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最終到達死点 〜『純血の魔女』は、地獄の街で最強を蹂躙し、悪を無双する〜  作者: ヨシムラ


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第31話 不敗なる魔術士①

ここは、無数に存在する航路――**『次元回廊』**と呼ばれる空間のひとつであった。


天井高と廊下幅。そのどちらも、およそ100mはあるだろう。数字として把握すれば単純なはずなのに、実際にこの場へ立つと、その感覚は容易く裏切られる。

広い、という言葉だけでは足りない。視界を遮るものは一切なく、柱もなければ影もない。身を隠す場所も、逃げ場も存在しない。剥き出しの広さが、こちらを試すかのように横たわっている。


風は吹かず、音もない。

空気が流れている気配すら希薄で、まるで“時”そのものが一瞬、足を止めているかのようだった。無という概念を圧縮し、空間として成形したなら、きっとこの場所になる。そんな錯覚を抱かせる静寂である。


とはいうものの、完全な虚無ではなかった。


通路の片側、その向こう側には、結界越しに地上世界の光景が広がっている。太陽がじりじりとアスファルトを焼き、車の騒音と人々の熱気が渦巻く街並み。八十郎や九重たちが日常を営む、見慣れた都市の姿が、硝子越しの幻のように、わずかに揺らめいて見えていた。


そして、もう片方。

こちら側に広がっているのは、地上世界とは明確に異質な景色だった。暗黒の空間に、砕け散った大地の破片が浮かんでいる。無秩序に見えて、しかしどこか一定の法則に従っているかのように、静かに、ゆっくりと漂っていた。


生命の気配は皆無である。息づくものも、蠢くものも、存在しない。

死の世界――そう呼ぶ以外に表現のしようがない異界が、結界の向こう側で静かに口を開けている。


剣豪の親父――八十郎は、その『ギルド会館』と異世界を直結する次元回廊にて、ひとりの男と向かい合っていた。

敵である。黒魔術士だ。


『ギルド会館』を管理しているのは、6という数字に異様なまでに愛されている魔女、六惺。彼女の管理下にあるその施設は、全異世界を繋ぐ中継地点に存在しており、他世界へ渡る者は、例外なくここを通過しなければならない。


即ち、六惺とは、全ての異世界を自由に往来する権限を持つ存在である。純血の魔女からの許可なくして、何者も次元を航行することは出来ない。それが、この世界の絶対的なルールだった。


彼女が生まれた理由は極めて明確だ。

『アルカイックレコード』に従い、地上世界の未来を形作ること。

『ギルド会館』に登録された異世界の住人――冒険者たちを助けること。

そして、異世界間の往来と、その秩序を管理すること。


全世界の均衡を保つ存在。

とはいうものの、当の本人に崇高な使命感や高潔な意志があるわけではない。


六惺という存在を色で表すなら、純粋なブラックである。感情の揺らぎをほとんど持たず、機械のように、与えられた使命を淡々とこなしているだけだった。


八十郎は、その六惺に連れられ、目的も告げられぬまま、ギルド会館からお洒落カフェへと移動させられていた。魔女と一緒に茶をする。それは、剣一筋で生きてきた親父にとって、苦痛以外の何物でもない時間である。


永遠にも感じられる10分が経過した頃だろうか。丁寧すぎる誘導の末、純血の魔女の手引きによって、聖騎士教会の兵士級――Astrid(アストリッド)が、そのカフェに姿を現した。


誘われるまま、同じテーブル席に腰を下ろした金髪の少女騎士。しかし彼女は、そこへ至るまでの道中、何者かに尾行されていた。


――北欧から来た、その少女を追っていた者。

それこそが、今この瞬間、八十郎が次元回廊で対峙している黒魔術士なのである。


黒魔術教会の枢機卿は、『ギルド会館』への強襲を見据え、配下に命を下していた。不安要素となる聖騎士は、事前に排除せよ、と。


つまり、アストリッドは、六惺から送られた偽メールにより、お洒落カフェへと誘導されていなければ、黒魔術士たちに殺されていた運命だったのだ。


魔女が16歳の少女を助けた理由は、人間的な情によるものではない。利用価値がある。ただ、それだけである。


そして、黒魔術士の処分について。

外道をいたぶり殺すことを趣味としている六惺は、『アルカイックレコード』を参照し、これから起こる事象を冷静に見据えた上で、ひとつの判断を下した。


成長を促す。

その意味を込めて、獲物となる黒魔術士を、八十郎へと譲ったのである。


空間把握能力を持つ剣豪は、当然のように敵の存在を察知していた。黒魔術士たちを迎え撃つため、魔女が用意した舞台――この次元回廊へと、静かに足を踏み入れたのだった。


次元回廊内。

八十郎と向かい合っている黒魔術士の男には、二つ名がある。


――『自由なる建築家』。


年齢は50歳。背丈は190cmを超えているだろう。神父らしい気品を備えた顔立ちで、中肉中背。肉体を前に出すタイプには見えず、典型的な遠距離型の魔術士である。黒魔術士教会の枢機卿が呼び寄せた、最精鋭部隊のうちの1人だ。


