17話 ロンドンから帰宅2
やっぱり日本の夜は綺麗だ。
そんな事を考えながら外の風景を眺められる余裕があるのは、現在旋回待機中だからである。
この時間の成田は混むので、他にも待機している機体がちらほらいる。
「この様子だとまだ2、30分は待つことになりそうですね」
副機長が風景に黄昏ている奏に声をかける。
「燃料すこーしだけ多めに積んだし、まだ大丈夫だよ。着陸復行してまた順番待ちの沼にハマらなければね」
「う、頑張ります」
副機長は気合を入れて白いグローブを付けて、手を組んでストレッチしている。
奏は後ろの席から計器や副機長の操作を見てマニュアルにはない操縦のノウハウを伝える役割。
キャプテンは左席で無線を聴きながらゴーアラウンド後のルートの再確認をしている。
アプローチ許可が降りると、機体は旋回するのをやめ進路を取りながら徐々に降下していく。前の機体に追いつかないよう速度を下げ、でも後ろがつっかえてはいけないので悠長にはしていられない。
ローカライザー、グライドスロープに乗り滑走路が見えて来る。
着陸時の機内はシュールで、聞こえてくるのはエンジンの音、窓を打ち付ける風の音、副機長の操作するトリム、無機質な航空無線、コックピット内で流れる自動音声コールくらいだ。
「ランディングチェックリスト」
「ランディングチェックリストコンプリート」
1000フィートを下回った辺りでオートパイロットを切る。
オートパイロットが切れた警告音がコックピットに鳴り響く。
決心高度に達すると副機長は続行とコール。
アプローチライトをなぞり、滑走路端を通過。接地位置を目掛けて機首を上げる。
少し優しめにメインギアが接地するとスポイラーが自動展開され副機長は逆噴射に手をかける。騒音防止のためアイドルリバースのみ行い、機体は主にタイヤのブレーキの力で速度を落としていく。
「おー、私より上手かも」
奏がそうつぶやくと機長も頷きながら管制とやりとりを始める。
副機長は静かに照れながらハンドルを握り誘導路へ機体を進める。
長い誘導路を走り終え、駐機場に機体を停めてパーキングブレーキをかける。
不要な灯火類は消しエンジンを止める。
奏はシートベルトを外し体をリラックスさせる。
少し眠くなってきたが、まだフライト以外の仕事が残っている。
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「そういえばキャプテン、今向かってる店って...」
副機長がタクシーの助手席から右後ろに視線を向け、声がキャプテンに届くよう少し張りながら話しかけると、キャプテンは人差し指を立てて後部座席に座る奏に目線を置く。
「寝ちゃいましたね」
「まだしばらくかかるからそのままにしとけばいい。今日行くのはおすすめの寿司だ」
「お、いいですね自分カンパチが大好きです」
どんな店に連れられるのか分からない副機長は少し身を固くする。
「心配せんでもこいつが奢ってくれる、それにそんな堅苦しい店じゃない。おじさんが作ったプレゼンのスライドが最近の若い子にちゃんと刺さるものか少し見てもらいたいだけだ」
そう言いながらキャプテンは奏が手に持って落としかけているスマホを手に取ってポケットにしまう。
ていうか奢りだなんてとんだとばっちりである。
「個室がある雰囲気のいい店ですよね。私も寿司が食べたいって言うお客さんにたまに勧める店なんですよ」
「運転手さんもご存知でしたか、あそこ私の友人が店主やってる店で隠れた名店なので、程々に勧めていただけると嬉しいです」
「そうさせて貰います。子供に払わせちゃダメですよ」
「やっぱりダメですか。ほら奏くん、そろそろ着くよ」
「ん〜起きてますよ...」
目を瞑ったまま答える奏の肩をキャプテンは軽く揺らす。
「よだれ垂れてるぞ。あ、お釣りは大丈夫です」
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美味しいお寿司を食べた後、3人はノートパソコンの前に並んだ。
あくまでもパイロットに興味がある人ない人含めた全体へのプレゼンなので、どこまで話すかが結構重要だったりする。マニアック過ぎても物足りないと感じさせてもよろしくない。
スライドを1枚づつ見ながら説明文も確認していく。
「とりあえず、入社してからパイロットになるまでの説明はこれでよしと、あとは雑学って言うか、調べてもなかなか出てこない主観的な紹介をどう入れるかかな。なにかある?」
キャプテンがポケタンとしてる奏から意見を引き出そうとする。
「実際に道具見せるのはどうですか?例えば...」
奏はフライトバッグからハンディライトを取り出す。
主に夜の外部点検の際に使うライトでとても明るい。電源を入れ天井の柱を照らすと、木目がはっきりと見える。
「確かに、それは面白いかもですね。僕は航空無線聞かせるのもありだと思いますよ」
「あー、私最初本当に何言ってるかわからなかったからなぁ。最近の若い子達英語やってますもんね、やっぱり聞き取れるもんなのかな」
奏がほっぺをテーブルにペタリとつけ空になりかけた水の入っコップを、人差し指で傾けながら答えると、
「最近の若い子ねぇ」
と少しイヤな視線が飛んでくる。
「まあぶっちゃけ質疑応答で尺稼ぎ出来たらOK、出来なかったら詰みなんだけどね」
身も蓋もないことを言うキャプテンはほっといて、
「有馬さん、茶碗蒸しでも食べます?」
「...。食べます」
「じゃあ3個で」
キャプテンも置いていかれないよう急いでタブレットの前に身を動かし、数字を1つ増やす。
ちなみにその日の会計はキャプテンと奏のジャンケン3回勝負。接戦の後、奏は財布からカードを取り出した。
副機長の見えないところでキャプテンから諭吉を1枚もらっています。
マニアック過ぎても、物足りないって感じさせてもダメ。自分で書いときながら、グサグサ刺さりますね。
無線のやり取り英語で書き始めたらキレますよね?
ってことで程々に...しようかな?




