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「リサはそこで、笑っていればいい」

 

 今見えてるものが

 真実(ホント)にあるのかと

 手を伸ばしてみたら

 掴めなかったんだ


 Ah Ah


 なあリサ おれは今

 なにを掴もうとしてたんだ

 なあリサ 教えてくれ

 あれはいったいなんなんだ


 誰に聞いてみても

 同じ答えばかり

 口裏を合わせて

 話しているようだ


 Ah Ah


 なあリサ おれは今

 どこに立ってる

 なありサ 教えてくれ

 おれは今 どこにいるんだ


 なあリサ 教えてくれ

 俯いてなんかいないで

 なあリサ 頼むよ

 それさえ教えてくれないのか


 なあリサ 答えてくれ

 俺が掴んできたもの

 すべて嘘偽りだったのか

 なあリサ 違うよな

 あったんだよな 俺が掴んできたものすべてあったんだよな


 Ah Ah


 なあリサ なんで何も答えないんだ

 なあリサ 俺の目を見てくれ

 どうして見てくれないんだ

 なあリサ リサ──


 ……どうして泣く


 ……なかったのか?

 俺が見てきたもの全部なかったのか?

 そうなのか?

 なあリサ、答えてくれ。

 泣いてなんかないで答えてくれ。

 俺が見てきたもの全部なかったのか?


 なんだその目は。

 なんでそんな目をする。


 Ah Ah


 なんでそんな目をするんだよ!


 哀れか?

 今の俺は哀れか?

 違うよな!


 Ah Ah


 頼むよなにか言ってくれよリサ!


 絶対掴めるよな。なあリサ!


 答えてくれよリサ!


 Ah Ah


「──もう、限界なんですよきっと」


 後藤は急に聞こえてきた第三者の声にビクッと驚き、ァ? と部屋を見回す。

 でも、部屋には後藤とリサの二人しかいない。


「そんなにあなたに殴られてちゃ、Ah Ahぐらいしか言えないと思います」


 後藤はどこだ、どこだと十二畳ほどある部屋をギョロギョロと見回す。


「……僕はここですよ」


 ギョロギョロ見回していた後藤は、声の出所を掴んだのか、真上に視線を向けた。目を細め……、天井についている小さなカメラを確認した。


「あ、そうです。そっから見てます」


「誰だテメエ、いつつけやがった」


 声の主である厳島は、「さっきです」と答えた。「すいません。僕は『悩み事救急センター』に所属している、厳島(いつくしま)甚平じんべいというものでして、今は警備員の恰好をしていますが、普段はスーツなどを着こなしています」


 チッと舌打ちをし、「知るかよッ」と怒声を放った。


「ですよね。でもちょっとだけ聞いてください。僕はあなたが真っ当な人間へと戻れる、処置を施しに参りました」


「は? ふざけたこと言ってんな」


「ふざけてはいません。本気です。今からそちらに行きますね」


 床の一部がパカっと観音開きのように開き、スポンと厳島が勢いよく飛び上がってきて、部屋の天井に頭をぶつけた。


 天井を見ていた後藤は、パッと下から勢いよく厳島が現れたことにギョッと驚いて、二、 三歩後退した。


 閉まった扉の上に、厳島はお尻から着地。

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

 厳島は、鳥の巣のような頭を、痛そうに押さえている。

「いやちょっと、僕も意外と勢い良すぎて、驚いてしまいました」

 警備員の恰好をしていても、ゴボウのようなひょろひょろの体型をしているとわかる厳島は、頭を押さえながら、ひょろっと立ち上がった。


「別に、驚いてねえよ」

 確実に驚いた表情をしている後藤は、ちらりとこの会議室ならぬ秘密部屋の重厚な扉を見た。

 どっからどう見ても、あの扉からは来ていないとわかる。

「てめえ、なんだ」


「どっから来たと聞きたいんですか? 一応ですね、『示現(じげん)の扉』を開けて、警備室から来ました」と厳島は、床を指差した。「と言っても、信じてもらえないでしょうね。警備室のモニター越しに、あなたがリサさんの髪を掴みながら、何度も殴っているのを見てたんですよ」

 厳島の足下で、片手をついて横たわっているリサの顔面は、無数の蜂に刺されたように膨れ上がって、紫色になっている。


「……俺を、脅しにきたのか」


「いえ、僕はあなたの味方ですので、そんなことはしません」


「そんなわけあるか。不法侵入で突き出してやる」

 民族衣装のような、やや派手めの服を違和感なく着こなしている後藤は、ひょろひょろの体型が一目瞭然の厳島に対して距離を詰め、殴りにかかった。


 ゴンッと後藤の拳が厳島の頬に直撃すると、もろに食らった厳島は部屋の真ん中から端の壁まで吹っ飛んだ。猛攻をかけるように後藤は吹っ飛んだ厳島に体を寄せ、殴ったり蹴ったりをし始めた。


