25.運命の再会(2)
白と黒の独特な縞模様が美しい天馬は、まっすぐにコリーナたちの元へと飛んできた。
「あの模様はなんなのだ!? 前の天馬は黒一色だったではないか!」
「縞馬ですよね!? 伝説の生き物ですよ! 天馬にもいたんだ!」
コリーナも驚きながら天馬を見ていた。
(こんな天馬に乗っているとは聞いていなかったわ)
天馬騎兵が三人に向かって矢を射かけてきた。エゴンが一歩前に出て、槍を大きく振って矢を弾き飛ばした。
「なかなかやるではないか」
「自分はこれでもヨスト様の護衛隊の精鋭兵であります。足手まといにはならないであります」
ヨストの護衛部隊は、隊長のアイケが輸送兵長に偽装していた。そのアイケの率いる輸送部隊の中核である輸送兵は、選び抜かれた猛者中の猛者だった。
先のザーランド侯爵の私兵との戦いにおいても、エゴンは単騎でコリーナへの伝令を任されたほどの者だ。弱いわけがなかった。
天馬騎兵が矢を射るのをやめ、天馬がゆっくりと地上に降り立った。天馬から青いジュストコールを着た男が、しなやかに飛び降りた。
「あなた……、なんでビットラン子爵のお話の衣装を着てきたの……?」
シシーとギーゼラが教えてくれた『ビットラン子爵と街角の蒲公英』の主人公は、女の身でありながら家督を継いだビットラン子爵。
その女性子爵が平民の姿で出会って恋に落ちる相手が、この天馬騎兵のような金色の瞳をした隣国の皇太子だった。
天馬騎兵は自分の姿とコリーナを見比べた。
「おみゃーも『鋼鉄の白百合』と同様、わけのわからにゃーことを言って騒ぐつもりか!」
どうやらビットラン子爵の衣装は、皇后アンゲラの護衛女官たちが寄ってたかって着せたもののようだった。
天馬騎兵は背中に背負った長剣を抜いた。波打つ美しい刀身から、その細身の長剣がフランベルジュと呼ばれるものだとわかった。
ウルバンが地面にサーベルを突き刺して、パンツのポケットから黒い眼帯を出し、右目につけて位置を調整した。
「これでよいかな?」
ウルバンがコリーナに笑いかけると、コリーナは呆然とした表情をした。
「片目では戦いにくいでしょう? 外した方がいいわ」
ウルバンは軽く首を傾げながら眼帯を外し、元のポケットに戻した。
茶番のようなやり取りが行われている間も、エゴンは隙なく槍を構えて動かずにいた。
「女、おみゃーが狂王妃コリーナか?」
「どうかしらね?」
コリーナは艶然と笑ってみせた。
「ずいぶんとおしゃべりが上手なようだ」
ウルバンがサーベルを地面から引き抜き、構え直した。
天馬騎兵はフランベルジュを持っていない方の手のひらを前に突き出し、フランベルジュを頭の高さで構えた。異国の剣術を取り入れた、皇宮の暗殺者の使う剣の構えだった。
「嘲り笑っていられるのも今の内だ」
「前に来た天馬騎兵は、お前のようにおしゃべりできなかったが」
レミアムアウトの峡谷の一の尾根で倒した天馬騎兵は、絶命する際に叫んだ以外は終始無言だった。
「ザビーネを倒したのはおみゃーか!」
天馬騎兵は地面を蹴り、一気にコリーナへと向かってきた。ウルバンもまた大きく踏み出して、コリーナを背後に庇った。
ウルバンのサーベルと、天馬騎兵のフランベルジュが鋭い音を立ててぶつかり合った。
「ザビーネという名だったとは。あのレッサーパンダは女の子だったのか」
ウルバンはサーベルでフランベルジュを押し戻した。天馬騎兵はしばらくウルバンと押し合いを続けてから、大きく後ろに飛んだ。
「レッサーパンダ……? ザビーネはタヌキじゃにゃーのか?」
「アライグマかと思っていましたわ」
「その可能性もあるな。タヌキだったのか?」
ウルバンがさらに前に出ると、エゴンがコリーナの前に立って槍を構えた。
コリーナは少し横にずれて、エゴンの表情を伺った。険しい表情からは、エゴンが今、なにを考えているのか推し量ることは難しかった。
「あの世で本人に確かめるがよい!」
天馬騎兵はフランベルジュを持つ右手を、左の肩に当てた。そこから大きく踏み出しながら、円を描くように剣を動かした。
ウルバンが後ろに飛び退って切っ先をかわした。
エゴンがコリーナの腕を引いて、戦う二人から距離をとった。
「天馬騎兵とは愚かなのか? ザビーネとやらも、貴様も、単騎で挑んでくるとはな。そんなにこの俺に殺されたいのだろうか?」
ウルバンの挑発に、天馬騎兵が怒りの呻き声を漏らした。
天馬騎兵は回転しながら踊るように何度もウルバンに斬りかかった。
ウルバンは時に切っ先を避け、時にサーベルで弾きながらも、自分から斬りかかろうとはしなかった。
「俺は狂王妃コリーナの首を皇帝陛下に捧げて、皇女グンドゥラ殿下に謁見するのだ!」
「なんのために?」
即座に問うたのは、コリーナだった。
「そんなことまで教える必要はにゃーよ!」
「自分がなぜ死ななければならないのか、ぜひ教えていただきたいものですわ」
