龍が出てきたら。
考えることは多い。
それでもルトナが遅めの午前の街中を、こうしてギルドへ向かって歩いているのにはわけがある。
アコルテの存在だ。
(もう少し早く気がついてもよかった気がするが、チェリネに言われて思い出した面もあるからな……)
わからないことがあれば人に頼れ。
その、一番最初に頼るべき相手が、担当受付嬢たるアコルテだ。
少なくとも、基本的な強くなり方について、聞くならアコルテだ。アコルテの時間をがっつり頂いて、がっつり考えよう。
(まあ魔力大龍については話せないこともあるだろうけど……そこんとこはなんとかしよう)
☆
そのように考えてギルドに向かう中、ルトナは足を止めた。
街中。ギルドに向かう小さな路地の一つ。
視線を吸い寄せられたのは、一人で何気なく歩いている男だった。
男は長い赤髪をしており、質の良さそうな生地の服に身を包んでいる。背はルトナより高く、男としてもそれなりの身長だろう。
(……なん、だ、この魔力量!?)
だが外見的な特徴よりも、最も目を引くのは、天に昇るようなその魔力量だ。
魔力大龍に人間の身で匹敵している。いや、人間なのだろうか。ルトナなど比べ物にならない。
普通はオーラとして立ち上っている程度だというのに、ここまで行くともうオーラでは済まない。小型爆弾のようなものだ。白に近い水色の魔力。水属性だろうか?
あとは、なんらかの勲章やらバッジをぶら下げている。五個も十個もつけているわけではないが、複数つけていて、じゃらと音を立てる。正直嫌味だ。
(………………………………やるか)
ルトナは道すがらであることも忘れ、自分より強い相手に襲いかかることにした。
「?」
立ちふさがるルトナに男が疑問符を浮かべる。
「……冒険者か?」
「……? ああ。そんな身分もあったような気がする」
(「そんな身分もあったような」……?)「はっきりしない発言だが、それなら冒険者の私闘が合法ということは知っているか?」
「それなら無論だ。良い規則だよな。知った時感心したよ」
男は大げさに手振りをして口だけで笑った。
「しかしどうした? 俺に惚れたか? 通りすがりの俺と世間話をしたいほど惚れたのか?」
こいつが美形よりなのは確かだが、変な奴だ。
だが、強ければそういうこともあるだろう。ルトナは気にせず、宣戦布告した。
「では顔を見てるとムカつくから死ね!!!!!!」
このレベルの魔力量の相手に、手加減は無用だ。
シャルドリアビーを殲滅した時のような、いやそれ以上の量の弾幕を周囲への影響も考えず張り、叩きつけた。
音を立てて、水蒸気の煙があがった。
「なるほど、これの前振りか」
水蒸気が湯気になった煙が晴れて、見えたのは全く無傷の男だった。
見切られている。完全に。
男は、肩をすくめて笑った。
「全く誰の訓練も受けてない、って感じだな。ケンカが好きなのはいいが……そんなんで俺に挑んできたのか?」
「訓練受けたら、あんたに攻撃を当てられるのかよ。インチキみたいな防御しやがって」
ルトナは苦々しい顔で言い返す。
魔力で見えた。ルトナが生み出した火球の、そのすべてを、生み出した直後に水の障壁で個別に撃墜していた。
半球状の障壁でまとめて受け止めたのなら別にチェリネと変わりないが、男は小さな最低限の障壁を、同数展開して弾幕を防いだのだ。
すると、男はわざとらしすぎる大きなため息をついた。
「……っはあああああ~~~~~~。しょうもねえな、お前。女だから教えてやるが、格闘の基本は予備動作を消すことなんだよ。お前、魔力を世界に顕現させる時、前兆から攻撃開始までが長過ぎるんだ。そんな素人同然の魔法陣魔術なんざ、魔力ゼロの騎士団の奴らだって、銀剣で切って捨てるぜ」
からくりは判明した。そして、つまり、こいつに今のルトナが何も考えずやってもだめらしい。手加減は不要だ。
「教えて頂きどうも。ならこれはどうだよ……!」
考えていた一つの技を発動させた。
生物は何度までの気温に耐えられるか。
たとえその生物に万能の障壁があろうとも、呼吸からは逃げられない。
「お?」
男は興味深そうにルトナの魔力を見た。
まだまだ練習途中で制御は甘いが、今、ルトナは魔力を使い、自分と赤髪の男の周囲の空気の温度を、上げている。