 ボコ、ドシ、ボコ、ドシ、ボコ、ドシ……。


 ぜー、ぜー、ぜー、ぜー。

 後藤の息遣いが、物一つない十二畳一間の秘密部屋に響き渡る。


「……終わりですか?」

 床で丸まっている厳島が言った。


「んだと?」


「僕を殴った所で、僕を恐怖で支配することなんてできませんよ」


「てんめえ」

 また後藤は厳島を殴りにかかった。


 ボコ、ドシ、ボコ、ドシ、ボコ、ドシ……。


 ぜえー、ぜえー、ぜえー、ぜえー。

 殴る蹴るをやめた後藤は、体全体で息をしている。


「僕の命は、閻魔に預けてあるようなものなので、人間相手には不死身みたいなもんなんです」

 床で丸まっていた厳島はゆっくり立ち上がった。

 どこも痛そうにしていない。

 パッパッと自分の警備服をはたいた厳島は、天井を見上げ、これでもかと口を開くと、口の中からニョキッとドクロケース付きのスマホが出てきた。


 息を切らしている後藤は、おののくように一歩二歩と後退った。


「みんな、後退するんですよね」

 厳島は涎でべちょべちょなスマホを、後藤に翳した。

「このスマホは、閻魔の人頭幢(にんずどう)のような機能を持っていまして、人の過去を見ることができるんです。ちょっと、失礼します」

 カシャ。

 ドクロの目が、音とともに瞬きした。


 後藤は気味悪げに「んだよ」と一瞬顔を横にそらした。


「すいません」と謝った厳島に、申し訳なさは一切感じない。

 スマホの画面に、過去の履歴が出た。

「ちょっと読ませていただきますね」

 鳥の巣のような頭のせいで、厳島の目は隠れているけれど、言った通り、スマホに目を通しているよう。

「……へー、そうですか。後藤竜次さんと柊リサさん、二人は高校の時に出会ったんですね。すぐに付き合い始めて、一度別れていますが、成人式の時に再会し、今日(こんにち)に至っている」


 後藤は、自分の過去を言い当てられたからか、やや威勢のいい目が泳いだ。


「大学卒業後はリサさんと中心になって理想のアパレルブランドを立ち上げますが、三年を過ぎた頃から売り上げが減少、赤字続きの頭を悩ませる日々が続きます。この頃ですね、後藤さんに『巫子の落書き』が施されたのは」

 厳島はスマホを紋所のようにして、折れ線グラフで示されている「運気グラフ」を後藤に見せたが、後藤は目を逸らして見ようともしない。

「巫子の落書きがあると、大抵いいことは起きません。その証拠に、あなたは社員と寄り添いながらモノを作り上げていく社長だったのに、社員を道具としてしか見ない社長へと変わっていってしまいました」

 厳島は、スマホを見せ続けている。

「おまけに、意見者(ノーマン)や会社を辞めたりする社員が現れると、リサさんをこの部屋に呼び出して、暴力を振るうようになっていきました。『俺に逆らうとこうなるぞ』という見せしめとして。時に、意見者の目の前で、執拗に……」

 厳島は、スマホを持つ細い腕を下げた。

「顔に痣ができても、鼻血を出しながらでも、笑顔で振る舞い、『社長は必死になって赤字から抜け出そうとしてる。みんなでがんばって、社長を救ってあげよ』というリサさんに対し、何もできなくなっていた社員たちは、皆で泣いたそうです」


「……で? お前、どっかの病院から抜け出してきたんだろ? どこの精神科だ?」

 気を取り直したかのように、後藤は厳島にちゃかす質問をした。


「そうですよね。聞く耳を持つわけがないですよね」

 厳島はスマホを飲み込むと、細い右腕をピンと横に伸ばした。途端、右肩から真っ黒な真菰(まこも)が無数に生え、ぐるりと伸びて注連縄(しめなわ)となると、厳島の手首までをぶっとく覆った。

 黒々としていて、霊感ある人間には見えてしまう。


 後藤は霊感があるのか、足元からブルッと震え上がるように身震いした。


「では、『閉門』します」

 冷たい霊気漂う注連縄が厳島の右腕をギュッと締め付けた。呻き声のような轟音が漏れ出たのと同時にスッと後藤の懐に入った厳島は、右の手の平で後藤の腹をドンと突いた。


 突かれた後藤は「く」の字型になって宙を舞い、反対側の壁に背中からぶち当たった。その衝撃で、コンクリート打ちっぱなしの壁が丸く凹み、ギシッ、ギシッと亀裂が何本も入った。


「……どうですか、気分のほどは」


 ……後藤は、壁に打ち付けられた状態のまま俯いていて、なにも返してこない。

 見た目よりも、後藤に痛みはないはず。

 ただ、徐々に閻魔の(いん)が体に浸透していくことで、少しの間怖気や寒気が襲ってくることになる。


「あなたに降りかかっていた不運による悪性は消えていき、あなたが本来持つ宿星へと戻っていきます。世界は、あなた次第になりました」

 厳島の細い顔から、横長の笑みが浮かべられた。


 後藤は意識もあり、口もきけるはずだけど、「閉門」された影響が出始めているのかなんなのか、黙ったまま。


 厳島は、後藤からリサへと顔を向けた。


 かろうじて体を片手だけで支えているリサ。

 厳島はリサに近づき、屈むと、「リサさん、もう大丈夫。よくがんばりましたね」とリサの視界に入った。

 目もぷっくりと腫れ、視界が狭くなっているだろうリサは、厳島の姿をちゃんと捉えられていないかもしれない。近未来を想像させるような、もこもことした光沢のある服に、かなりの血が飛び散ってしまっている。