「そうか。よいだろう。俺の世話係のオヤジが、皇女グンドゥラ殿下こそ、俺の『ママちゃん』だと教えてくれたのだ! 俺は俺の『ママちゃん』に再び会うために、お前の首が必要なのだ」
エゴンが「あ……っ」と小さく叫んだ。
天馬騎兵はちらりとエゴンを見て、なにを思ったのか小首を傾げた。
「ヒューゴ……?」
エゴンがつぶやいた。
「なぜ俺の名を知っている?」
「その前に、あなたの世話係は、なぜグンドゥラ殿下があなたの『ママちゃん』だと知っていたの?」
コリーナの問いに、天馬騎兵は視線を揺らした。
「俺を幼い頃から世話していたからじゃにゃーのか? 俺は拾われた時のこともよく覚えちゃいにゃーでよ」
「それだけ……? それだけで、君は会ったこともない皇女様を、『ママちゃん』だと信じていたの?」
エゴンに問われて、天馬騎兵はまた怒りの唸り声をあげた。
「ヒューゴ、僕はどんなシャーシャーねこちゃんだって、手懐ける自信があるよ!」
エゴンはその場に槍を投げ捨てると、天馬騎兵に向かって一歩踏み出した。
「俺は怒りっぽい猫じゃにゃー! 黒豹だ!」
「そうか、黒豹か……。強い子になったんだね……」
エゴンは目に涙をためて、ヒューゴにほほ笑みかけた。
ヒューゴがどこか怯えたように、フランベルジュの切っ先をエゴンに向けた。
「獣人が強いということは知っているようだな」
エゴンは手の甲で頬を流れる涙を拭い、黒豹の獣人に向かって、さらに一歩を踏み出した。
「丸腰でこのネコ科の獣人に挑もうというのか!」
ヒューゴは再びフランベルジュを持つ右手を、左の肩に当てた。
エゴンは攻撃体勢を整えたヒューゴを気にすることなく、近づいていった。
ヒューゴの腕が動き、フランベルジュがエゴンを襲った。
エゴンは地面を転がってフランベルジュを避け、ヒューゴのしっぽを捕まえた。
「貴様……!」
ヒューゴが自分のしっぽをつかんでいるエゴンをふり返った。
エゴンがひざまずき、全身が真っ黒なヒューゴの、唯一白い部分であるしっぽの先端に口づけた。
「にゃ……っ! にゃー……!?」
「『このしっぽの先のかわいい白まで覚えてる。だから、迷わず帰っておいで』」
エゴンはヒューゴのしっぽを抱きしめて、声を殺して泣いていた。
ヒューゴは全身の毛が逆立っているのか、服が膨らんでいるように見えた。
「『ママちゃん、待ってるから。ずっと待ってるから、帰っておいで』」
「にゃ、にゃぁ……」
ヒューゴが頼りなく鳴いた。
「『次は、おしゃべりできるといいな。強い子になっておいで。ずっと一緒にいられるように』」
エゴンはしっぽを抱きしめたまま、ヒューゴを見上げた。
「なにを……言ってる……?」
「わかるだろ? おかえり、僕のヒューゴ……」
エゴンは泣きぬれた顔で、ヒューゴに笑いかけた。
ヒューゴはしばらく固まっていたが、我に返ると自分の手でしっぽを引っ張って、エゴンから取り返した。
「貴様ら、俺を調べたのかっ! 森の戦場で妙な三人組が俺にだけ、『早く行け! あっちだ!』やら『さっさと追いかけるであります!』やら叫んできたのは、こういうことだったのかっ!」
ヒューゴに叫んでいたのは、コリーナの指示を理解したヨストとマッツとアイケだろう。
「皇宮の奥深くで飼われている天馬騎兵の素性など、そう簡単には調べられまい。金と手間暇をかけてお前を調べ、なにをどうしようというのだ?」
ウルバンが指摘すると、ヒューゴはまた「シャー!」と唸った。
「ザビーネのことも調べ上げて、どこか弱点を突いて倒したのだろう! 天馬騎兵がそう簡単にやられるわけがにゃーよ!」
「あのタヌキのことなど、何一つ知る必要はない。あの者は俺より弱かった。それだけのことだ」
ヒューゴはフランベルジュの柄を両手で持つと、額の前で横に構えた。
ウルバンも薄く笑みを浮かべてサーベルを構えた。
野生の勘の強い獣人であるヒューゴは、『無敵の軍神』ウルバン・レミッシュがサーベルを構えて立っている、ただそれだけで、かなりの威圧感を覚えていた。
「俺は皇宮で笑われたんだ! 『ママ』ってのは、女のことだってな! 男なら『パパ』だ! もう知ってるんだ!」
すでに混乱の極致にいたヒューゴは、「にゃああぁぁーっ!」と叫びながら、ウルバンに斬りかかった。
ウルバンは攻撃を易々と交わすと、ヒューゴの懐に飛び込んで、フランベルジュを奪い取った。
「にゃっ、うにゃぁー!」
ヒューゴがネコ科のしなやかな筋肉を生かして、大きく跳躍した。
両手にサーベルとフランベルジュを持っていたウルバンが、舌打ちをしてフランベルジュを投げ捨てた。
コリーナは跳んでくるヒューゴに向かって金のレイピアを構えたが、ヒューゴは金のレイピアを片手で薙ぎ払った。
コリーナは左に飛んでいくレイピアへと顔を向けた。その無防備な右の肩に、ヒューゴの鋭い牙が食い込んだ。