ルトナ自身は自分の高熱で焼かれない。だが、このあたり半径数メートルは、相当の温度になっているはずだ。ピコに許しと協力を貰って宿で実験したところ、ルトナの出力は、少なくとも小動物の類は瞬殺できる。呼吸するだけで肺が焼けるはず。
「死ね!!!!!」
もはや当初の目的は忘れ、ルトナは持てる力の中で最大の、殺傷するための攻撃を行う。
だが、男はなんともないようだ。文字通り涼しげな顔だ。
薄いバリア状の魔力が見える。水の魔力で、対処しているらしい。
「おい、制御が甘いな。温度にムラがある。他人の家の塀が溶けてんぞ」
ルトナは魔力を解いた。これでは、ダメだ。
魔力大龍と戦った頃より、かなり伸びていたルトナの魔力上限。その魔力上限が、三割から五割持って行かれた。急激な魔力の消費の疲労で倒れ込みそうになる。広い範囲のものを直接被害を出さないように焼くというのは、わかっていたことだが、相当魔力の消費が重いらしい。
けれど、そうやって行った攻撃さえ、全く歯牙にもかけられていない。
ぜいぜいと息をついた。
肉弾戦が必要だ。ルトナは、自分なりのファイティングポーズを取る。肉弾戦ならやれるとも思えないが、綿密に練った連携を、一度当てるくらいなら、やれるはずだ。
いくつかの牽制の火球を放ちつつ、踏み込んで、殴り掛かる。
「牽制はそれ自体に威力がないと意味がない」
当たり前であるが、火球は全て無効化された。
かつ、本命のルトナの打撃は、水の障壁に絡め取られ勢いをなくし、その勢いを逆に利用される形で、絡め取られた水に勢いよくぶん投げられた。
「やれやれ怖いな。グーで殴ってくるか。俺は男女平等主義者でな。相手が女だろうと男だろうと、気に入らないやつは等しくボコボコにすることにしている。やり返そうか?」
「……戦い中だろ? ぺらぺらと……」
「? これは戦いなのか?」
「っ……」
素で返されて、ルトナは言葉を返せなくなる。
自分より強い相手と戦うこともあろうと思ってはいたが、ここまで圧倒的なのが来るとは。
魔法を使って肉弾戦の防御をしている以上、武術の心得はこの男にはないと思われるが、それでもそもそも、武術の心得を必要としていないようにも思われた。
(……なら)
逃げる。
もともとどちらかが死ぬまで殺し合うつもりなど毛頭ない。
ここで逃げる判断が取れないのなら、判断力は皆無だ。
……言われる立場になってわかる。「俺は男女平等主義者だ、男だろうと女だろうと容赦しない」、この言葉の気持ち悪さを。
男と女とではそもそも前提条件が違う。
男に暴力で勝ち犯そうとする女は(なぜか知らないが)存在しない。だが、女は暴力で負けると犯されるのだ。
無論、女は犯されるだけで済むが、男はそれがないために、より残酷な目に合うこともある。
どちらがどちらではないのは確かだ。
(腹が立つ奴だ。いずれぶっ倒す)
ルトナはファイティングポーズを続けた。まだ体力は残っている。
ルトナの服は魔力の水でびしょびしょに濡れぼそっている。蜜のような粘度ではないが、中華スープくらいにとろとろしている透明の液体だ。何の意味があるのか、服に貼り付いてべたべたして気持ちが悪い。高温にして、一瞬にして蒸発させた。まだ、心は折れていない。
この戦力差なら、逃げなくてはいけない。ルトナは逃げる道筋を脳内で確保した。
「まあ。仕方がない。それだけの魔力があれば、大して苦戦する相手もいなかろうしな。どれ、俺が師匠になってやってもいい」
男はルトナの構えをまるで意に介さず、悠然と歩いてくる。
……止めなくては。それができなくても、距離を取らなくては。
けれど、仕掛けられない。悠然としすぎていて、何をしたらいいかわからないのだ。
言ってしまえば、自分より強い相手と戦うのだって、ルトナは初めてだった。
(逃げ、……いや、いっそ一発ぶちかまして、いや……敵の攻撃を一度いなして……でもそれを食らって生きて帰れるのかが問題で……)
