23話 休憩
社内規定では、アルコール類は常務12時間前に飲んではならないとなっているが、ほとんどの人が前日には飲むのを控えている。乗務員は各自でアルコールチェッカーを持っていて乗務前に必ず数値を確認する。ここでアルコールが検出されようものなら...。うん、考えたくもない。
奏は元の体の時からお酒に強くなく飲んでも甘い酎ハイを少し楽しむ程度だった。なのであまりお酒に関心がなく、最近は外見のこともあり一切飲んでいない。
千歳駅で電車を下りやってそうな店をとぼとぼと探す。結構多くの店がまだ営業している。とりあえずご飯にはあり着けそうだ。ていうかなんでこんな天気なのに電車走ってるんだよ。
しばらく歩いたところに程よく賑わっている店を見つけ暖簾をくぐる。
「いらっしゃっせー。1名でよろしいですか?」
「はい。ここいいですか?」
カウンターの1番端を指さすと店主? は、どうぞ〜。と一言言って刺身の乗った皿の端にわさびを盛り付け、奥のカウンター席に座る人の前に置く。
上着を足元の籠の中に入れ、メニューを眺める。
チラッと周りのお客さんの机を視界に入れると、刺身料理や揚げ物、牡蠣の大皿など色々なものが視界に入ってくるが、今日の目当ては海鮮丼だ。
「すみません。海鮮丼の並1つお願いします」
「並? こんなに食べれるかい嬢ちゃん」
奏の前に、全く両手に収まりきらない丼を置いて量には自信があると言わんばかりのドヤ顔で確認される。
「やっぱり小さいので...」
「あいよ。ちょっと待ってね」
流石に食べきれない量が出てきても困る。少ない量でも満足な満腹感が得られるのはいいが、時々出された量を食べきれないことがあるのでそういう点で不便さを感じてしまう。
みんなは少ない量で満足してしまう体か、満腹になるまでかなりの量を欲してしまう体、どっちがいい?
「お待ちどうさん、海鮮丼ハーフ」
「うお、もりもりだ。いただきます」
さっき見た丼よりふた周りほど小さくなった丼に溢れんばかりの海鮮がぎっしり詰まっている。
「ご飯は並の半分くらいだけど、刺身は2/3くらい乗ってるからな、ほいこれサービス」
「ありがとうございます」
丼ぶりの隣にお皿にのったあっつあつのえび天が1尾。
こんなの美味いかめっちゃうまいかの二択でしょ、と思いながら早速天つゆを少しつけ口に運ぶ。
ホクホクぷりぷりなエビさん。美味しいです。
海鮮丼も1口。サーモンを醤油につけてお米と一緒にパクり。
ほんのり冷たい刺身に旨みが凝縮されている。酢飯がこれまたうまい。
夢中になって食べていたら、気づいたら丼の中が空に。
これだったら並でもいけたかもしれないと思ったが、いつの間にか入店しカウンター席に座った客の前にある出来たての海鮮丼を見て流石に無理だと悟る。
温かい緑茶を飲んで一息つくと、息と一緒に今日の疲れが抜けていく。
「嬢ちゃん。今日は少し早く店閉めるからラストオーダーの時間になっちゃうんだけど何か欲しいものある?」
大丈夫ですと言おうと口を開こうとすると、
「お、お嬢ちゃん〜? この店来たなら茶碗蒸し〜、食ってかな」
5人掛けのカウンタ席の一番左に座る奏の2席右側にいる酔っ払ったおじさんが声を上げる。
顔を真っ赤にしてなお日本酒をぐびぐび飲み続けてる。
ぐびぐび飲む酒ではないと思うのだが...。
「幸助、流石に飲み過ぎ。明日に響くよ」
店主が名前を知っているということは常連なのだろう。
店主は幸助さんの前に水を置いたが、幸助さんは一瞬でそれを飲み干しまた空の酒瓶に手を伸ばし「もう一本」なんて言っている。全く話を聞いていない。
「茶碗蒸しおすすめだよ〜。お、俺奢ったるからさ〜」
店主はため息をついて奏に「どうされます?」と尋ねる。
流石に断る雰囲気ではないので「ではいただきます」と答える。ていうか、そこまで推されたらどんな茶碗蒸しなのか気になってしまう。
「幸助、本当にラスト1本だからな。茶碗蒸しもやるから」
「お兄ひで〜よ。もう少しだけ...。いただきま~す」
兄弟かよ。
「はい、お嬢ちゃんも茶碗蒸し、幸助頼むから明日空港遅刻しないでくれよ」
「分かってるって〜。正午出発だろ~? 大丈夫大丈夫」
「飛行機が飛ぶのが正午だからな。10時には迎えだぞ」
「え〜早すぎ」
「当たり前だろ。電車じゃあるまいし」
奏も大きく頷く。
茶碗蒸しの出汁と卵の温かさが体にしみ渡る。
美味しい。
「どこかお二人でご旅行でも行かれるんですか?」
何か特別大きな準備をしている様子がないので尋ねてみると、店主が答えてくれた。
「ああ、こいつの一人娘が九州の方で結婚式やるって言うから」
娘さんいたんだ。
「だからさ〜、今日は飲まなきゃやってらんないんだよ〜」
「でも酔っ払ってると明日飛行機乗れなくなりますよ」
「え、そうなの?」
幸助はお酒を飲む手を止め、酔いの70パーセントが吹き飛んだ顔で奏をみる。
「ええ。娘さんの晴れ姿見られなくなりますよ」
「そ...、それは困ったなー」
「じゃあこのお酒はもういらないね」
「...。はい」
店主が酒瓶を回収すると幸助は何も言わず黙々と茶碗蒸しを食べ始めた。
奏もニヤニヤしながら茶碗蒸しを食べ続ける。
やっぱり美味しい。
茶碗蒸しを食べ終わり、お茶を飲み干すと上着を着てポケットから財布を取り出す。
「大将、ご馳走様でした」
「お会計あっちでお願いしますね」
店主は入口の隅にあるレジを指す。
「幸助さんも茶碗蒸しご馳走様でした」
「じゃあねお嬢ちゃん。また北海道遊びに来たらここ寄ってくれよ」
「いつ私が観光客って?」
「海鮮丼の大きさにビビるやつは皆よそもんだ」
「なるほど...、ではまたいつか寄らせて頂きます」
店主がレジを打つ間に奏は小さな声で話しかける。
「あの、多少酔っ払っててもご搭乗できますのでご安心ください」
「あ、え、そうなの?」
なに急にそんなにかしこまって、という顔を一瞬したがすぐにいつもの表情に戻り「またお越しください」と奏を見送ってくれた。
また来たい。確実にそう思わせてくれる店だった。
次は自分の番だ。
ていうか寒い。滑るし、肺が凍りそう。
早く部屋戻ってお風呂入ろ...。
飲酒した状態でのご搭乗可能です。しかし、上空に上がると気圧が下がり体調を崩される方や、非常時に自力で動けないような方がいらっしゃると大変危険な為、ご搭乗をお断りさせて頂く場合がございます。何事も程々に。