「リサさん、ちょっと待ってくださいね」

 注連縄が消えると、厳島はまた天井を見上げて口をこれでもかと開いた。細かった首がボコッと太くなってまた細くなると、口の中からドクロケース付きのスマホではなく、水色の水筒がニョキッと出てきた。

「すいません、ちょっと失礼します。冷たいかもしれませんが」

 厳島は水筒の中身をリサの頭の上からかけた。

「すべて、水に流れますので」

 水筒の中身がかかったリサの顔が、みるみる正常な状態に戻っていく。

 ランウェイを歩くモデルのような、キレイでスマートな顔になった。


 リサは痛みが消えたからか、もう片方の手で自分の顔を触っている。


「では、僕の仕事は終わったので、これで失礼いたします。あ、そうそう、こんな時にすることじゃないかもしれませんが、とても大事なことなので」と厳島は、指でキツネの形を作った。「二人ともこれ、なんに見えます?」


 顔を触っていたリサも、姿勢を変えずに俯いていた後藤も、厳島の手を見た。


「二人とも息を揃えて答えてください。せーの」


「「キツネ」」

 二人同時に答えたあと、すぐに厳島は「ワンワンコンコンワンコンコーン!」とキツネの手を交互に上げながら、ラップを得意とする歌手のように叫んだ。

 これで、厳島との記憶は嘘か真か、次第にぼんやりとした夢のような記憶へと変わっていく。


「失礼いたしました」と厳島は腰から頭を下げ、「それから、後藤竜次さん」と壁に嵌っている後藤に顔を向けた。

「これからは正直に生きてくださいね。もしつまらない嘘を一度でも吐いたら、死ぬ時に、閻魔の使いによって舌を抜かれてしまいますから。ではこれで、ほんとお邪魔しました」と厳島は二人に手を振り、部屋の重厚な扉を開けて、普通に出ていった……。


「……大丈夫?」

 しばらくして、リサは、身を抱えてブルブルと震え始めた後藤に、声をかけた。


 まだ壁の凹みに嵌っている後藤は、うんとうなずいただけ。


「毛布かなにか持ってくる」


「大丈夫だから」


 行かないでくれというような後藤の声に、立ち上がって部屋を出ようとしたリサが一旦止まり、丸まっている後藤に近づいて、横から後藤を抱きしめた。


 二人の他に、人も物もない、防音の効いた十二畳の部屋。


「……ねえ、さっきの、犬と迷わなかった?」

 またしばらくして、竜次を温めるように抱きしめていたリサが、後藤に話しかけた。


 幾分震えが治まってきている後藤は、少し間をあけて、床に視線を向けながら、小さくうなずいた。


「やっぱり」

 うなずいた後藤を見たリサは、なんだかうれしそうな表情になった。

「あれって、必要なのかね」とリサは自分で作ったキツネを見ながら、すぐに顔を顰めた。「悪性も消えるとか言ってたね。……どういうこと? 私は今の竜次がいいのに」


「……嘘言えよ」

 竜次の視線はずっと、床に向けられている。


「ほんとだよ。私を頼りにしてくれてる竜次、好きだよ」


「やめてくれ」

 竜次はリサを見た。

「俺だってわかってる。無理言って、クロをシロにさせて、自分が見たいものを見てきたことくらい。でも止められなかった。お前への暴力も」


「暴力だなんて思ってないよ。私は竜次の愛だと思ってる」


「そんなわけないだろ」

 竜次はリサから離れた。

「じゃあなぜいつも泣く?」


 リサは笑みを浮かべた。

「うれしいからだよ」


 竜次は嘘言えと言いたげに首を横に振った。

「違うリサ。お前のことは愛してる」と後藤はリサの手を取った。「だが、暴力は愛情表現なんかじゃない。あいつが言ってたろ、俺は恐怖で人を従わせていただけなんだよ」と語気が少しだけ強まると、笑みを浮かべていたリサが顔面蒼白になって、ブルブルと震え出した。


 後藤はリサの姿を見てハッとし、やってしまったと首を振った。

「──ごめん」キョロキョロと視線が動く。謝った今の自分と、リサを殴らない自分、 言い訳をした自分に、驚きもあるのだろう。

「リサごめん」後藤はまた謝り、リサを抱きしめようとして、一旦躊躇したが、「──ごめん」とリサを正面から抱きしめた……。


 後藤は自分で自分の行動を見て、理解したかもしれない。「世界は、あなた次第になりました」と言った厳島の言葉を。


 しかし、後藤に抱きしめられたリサの震えは、とまることなくブルブル震え続けている。


 後藤が元の後藤に戻ることができたとしても、リサの心が前のように戻るという保証は、ない。

 けど、戻らないという保証も、ない。


「ごめんリサ」

 秘密部屋の真ん中で、後藤は嗚咽を漏らしながら、リサをやさしく抱きしめ続けている。


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