10-1、治療魔法とその勉強1
「とりあえず、今後の方針についてだけど。ユノには、最高速で治療魔法の習得に励んでほしい」
シチューを食べ終わった遅めの夕方、ルトナとユノは再び宿の自室で話を進める。
「はい。……少なくとも、これ以上攻撃力はいらなそうですもんね……」
ユノは、この一日の戦闘を思い返したのか苦笑した。ルトナは、今日は様子見ということで初級の魔物とやるようにしていたが、全てが出現と同時にルトナが火球を浴びせるように当てて終了だった。
中級の魔物ならもう少し事情が変わる場合もあるのだが、流石にエルフの体で初級の魔物を相手にすればこんなものらしい。
「いらないってことはないって。火の球作って当てるしかできないんだよ、私。水魔法が必要になる時もきっとある」
けど、とルトナは話を続ける。
「傷つくのは嫌だ。私が、もそうだし、ユノが傷つくのも嫌だし。だってユノ女の子だし。ロリっ子だし。何歳か知らんけど」
「……はい。……ロリというのはわかりませんが。そして私自身も年齢はわかりません」
「ともかく、というわけで、治療魔法は最初」
「はい。頑張ります」
ユノはまだ何か言いたげな顔をしていたが、人に指示を与える立場になったことのないルトナにはその理由はわからなかった。
さて、ユノとの合意は成立したが、治療魔法を勉強するということは、要するに新しい魔法を習得することだ。
「新しい魔法を勉強する方法って、どうやればいいんだ?」
ルトナは乏しいイメージ力を駆使していろいろと想像した。
魔法書を読むユノや、滝に打たれるユノが頭のなかに浮かぶ。どれも違うような気がするが、とはいえ現代世界で生きていた人間が、正確に異世界の魔法の習得場面を想像するのは無理だ。
ユノは言葉を選びながらルトナの質問に返答する。
「魔法の名前や呪文……を知って、あとはイメージの感覚や魔力の操作の感覚を覚える感じでしょうか」
「呪文……呪文?」
「はい。呪文です」
「私、一回も呪文とか唱えたこと無いけど……」
「……“ラト・ミーア”」
ユノが言葉を唱えると、ユノの体の魔力が指先に集中し、ぴゅーっと透明な水になった。
そしてその水はユノの体から離れると、また魔力に戻り霧散した。
「ええ……何これは……。私をからかってるとかではないんだよね……」
「はい。魔法を唱えるには、普通は呪文が必要なんです。魔法を唱えるにはというか……まあ魔法を唱えるにはです。今のは水を出す攻撃魔法の一番弱いものです。無詠唱で唱える魔法使いは、いなくもないようですが、とにかく普通は無理です。尋常じゃありません」
「なるほどなあ……ちなみに、発音できない状態だとどうなる? 口を閉じて口の中でもごもごっと呪文を唱えて、全く発音できてないけど呪文は唱えたんだぞって感じでも魔法は発動する?」
「多分無理だと思います。本人が『ちゃんと発音できている』って考えないとダメ、ということらしいですから」
思い返すのはヤグルとの戦闘だった。
はじめは、魔法が使えるルトナに対して、ちょっと縛った程度で彼らが油断したのは、三人が三人とも、魔力が見えない体質だったからだと思っていた。
だが、後々になってもっと考えると、ヤグルの腰巾着Bは魔法を使えたし、少し無理なところがある憶測だと思っていた。
魔法を唱えるには呪文が必要である事実が、その不自然さをかわって説明する。ヤグルらが一回安心したのは、口枷をしたからだったのだろう。
納得がいったので、相槌を打ってから話を戻す。
「んーと、呪文のほうは一般的に流通してるよね? それを真似すれば大丈夫。合ってる? んで、なんなら攻撃を食らって覚えればいい」
「そうですね。大丈夫だと思います」
「じゃあ後は感覚とか操作なわけだけど、その辺って、独学でどうにかなるものなの?」
聞くと、ユノは唇に手を添えて、眉をよせて考えだした。
(考えてる顔可愛いなこの子……)
「まず、魔法は基本は独学です。本があれば、ですが。魔法使いの多くは本によって独学で魔法を知っていきます。魔法使いに貴族の子が多い理由の一つです。良い師匠がいて損することはないとは思いますけれども」
ここまで話してから、ですが、と区切りをつけて、
「治療魔法は教会の治癒師のもので、彼らは教会で修行をして正式な治療魔法を身につけるようなのです。独学で身につけた例もたくさんあるようですが、本職の治癒師に比べると劣ります」
「……つまり、普通の魔法はともかく、治療魔法は何か特別な修行が要る可能性がある?」
「はい、可能性が高いです」
少し困ったことになったなとルトナは思った。独学でも可能といえば可能であるというのが悩みどころだ。
独学で勉強してものちのち取り返しがついたり、あるいは本職と同じような効果がそのまま出せるのならいい。
だが、たとえば独学で勉強したら変な癖がついて、しっかりした効果を出すにはかなりの訓練が必要になったり、あるいはもう二度と治癒師と同じような治療魔法が使えなくなるとすればどうか。
それなら、そもそも独学では絶対無理、というくらいがいっそ清々しいというものだ。
「独学の限界ってどの辺りにあるのだろう」
独り言のようなルトナの疑問に、ユノは率先して答えた。
「骨折を治す辺り……でしょうか。逆に、教会で少し修行をすれば、骨折を治すくらいは標準的です。あと、聖魔法を極めた聖女は、体が残っている死んだ直後からの蘇生やら、全身火傷の治療やら、終末咳の治療も可能だそうです」
「ありがと……うううううううーん……」
独学でもしっかり勉強すれば骨折は治せる。
逆に、教会で勉強をすればもっともっと先が見える。
情報がもっとほしい。一つ一つユノに質問し疑問を潰していく。
教会に自分の奴隷を送り込むことはどれくらい難しいのか。
答え。それは簡単である。ただし、洗礼名を与えられる等、信徒にならざるをえない。確かな繋がりもできてしまうはずだ。
「独学で」といえば簡単だが、どう独学するのか。また、本はどうやって手に入れればいいのか。
答え。独学は本を読み、イメージを掴むため繰り返し練習することによって行う。本の入手は難しい。高価であり、貴重なものである。
ずっと唸りながら考えていたルトナであるが、本の話をしている際にふと気付いた。
「そうだ。この世界、図書館とか、ないのか」
「すいません、としょ……としょかん? ですか?」




