刃のきっさき
タタラヒメ……サヒの母は、タタラ炉の暴発によって死んだ。
四肢は爆ぜとび、髪も肌も熔けおち、そのすえに骨すらも残らなかった……
サヒは思わず背を丸め、拳で胸をおさえた。
ヤマヒコの話を聞いているうちに、そのときの情景がまるでこの目で実際に見ているかのように、まざまざしく蘇ってきたからである。
なんということ……
母は、火で焼き殺されていたなんて。
母の肉体が炎の中で悶え苦しむさまが、サヒは鮮やかに思い描くことができた。
いま見てきたように、鮮やかに。
マキムクを襲った戦でも、燃える炎に襲われ、火だるまになって死んでいくたくさんの人々をサヒは目撃していた。
累々《るいるい》と折り重なる、焼け焦げた死体……―
脳裏にこびりついた、忘れたくとも忘れることなどできない、戦の記憶だった。
「サヒ……?」
いち早く、異変を感じとったフツ。
「サヒ!!」
さっと傍らへ寄り添い、こわばった肩を抱きとめる。
そのおかげで、サヒは失いかけた意識をなんとかつなぎとめることができた。
(……ありがとう、フツ。……大丈夫)
サヒは言葉を飲みこんだまま、肩に置かれたフツの手を握り返した。
『……人々に吊し上げられ、金の冠も、頸玉も、衣さえ剥ぎ取られ、最期は、頭を潰されて死んだそうな。ヤマト随一の巫女だったか知らぬが……無惨よの………』
いつだったか、タノウエヒメがそんなふうに母の死を嘲弄したが……やはりそれは真実ではなかったのだ。
母の死が間違いないものとするなら、サヒにとってこれは喜ぶべき報せなのだ。
たぐいまれなる力をもった大いなるマキムクの巫女と呼ばれた我が母は、その名に恥じぬ死にざまであったのだから。
………しかし、身罷ったことは真実であった。
母はすでに、常夜の国へいってしまったのだ。
もし、母がいまだ存命であるなら、これほどまでに荒れ果てたヤマトの国内を、マキムクの凋落を、黙って見過ごすはずがない。
娘をひとりぼっちで放りだし、自分だけどこかに姿をくらますことなど、ありえない。
だから。
母の死は、心のどこかでわかっていたことだった……
サヒは唇をきつく噛み締め、込み上げる涙をのみこんだ。
こうしてはっきりと、揺るがぬ事実として眼の前につきつけられると、腹の底を闇に撫でられるような深い孤独と、心細さが沁みてくる。
「マキムクの王になりなされ」
ヤマヒコがいった。
サヒはどきりとして顔をあげた。
ヤマヒコは光のささない目を開き、火に焼けて固くなった顔を歪めるようにして破顔している。
「マキムクがどのような惨状にあるか、ここに隠れ住むわしでさえ知らぬはずはない。マキムクに相応しからぬ者どもを追い払い、穢れた血を叩きだすのがよい」
ヤマヒコはきっぱりと言い切った。
「そして……失われたヤマト鍛冶を、タタラ炉の神火を、いま一度、熾したまえ」
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ヤマヒコはそこで、サヒの傍らに控えるフツに向けていった。
「そこなお人、悪いが、目の見えぬわしの代わりに、あの棚上にある木箱をとっておくれ」
フツは、ヤマヒコの指し示す棚の上、なにかよくわからない道具が雑多に並べられたものの奥の、ホコリとカビにまみれた木箱、それを手に取った。
「!!」
とたん、フツの手から箱が滑りおちた。
それはすさまじい音とともに床に叩きつけられ、木箱がたまらず砕け散った。
腐った木の破片のなかから、ごろりと出てきたのは、赤ん坊の頭ほどもある大きな鉄の塊であった。
「フツ?」
箱を取り落としたフツは、足の先から頭の先まで、雷に打たれたように震えはじめた。
ガクガクとわななき震え、耐えきれずにその場からとび退いて四つん這いになった。獣がするように身を低く構え、全身の毛を逆立てた。
肩口に汗の玉がにじんでいる。
「これはな、タタラヒメさまが身罷った最期の炉で作られた『鈍玉』でございます。いつかタタラヒメさまが黄泉がえり、ふたたびこの現世にお生まれになるまでしまっておくつもりでございました。そんな並々ならぬ玉……、只人の身ではもてあます玉でございます」
「にびだま?」
はじめて聞く言葉に首をかしげるサヒに、ヤマヒコは頷き、
「鉄の業物を作るもととなるものでございますよ。これは鈍玉のなかでもとくに硬く、大きく、わしでさえ見たこともない強い力を感じる玉で、おそらくタタラヒメさまのタマシイが火と熱とに溶かされ、宿っているのでございましょうな」
サヒは、恐る恐る、手をのばす。
フツが喉の奥で、獣のごとき唸り声をあげた。
「なあに、触れてごらんなさい。なんら案ずることはない。あなたは厳き力を受け継ぐ方だ」
そっと触れると……ヤマヒコのいうとおり、サヒには痛くも痒くもなかった。
ずっしりと冷たい重みが両手にのしかかる。
「これを、わたしに?」
与える側のヤマヒコのほうが、むしろにこにこと喜ばしげであった。
「不躾ながらお尋ねするが、サヒというのは忌名ですかな?」
なにかの拍子にフツが「サヒ」と名を呼んだのを、ヤマヒコは聞きとめていたのだ。
いいえ、とサヒは首をふり、
「サヒは幼名のようなもので……、忌名を持つような大層な身分では……」
と口を濁した。
ヤマヒコは興をそそられたように「ほう」とため息をもらし、大きく息を吸ったかとおもうと、そのまま謡いはじめた。
とても老齢の声とは思われぬ、深くのびた、よい声なのである。
火祇のうしはくヤマトのクニじゃ
タタラ炉に沸きたつ鉄の
沸きたつ鉄の
おしはぶれ鐸のスズよ
その堅き矛はや
その美し刃はや
タタラ炉の斎謡であった。
うたいおえるなり、ヤマヒコはたまらず、わっと泣き伏した。
「年老いると、いけません。どうも涙がもろうなって。ただ、わしは嬉しうてかなわぬ……」
ひとしきり泣き、涙をぬぐい、
「いまようやく心得ることができました。あなたさまにお会いできることは、はるか先から決まっておったことなのだと。百年にわたり口に馴染んだこの謡には、あなたさまのお名がしっかりと刻まれているではありませんか……」
サヒというのは、よく研ぎ澄ませた鉄の刃物のきっさきのこと。
頑丈な鉄の刃は、絡みあったツルを断ち、根を伐り、凍った土をも掘り起こす。
木の鋤刃にも竹の鍬刃にも敵わない、大いなる恵みを土より生みだすことができる。
イスズの『スズ』とは鉄のこと。『サヒ』とは鉄のやいばのこと。
この年若い乙女につけられた二つ名のどちらもが、鉄の神をことほぐものであるとは。
大いなるちからを宿す鈍玉の持ち主として、これ以上ふさわしい者があるだろうか。
「でも……」
ただ、サヒはひとつひっかかることがあった。
死んだクマワニから聞いたはなし――。
『サヒさまの名は、佐葦(※ヤマユリの古名)の花咲く宮から名付けられたのですよ……』
すくなくとも鉄やら刃やら、そのような雄々しげな名だとは聞いていない。
するとヤマヒコは、
「なあに、根っこは同じことです。佐葦の花は鉄穴流しに適した神山に咲くものでございます。鉄を根から吸いあげ美しく咲く。いわゆる鉄に養さるる花……」
といい、呵々と笑った。




