21話 着陸復行
沖縄、伊丹便は順調だった。しかし千歳便は“予定通り”順調とは言えない。伊丹を出発し、富士山を超えた辺りから雲行きが怪しくなり、着陸復行している機体の情報もちらほら入ってきた。
着陸復行した際の手順の確認、代替空港候補のノータムのチェックをしながら降下を待つ。
国際線より国内線の方が乗務中は忙しいと奏は思う。がしかし国際線は国際線でそれ以外の準備が大変だ。
「視程は...。そんなに悪いわけではないか」
「問題は風ですね」
1時間おきに更新される気象情報を聞いて、とりあえず降下するかどうかを議論する。
結局はコンピュータが算出した最も効率よく降下できる地点から降下を開始し様子を窺うことになった。
ある程度降下すると機体がカタカタと揺れだしたので、早めにシートベルトサインをつける。
奏はコックピットの照明を消して、月明かりで浮かび上がる雲の様子をじっと見る。雷で雲が明るく照らされるタイミングもあるので見逃さない。レーダー画面で表示される雲の様子と照らし合わせ、必要であれば飛行ルートを変更する。
「左かな、リクエストヘディング330で」
「わかりました」
小出は管制官に方位330への旋回許可を求める。旋回量が少なければ少ないほど、飛行距離が減るので、できるだけ早い段階で小角度の旋回を行い遠くの対象を避けるようにする。
雲に近づくと揺れがだんだん強くなってくる。上下にも揺れ、内臓が持ち上げられる感覚もあるので決して気持ちいいものではない。
雷も発生していて、視界が一瞬眩しくなる瞬間もでてきた。
雲の中に入ると視界は真っ暗になる。気象レーダーに映らない雹などがエンジンを損傷する可能性があるので、エンジンの異常振動が発生していていないかこまめに確認する。
管制官から減速指示を受けた奏はスポイラー(スピードブレーキ)に手をかける。スポイラーを使うと燃料がもったいないので、欲をいえば降下率を抑えて減速したいところだが、雲のある高度に居続けるのは誰にとってもいいことではない。
空域がアプローチからタワーに切り替わり、タワーにコンタクトする。着陸継続許可をもらい、本格的に減速していく。機体の揺れはさらに大きくなり2人の緊張感が増していく。
「あ、見えたエアポートインサイト」
小出が指さす先に空港の明かりが見えたことを奏も確認する。
「高度下がらない。もうちょい頑張れ」
奏は飛行速度の設定を少し大きめに変えオートパイロットが降下率を大きくするよう促す。
雲で再び空港が見えなくなり、目の前の計器の情報だけで空港に近づいていく。
「グライドスロープキャプチャー」
「フラップ20」
「フラップ20」
「ギアダウン」
「ギアダウン」
「チェックギアダウンス。リーグリーン」
機体は右旋回し滑走路に正対するよう進路をとるが、
「オーバシュートしてる」
「多分立て直せないな。オートパイロットディスエンゲージ」
奏はオートパイロットのスイッチを切り大回りしてしまった機体を正しい進路に立て直そうとする。
「フラップ30」
「フラップ30」
「ランディングチェックリスト」
「ランディングチェックリスト」
小出はディスプレイにチェックリストを表示させ、全ての項目にチェックがついているか確認する。
「ランディングチェックリストコンプリート」
少し早めのランディングチェックリストが終わったここからが本気の勝負になる。
「ロースピード」
追い風が吹き、対空速度が小さくなったことを確認し、小出は声に出して報告する。
奏は右手で出力を上げると同時に、少し機首を下げ速度を上げようとするが、今度は急に横風に変わり、オーバースピードになってしまう。
トリムとエンジンのパワーで姿勢を維持し、操縦桿で速度、進入角度を調整していく。
「オーバースピード」
機体が左に方向こうとしたら右に操縦桿を捻り、速度が上がれば操縦桿を引きパワーを絞りピッチダウンを促し、速度が下がれば操縦桿を押しエンジンパワーを上げピッチアップを促す。
これらを自転車を運転するかのように無意識にこなしていく。
右から吹く風が強く、機首が右に向いてしまう中奏はHUD越しに滑走路をとらえ続ける。
((minimums))
「コンティニュー」
「チェック」
「スレッシュホールド」
((50))
((40))
((30))
((20))
((10))
「頼む。落ちてくれ」と願いながらエンジンのパワーを絞り操縦桿を引く。
しかし、機体は地面に跳ね返される風に煽られ持ち上がってしまう。
((5))
「ダメ。ゴーアラウンド」
奏は一言発してスロットルのTO/GAスイッチを押す。
地上が近く傾いてしまったら危険なので、両手で操縦桿を握り慎重に操作する。
エンジンが反応しパワーが上がれば、機体はものすごい勢いで上昇していく。
「フラップ20」
「フラップ20、ポジティブレート」
「ギアアップ」
「ギアアップ」
小出はフラップとギアレバーを操作する。
管制官に着陸復行したことを伝え、デパッチャーと交信を開始する。
着陸復行した際のルートも決まっているのでそれに沿うように操縦桿を操作し、安定した航路まで行ったらオートパイロットをつける。
「ユーハブコントロール」
「アイハブ」
操縦権を小出に譲渡し不要な灯火類を消すため右手を伸ばした。
なかなか厳しいです。
次回 荒れる新千歳です。




