卵(かひご)
「あなたよりほかに、この鈍玉の主にふさわしい方がおりましょうや」
ひれふすように、ヤマヒコがいった。
母の御霊がこもるという鈍玉は、サヒの腕の中で鈍く、青い光を放っている。
「これはただの鈍玉ではございません。火の神と鉄の神が交合うだけでもただならぬのに、霊異まさるタタラヒメさまの御霊をして強く接ぎあわせたようなもの」
ヤマヒコは己のこぶしを胸の前でがっしりと握りしめ、それをゆっくりと揺らした。
「まさに新たに化生りたもうた神……刃の神の、その頂点に立ちたるもの」
この鈍玉いかように活かすとも、サヒさまの思うまま。
これを鍬刃とするならば、磐のごとき土、氷のごとき土も掘りおこし、米に粟に麦に食物の恵みは湧き溢れることかぎりなく、
これを鏃とするならば、鹿にうさぎに山鳥に、面白いほど狩りがはかどり、尽きることのない多なる獲物にありつけ、
そして、これを剣とするならば、どのような悪者にまみえようともかならず害りさることができる妙なる剣となりましょう。
「なにせ、鉄のなかの鉄、鋼のなかの鋼。タタラヒメの命を燃やしつくし、奇跡のようにできあがったものゆえに」
しかし、サヒにはいまいちピンとこない。
鏃や鍬、剣といわれても、こんなもの似ても似つかない見た目だったからだ。
「どうすればいいのですか? この玉を。 土に埋めて水をやれば芽がでて、剣の実が生るというわけでもあるまいに」
「剣の、実?」
……それを聞いてヤマヒコは大口をあけて笑い、しばらく息も継げぬほど笑いこけた。
無理もない、金工人でもないサヒに鍛造などわかるはずもないのだった。
「なるほど、ヒメミコさまとはそのようなものか」
ひとしきり感心したように頷き、幼子に噛んで含めるようにいった。
「この玉を春日の社へもっていくがよろしい。この鈍玉を扱うにはただの金工人では間に合わぬ。かの地は霊力を持ちあわせた工人がいる」
「かすがのとの、とは?」
サヒは問い返した。
「この山を下り、山の辺に沿ってまっすぐ北の方角に行けばよい。ここからであれば女の足でも半日でつく」
ヤマヒコはまるで目が見えているように、北の方角を指さした。そしてにわかに我が身を抱くようにして、背を丸め、
「わしが十歳でも若ければ、この大仕事をやってのけただろうに。後の世まで残るであろうこの手柄を、他人に渡さねばならぬことが悔しくてかなわぬ」
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やがて。
サヒは鈍玉を懐に、饐えた匂いにみちた藤ヅルの館を、フツとともに辞した。
そのとき、羽ばたきの音が頭上をよこぎった。
「クロヒメ!」
黒い大きなカラス……―これまでどこに行っていたのか、それはクロヒメに違いなかった。
クロヒメはいったん頭上を行き過ぎて、空中で旋回し、ふたたび急降下した。
「あいつめ、鷹かなにかに成り上がったつもりか」
フツが小気味良さげに呟き、日焼けした片腕をかざす。
すると。
クロヒメはひとつ羽ばたき、かろやかにその上に降り立った。
「あんた、どこに行ってたのよ」
サヒが声をかける。
しばらく姿が見えなかったので心配していたのだが、クロヒメにとってサヒのいうことなぞどこ吹く風である。
艶めく羽をそびやかし、わざとサヒから顔をそむけた。……小面にくいことこの上ない。
その様子をみてフツがおかしそうに笑い……。だが、その一瞬後にその笑顔がしぼんだ。
「おおい! おおーい!」
遠く、こちらを呼ぶ声が近づいてくる。
「サヒ、こんなところにいたのか!」
叢をかき分けて現れたのはタケヒトであった。よほど急いで駈けてきたのか、汗を滝のように流し息を切らしている。
マキムクの宮から不埒な輩に麻袋に入れられ、かどわかされてからこっち、サヒは消息を絶っていた。タケヒトはよほど身の上を案じていただろう。
「よくここがわかったわね」
「わかるわけねえよ!!」
タケヒトの『嗅覚』に呑気に感心したりしているサヒを、間髪入れずタケヒトは怒鳴りつけた。
「お前の悲鳴が聞こえたと思ったら、どこへいったのか煙みたいに消えていなくなちまうし、沓だけ片方落ちてて……こんなの、なにかあったとしか思わないだろ! どれだけ探し回ったと思っているんだ!」
フツといるんならそういってくれよ……と、悔し紛れにぼやく。
そういえば、どこで落としたのか、沓の片方がいつのまにか脱げてなくなっていたのだ。
タケヒトは懐から鹿革の沓を取りだすと、サヒの足もとに跪き、足裏の土を払って沓をはかせた。
「……クロヒメが、お前をここまで案内したのか?」
フツは少し不本意そうに尋ねた。
「そうだ。こいつがいなけりゃ辿り着けなかっただろう」
タケヒトが答えた。
「…………」
クロヒメは、なんとなく気まずそうに羽繕いをする。
「こいつめ」
フツは指先でクロヒメの眉間を小突いた。
「しばらく姿を見せないと思っていたら……オレとお前の仲を忘れて、まさか、別のだれかを主人にしていたってわけか?」
『別のだれか』とは、まぎれもなくタケヒトのことを指していた。いつもの冗談めかした声音だが、フツの眼光は必要以上に鋭いものだった。
「それにコイツ、オレに内緒でいつのまにか巣なんぞ作り始めやがって……」
フツはサヒにだけに聞こえるように耳をよせ、向こうの山のいただきに立つ、とがった一本杉を指さした。
「オレという昔なじみがありながら、すっかり忘れたみたいに男とよろしくしてたんだぜ。あの木の上に巣をつくってさ。つい近頃知り合ったばかりの、どこのヤツとも知らねえカラスとよ」
フツは、クロヒメのくちばしを捻り上げる。
「おい、それで、卵はどうしたんだよ。大事な一粒種だったんだろ? 孵ったのか? 孵らねえのか? それともとっくにヘビに呑まれちまったのか?」
……アー!
卵のことを思い出したのか、それとも問い詰められて気まずくなったのか、凄まじく慌てた様子で、クロヒメは一声鳴くなり飛びたっていった。
ひらひらと黒い羽が数枚、宙に舞って、落ちた。




