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第十九話 崩れた荷車


 道作業を止めてから、四日。


 ローデン村には、少しだけ余裕が戻っていた。


 加工量は抑えられ、見張りも交代制を増やした。武器確認も落ち着き始め、村人たちの顔色も前より悪くない。


 無理を減らした。


 それだけで、空気は変わる。


 加工小屋の裏では、数人の男達が木を削っていた。


 槍の柄に使う木材だ。


 以前は森で適当に切っていたが、最近は違う。


「その木、柔らかすぎる」


 ゲルドが切り株を蹴りながら言う。


「湿ってる木は曲がるぞ」


「じゃあ、こっちか?」


「それは重い」


 村人が顔をしかめる。


「難しいな……」


「だから選ぶんだ」


 ゲルドは短く返した。


 少し前まで、“使える物を使う”だけだった村が、“合う物を選ぶ”ようになっている。


 それも変化だった。


「……なんか、最近静かだな」


 水路の近くで、カインが呟いた。


「悪いことじゃないね」


 クロノは板を見ながら答える。


「前は騒がしすぎた」


「まあ、それはそうだけどよ」


 カインは槍を肩に乗せる。


「逆に怖ぇんだよな。こう静かだと」


 クロノは少し笑った。


「慣れてないだけだよ」


 その時だった。


 見張り台の方から、慌てた声が飛んだ。


「人だ!」


 空気が変わる。


 カインがすぐに顔を上げた。


「何人!」


「……三人!」


 村の動きが止まる。


 以前ほどではない。


 だが、緊張は走る。


 クロノはすぐに立ち上がった。


「カイン、入口確認」


「おう!」


「ルナ」


「いる」


 返事は早かった。


 すでにルナは森側へ視線を向けている。


 村の入口へ向かう。


 そこには、荷車が止まっていた。


 いや――正確には、止まっていたというより、崩れていた。


 片輪が割れている。積まれていた荷も半分崩れ落ちていた。


 その横に、三人。


 背は低い。だが横幅が広い。


 髭。煤けた服。そして、金属の匂い。


「……ドワーフか」


 カインが呟く。


 一番前にいた男が、ゆっくり顔を上げた。


 灰色の髭。鋭い目。


 だが、その奥には疲れがあった。


「悪いが、水を分けてくれねぇか」


 声は低い。


 掠れていた。


「あと、車輪だ」


 崩れた荷車を見る。


「もう限界だ」


 クロノは少しだけ三人を見る。


 荷物は少ない。武器も傷んでいる。


 長く移動してきたのが分かった。


「……どこから?」


 クロノが聞く。


 男は少しだけ黙る。


 それから答えた。


「北だ」


 短い一言だった。


 だが、それだけで空気が変わる。


 辺境伯領の北。


 帝国側。


 カインの表情が少し硬くなる。


「帝国側から来たのか?」


「逃げてきた」


 別のドワーフが吐き捨てるように言った。


「街が潰れた」


 静かになる。


 クロノは三人を見る。


 疲れている。


 だが、それだけではない。


 目の奥に、まだ警戒が残っていた。


 簡単に助けを求める目ではない。


「……名前は?」


「ガルムだ」


 最初の男が答える。


「こっちはドグ」


 大柄な男が片手を上げる。


「で、あっちはリッカ」


 最後の一人。


 若い女のドワーフだった。


 腕を組み、こちらを睨むように見ている。


「……こんな辺境に村があるとは思わなかった」


 口調は少し刺々しい。


 カインが眉をひそめる。


「なんだそりゃ」


「事実だろ」


 リッカが返す。


「普通は潰れてる」


 空気が少し張る。


 その時だった。


 ルナが、一歩前に出る。


 何も言わない。


 ただ立つ。だが、それだけで空気が変わった。


 ドグが目を細める。


 ガルムも視線を動かした。


「……龍人か」


 小さく呟く。


 リッカは少しだけ顔をしかめた。


 警戒。


 あるいは、別の感情。


 ルナは何も言わない。


 ただ静かに三人を見ていた。


 クロノが、その空気を切る。


「水は出せるよ。車輪も、見てみようか」


 穏やかに言う。


 ガルムの視線が少し動く。


「……直せるのか?」


「完全には無理かもね」


 クロノは崩れた車輪を見る。


「でも、応急なら」


 そこで、後ろからゲルドが近づいてきた。


 車輪を見て、眉をひそめる。


「軸まで歪んどるな」


「直るか?」


 カインが聞く。


「木を切り直せばな」


 ゲルドは短く答えた。


「乾いた木がいる」


 ドグがそこで初めて反応する。


「……木を選んでるのか?」


「当たり前だ」


 ゲルドが鼻を鳴らす。


「湿った木で組めば、すぐ割れる」


 ドグが少しだけ目を見開いた。


 辺境の小村。


 もっと雑な場所だと思っていた。


 カインがちらりとクロノを見る。


 警戒はしている。


 だが、追い返す気はない。


「……いいのか?」


 小声で聞く。


 クロノは小さく頷いた。


「壊れてる人間を追い返しても、村は回らない」


 カインは少しだけ黙る。それから頭を掻いた。


「……お前らしいな」


 ガルムは、そのやり取りを見ていた。


 そして、水路へ視線を向ける。


 流れている水。崩れていない導線。


 加工小屋。干し台。


 さらに、削り分けられた木材。


「……妙な村だな」


 低く言う。


 クロノは少し笑った。


「よく言われるよ」


 リッカは、まだ疑うような目をしていた。


 だが、水を受け取った瞬間、その手が少し止まる。


「……冷たい」


 ぽつりと言う。


 ルナは、その反応を見ていた。


 少し前まで、自分も“外側”に立っていた。


 警戒される側だった。


 クロノが歩き出す。


「とりあえず、中で話そうか」


 崩れた荷車。疲れたドワーフ達。そして、北から来たという言葉。


 ローデン村に、また新しい流れが入り始めていた。

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