「俺の弟子になったら、まずは服装だな。数日、あるいは一週間でローテーションをしよう。一日目は裸だ。裸は基本だ。風情がないというものもいるが、女の基本は裸だよな。裸というのは放埒な感じがして良いものだ。恥さえ感じないようにし、俺が合わない体質で苦心して会得した快感を与える水魔法で、一心不乱に繁殖させてやろう。二日目は下着なしで貞淑な格好を。やはり貞淑な格好はいいものだ。俺のように一国を代表する最強クラスの魔法使いの立場になろうとも。だが、簡単に繁殖できるようにはしておかなければな。女というのは繁殖ができる。繁殖ができるということは、繁殖をしなくてはいけないということだ。それはまるで、魔法が使えるがゆえに魔法を使えなくてはいけなかった俺のようにな。いいだろう、三日目は遊び場かな。いや、女というのはその本質において娼婦なのだから、……ああ! 寝る時は毎日娼婦の格好をさせよう。そして三日目は遊び場の女の格好で下着はなしだ。わかりやすいな! 俺は全てを愛好する。世間において通とされている形式も、世間においてわかってないと扱われる形式も、全てが良い!!!」
長広舌を聞かされる。一瞬だけ「師匠」という言葉に期待を持ったルトナは、自分自身が嫌になった。聞いているだけでげんなりする。この言動の中、立ち振る舞いに隙がないからなおさら酷い。
「綺麗な目をしているな。胸も大きい。尻も良い! 理想だ。今話題の歌姫みたいな感じだな。エルフというのは美人揃いだが、お前はその中でもかなりの上玉。良い。良いぞ!! 俺の性ど、……弟子になった暁には、何、別に手ひどく扱いやしない。誕生日にはとびきりの花をやろう。とびきりの、大輪の花束を。そして毎日愛を囁いてやるさ。女は優しく愛されている時が、一番卑猥で性的だ、から、な……」
五日目、六日目の衣装を語り終えて、幸せな生活について話し出す中で、ふと、男は急に足を止めた。
少しずつ後退していたルトナは「なんだよ」と声をかけるが、その音に反応して、男は髪をかきむしり始めた。赤髪が振り乱されて目障りだ。
全てが男のペースで、まるで対応できない。
「あああああああああああああああああああああああああああ臭ェええええええええええええええ!! 男の臭いだ!!! 魂が!! 男の!! この同性愛野郎がッッ!!! 女の姿で俺を騙して楽しいかよぉ!?!?!?」
(……は?)
急に発狂した。耳元で聞いたら鼓膜が破けそうなほどの大声だ。怒鳴り声が街中に響く。ぴしゃっと窓が閉まる音がいくつか聞こえた。当たり前だ、ルトナだってこの叫び声の主と絶対に関わり合いになりたくない。
そして、ルトナが何か反論をする前に、赤髪の男は目の前に現れた。
「死ね」
そう、目の前に現れた。特にステップなどをして高速移動したようにも思われない。ただ目の前に現れた。
そしてルトナの顔を触った。触ったというより、顔面の額の辺りに手を添えた。すると、ルトナの体は急激に謎の運動力を有して、後方に猛烈な勢いで吹き飛ばされた。
ルトナは以前いた世界のフィクションの中で、(見た目だけなら)中国拳法にこんな感じの技があったなと思った。棒立ちのまま、押さえた手だけに力をかける。そうするとズドンと爆音がなる勢いで、触っている物体は破壊される。けれど、そういった類にも思われない。目の前の男が、全く体に力を入れてなかったのは、見ただけで明らかだ。そして、さっきの瞬間に爆発した猛烈な魔力。
これは、触っただけの相手を、「吹き飛ばされ状態」にする、異常な魔法だ。
(水魔法……? これが……? どういうこったよ……)
ユノが言った通り一人一属性なのなら、これも水属性魔法のはずだった。
いくつかの壁や塀をぶち壊して、ルトナは身動き一つ取れなくなる。木をなぎ倒す勢いで吹き飛ばされたことは一度あったが、威力の問題があり、今度のルトナは立てない。視界が血塗れになっていて、霞んでいる。それでも死にはしないし、時間経過でなんとか回復しそうなレベルではあるが……。
魔力大龍を封殺するルトナの魔法を、すべて受け止める水の障壁。そしてその的確な運用。また、瞬間移動。あげくの果てに、触れただけの相手を無力化する魔法。
(……規格外だ)
でも。
(このレベルになれば……)
大切なものも守れるのだろうか。
歩み寄ってくる赤髪の男に、ルトナは覚悟を決めた。
男は、ルトナの体の服を脱がした。
そして、下着も脱がし、自分の懐に入れた。
その後、服だけを着せ、どこかに去っていった。




