25.運命の再会(1)
ジタルクッキングス皇国の婚礼の名物である花嫁の婚礼行列は、夫となる男の待つ家まで最短のルートを通って行くというのが伝統となっている。コリーナもその伝統に則るならば、シシーたちが向かったのと同じ道を進まねばならなかった。
「ウルバン様、どちらに向かわれるのですか?」
コリーナがウルバンの横に馬を並べた。
ウルバンはシシーたちとは違う方向へと進んでいた。
「婚礼行列であれば『辺境への通路』の真ん中を通って行かねばならないだろうが、もはや俺たちのやっていることは婚礼行列とは言えないからな。俺たちは北側、チネンタル侯爵領に近いルートを通ってカーマレッキス入りする」
「わかりましたわ……」
ウルバンは約五百人の前で、皇帝に命じられた婚姻はしないと宣言した。婚約を破棄されたコリーナには、もはや婚礼行列を続ける必要などなかった。
コリーナは地図を思い浮かべた。最短ルートから北に外れて、かなり迂回していくことになりそうだ。
コリーナはウルバンの横顔を見た。ウルバンはコリーナが『怒れる魔獣』を偲びながら生きていかれるよう、身を引いてくれたのだろう。
コリーナの望んだ通りになったはずなのに、平然としているウルバンを見ていると、コリーナはなぜか胸が苦しかった。
エゴンもコリーナに並び、三人はコリーナを真ん中にして木々の間を進んでいった。
リスタルパーの森を抜けると、しばらくは草地だったが、徐々に草も減っていき、剥き出しの地面に変わった。
コリーナは前世でのウルバンの話を思い出した。
このまま馬を走らせて、辺境に近づけば近づくほど、地面は干からび、ひび割れていくだろう。『半獣半人の居住区』は、作物どころか雑草すら育たない乾燥しきった土地だ。
大きな岩が見えてくると、ウルバンは馬の速度を緩めた。
「あの岩の陰で休憩しよう。あまり飛ばしすぎて、馬を潰すわけにはいかないからな」
「そうですね。飯でも食いましょう。アイケさんから食べ物をたくさん持たされてますよ!」
コリーナが返事をするより早く、エゴンが同意した。
「それは楽しみだ」
ウルバンとエゴンが笑いあった。
馬が潰れることなど考えるにはいくらなんでも早すぎるし、食事をするにも中途半端な時間だった。
コリーナには二人が、馬や食事を理由にして、自分を休ませようとしているのがわかった。
岩の陰に着くと、エゴンが素早く地面に馬留めの杭を打って三頭の馬を繋いだ。
その間にウルバンが地面に布を敷いて、コリーナを座らせた。
「あまり顔色が良くない」
ウルバンが心配そうにコリーナの頬に触れ、はっとしたように手を引いた。
「すまない……」
コリーナは黙って首を横にふった。
「食べると少しは元気が出ますよ。干した果物はいかがですか?」
エゴンが食料品の入った袋を鞍から外して持ってきた。
「水は飲めるな?」
ウルバンがコリーナに革袋に入った水を渡した。リスタルパーの森で見つけた泉で汲んできた水だった。
コリーナは水を少し飲むと、ウルバンに革袋を返した。
「もういいのか?」
「ええ」
コリーナは力なく笑ってみせた。
「ツァハリアス様も体調を崩しておられましたし、いきなりの長旅はこたえますよね。こういう時はなにがいいのかなぁ……?」
エゴンが食べやすそうなものを探して、食料品の入った袋を漁った。
「まだあまりお腹は空いていないの」
「朝も昼も、あまり食べていなかったではないか」
「最終決戦ですもの、気持ちが高ぶってしまって……」
コリーナはリスタルパーの森の方へと目をやった。そろそろ皇軍が、反乱軍の待つ『妖精と精霊の舞踏会場』に到達している頃だろう。
コリーナとしてはできる限りのことをしてきたつもりだが、勝敗というのは運の要素も強い。不安に押しつぶされそうになり、コリーナは両手を握りしめた。
「少し肩の力を抜くのだ。心配ない。援軍もすぐに着く」
ウルバンがコリーナの隣に腰を下ろした。
「ウルバンさんはなにか食べますか? いろいろありますよ」
エゴンが袋の口を大きく開けて、ウルバンに中身を見せた。
ウルバンは大きなパンと塊のままのチーズ、塩茹で鶏を袋から出した。
「おっ、いいですね!」
エゴンが調理用ナイフを出して、パンとチーズと塩茹で鶏を薄くスライスした。パンにチーズと塩茹で鶏を載せ、半分に折りたたんだ。
「一軍馬公領では折りたたむのか」
「辺境では違うんですか? どうしているのでありますか?」
ウルバンがエゴンから調理用ナイフを受け取り、パンを薄くスライスした。チーズと塩茹で鶏を細長く切り出すと、パンでくるりと巻いた。
二人はお互いのパンを交換し、仲良く並んで食べだした。
二人がおいしそうに食べているのを見ているうちに、コリーナも空腹を覚え、パンとチーズと塩茹で鶏を一口大に切り、パンにチーズと塩茹で鶏を載せながら食べた。
「デザートもありますよ!」
エゴンがスライスして干した林檎の入った紙袋を出した。
「貴族の私兵というのは、携帯食も豪華なのだな」
ウルバンが干し林檎を一枚つまみ、口に放り込んだ。
「普通はこんな物は持たされないと思いますよ。閣下がお嬢様とヨスト様のためにご用意されたのではないかと」
エゴンも遠慮することなく、干し林檎を口に入れた。
二人に誘われるように、コリーナも干し林檎に手を伸ばした。
ウルバンとエゴンはまるで気心の知れた主人と従者のような雰囲気で語り合い、一緒になってコリーナの世話をやいてきた。
(まるでピクニックにでも来たみたいだわ。同じこの時、ヨストたちは死闘を繰り広げているかもしれないのに……)
コリーナは空を見上げた。ウルバンの瞳のような澄んだ水色。それは、コリーナが薄暗い牢で得た、唯一の喜びの色だった。
「今頃はフォルカーが辺境王の格好をさせられているだろうな」
ウルバンが軽い調子で言った。
「そうですわね」
「あいつはあれでも辺境で生き残ってきた猛者だ。うまいことやってくれるだろう」
コリーナは立ち上がり、リスタルパーの森のある方角を見た。
遠くの空に小さな点のようなものが見えた。
「ピクニックは終わりよ。天馬騎兵が来ているわ」
ウルバンとエゴンが弾かれたように立ち上がり、食料や敷布を片付けて馬に積んだ。
「どうしますか?」
「ここで迎え撃つわ。馬で天馬から逃げ切れるとは思えないもの」
ウルバンがサーベルを抜き、エゴンも背負っていた槍を手に持った。
「救世主、なにか考えがあるのだろう。先に教えておいてくれ」
「見ればわかるわ」
コリーナもまた、金のレイピアを抜いた。