両者の間合いは、およそ30m。静まり返った空間に、張り詰めた緊張が走る。空気が、わずかに軋んだ気がした。


沈黙を破るように、背の高い神父が、ゆっくりと一歩を踏み出す。


コツン――。


足音が、不釣り合いなほど大きく響いた。

そして彼は、礼儀正しく、八十郎へと頭を下げてきた。


「私は『自由なる建築家』と呼ばれている者です。私の存在に気が付いていたとは、いささか驚きました」


黒衣を纏った建築家は、感心したように何度も小さく頷いていた。コクリ、コクリ――その所作には、感嘆と評価、そして微かに嗜虐の色が混ざっているように見える。


彼は枢機卿から命じられていた。――『ギルド会館』への強襲作戦を敢行する前に、障害となり得る聖騎士教会の関係者を排除せよ、と。とはいうものの、目の前の標的は兵士級に過ぎない金髪の少女騎士ではない。その背後に控える、より危険で価値ある存在、白色塔級の騎士こそが本命だった。


結果として、金髪の少女が接触する前に、六惺が仕掛けた罠が牙を剥いた。ガチリ、と音もなく世界が歪み、白色塔級の騎士は抗う間もなく『次元回廊』へと引きずり込まれた。


魔女は、この結末をすでに知っていた。『第6感(シックスセンス)』で未来の分岐を把握していた彼女は、黒魔術士を確実に仕留めるため、剣豪をこの洒落たカフェへと連れ出していたのだ。香り高いコーヒーと静かな空気――とは裏腹に、その場はすでに戦場の空気で満ちていた。


八十郎は、品のある長身の神父との会話など、最初から興味がなかったのだろう。背丈190cmほどもある神父が言葉を投げかけても、剣豪は一切反応しない。


スゥ……と淡々と片手を動かすと、『妖刀村正』が姿を現した。刃は空気を切る音もなく、しかし確かにそこに存在する凶気が空間を引き締めた。


剣豪が『自由なる建築家』を敵と認識しているのは、六惺の指示によるものではない。活性化されたロレンチーニの能力によるのだろうか。男の瞳の奥には、最上位の下衆だけが持つ濁り切った感情が、まるで色付きの煙のように漂って見えていた。


この者は罪の無い者を殺すことに、何の抵抗も持たない。八十郎は、それを断じるに足るだけの確信を胸に抱いていた。


剣豪は、次元回廊に課せられた“ルール”について六惺から聞かされた言葉を思い出す。そして低く、しかしはっきりと口にした。それは宣告であり、同時に逃げ場のない裁断でもあった。


「お前《《達》》を殺す前に、純血の魔女からの言葉を伝えておこう。質問は一切受け付けない」


声音に微塵の揺らぎもなく、ただ事実だけが淡々と乗っていた。沈黙がピン……と張り詰める。


「……」


「ここは、異世界を繋ぐ『次元回廊』と呼ばれる航路だ」


建築家は興味深げに目を細める。カツン、と靴音が微かに響いた。


「次元回廊、ですか……。つまり、あの向こうに見える景色は幻術ではなく、紛れもなく異世界そのもの、ということですね」


「そうだ。お前達は、俺を倒さなければ元の世界に戻ることはできない」


淡々とした言葉。だが、その背後には覆しようのない現実が静かに積み重なっていた。


「なるほど……。私は完全に罠にかかり、極限の危険に晒されているわけですね」


建築家は、どこか愉しげに微笑んだ。危機を理解しつつ、その状況を存分に味わう余裕すら漂わせている。


「俺の背中の向こうに扉が見えるだろう。あれが地上世界と繋がる『ギルド会館』の入口だ」


次元回廊の向こうで微かに揺れる扉の輪郭。その存在感が、この場をさらに異質な空間へと変えていた。


「フフフ……」


建築家は喉の奥で低く笑った。その笑みに軽蔑と揺るぎない自信が滲んでいる。


「殺し屋ごときが、魔術士に勝てるなどと考えているとは……まったく、思い上がりもいいところです」


クク、と乾いた笑いが空間を微かに震わせた。


「剣豪さん。君の中で目覚めつつある『ロレンチーニ』について、少し話しておきましょう」


「俺の中で目覚めつつある……『ロレンチーニ』ですか?」


「そうです。君は無意識のうちに発動している魔術回路、『ロレンチーニ』を既に活性化させています」


「ちょっと待ってください。それって、具体的にはどんな能力なんですか?」


「生物が行動を起こす際に流れる微弱な電気を感知する能力です。敵の体内を流れる電気の微細な変化を読み取り、次の動きを予測することも可能です」


「なるほど……つまり、俺は微弱な電流の流れを感じ取り、敵の動きを先読みする力を、すでに備えていたということですね」


「その通りです。君の空間把握能力が突出しているのもそのためです。極限状態での情報処理能力は格段に向上するでしょう。微弱な電流を視覚として捉えることすら可能になるはずです」


「あー、わかりました。ところで、先ほど俺の魔術回路に触れたと言いましたけど、体に何か悪影響や副作用はありませんか?」


「悪影響ですか……微妙ですね。非常に微妙です」


「微妙……ですか? それ、ちょっと無責任すぎません?」


「さて、話を変えましょう」


「えっ、話を変えるって……。それって、何か不都合があるからに聞こえます。大丈夫でないってことじゃ……」


「……話は変わりますが、妖刀・村正にも手を加えました。特殊能力をひとつ解放しておきました」


「妖刀の特殊能力……ですか?」


「はい。斬れないものをも断ち切る力、『空間断裂』を使えるようになっています。使い方は理解できるでしょう」


「『空間断裂』……正直、まだイメージがつきません」


「不安ですか? 大丈夫です。微妙ですが……」


「魔女さん、もしかして、ふざけてますよね? 絶対にふざけているでしょう?」


――――――――


現実の空気に、八十郎はゆっくりと戻された。

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