閑話 奏の仕事とお金
二人からいろいろなことを教わった。
正直少し大変だ。少しどころじゃない、しっかり大変だ。
着替えてココアを三人分作る。
股間が落ち着かない。
「なんというか、凄い質素だね」
咲は奏の部屋を見渡してどこかガッカリした様子でつぶやく。
独身男性の部屋にしてはだいぶ落ち着いたいい部屋だと思うが...。
「なんかもうちょっとお金持ちチックな部屋かと思ってた」
千尋お前もか...。
「これが普通です。咲さんのお父さんがお金持ちなだけですよ」
「え?咲ちゃんと奏ちゃんのお父さん同じ仕事じゃなかったの?」
「拓也の場合は株でだいぶ儲けてる。若い頃から始めてたらしいから、もしかすると複利の力で仕事の給料より大きいお金が入って来てるんじゃないかな?知らんけど」
「奏ちゃんのお父さんはやってないの?」
「始めましたよ。でもまだ10年経つか経たないかくらいなので」
複利の力マジで舐められない。
「ちなみにパイロットって給料高そうに感じるけど、月ごとの飛行時間によって給料変動するし、毎月だいたい50万は税金で引き抜かれてるから」
「その、大変なんだね」
「まあ好きな人ならいいのかもね」
「そういえば奏ちゃんのお父さんは?お仕事?」
「…。た、たぶん」
「知らないんだ」
咲は苦笑する。
「そもそも私一人暮らしですし」
「はい。普通だと思った私がバカでした。いや、家族で住んでてもすごすぎるけど」
千尋は深いため息をつく。
「え、じゃああそこの部屋のキャンプ道具の山も奏ちゃんの?」
「み、見たんですか!?」
あの部屋には仕事の書類やら制服やらいろいろ置いてあるのだが。
「あ、でもキャンプ道具見たときにお父さんの部屋かなーって思ってすぐ閉じたから大丈夫。散らかってるなーとか思わなかったから...」
咲は口角を挙げながら遠くを見た。
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「あー、さっむ」
奏は反射ベストを羽織りながらボーディングブリッジの階段を下る。(お客様がターミナルから飛行機まで渡る通路。乗務員用の外に降りれる階段が付いてます。)
気付いたらもう11月。
緊急脱出訓練など、特別な訓練も終えて拓也との強制ペアも今日から解消された。余程のことがない限りこれから一緒になることはほとんどないだろう。少し寂しいような。
「ヒイ゛ー...さっむ」
ペンライトを使ってタイヤを照らし亀裂が入っていないか確認する。ブレーキ、ピトー管、オイル漏れが無いかなど順番に見て回る。
メカニカル的なものはそこまで詳しくないので、明らかに壊れている部分が無いか確認していく感じだ。違和感が無いことが割と重要だったりする。
エンジンも念入りに確認する。ブレードにヒビや傷が入っていないか、オイル漏れ、臭いの違和感を感じないか。
エンジンの底を地面と擦ってないか。
エンジンと地面の間はそんなに広くなく奏もしゃがみこまないと底は見えない。
翼端まで歩きながら主翼を確認し、翼端のライトがちゃんと光っていることも確認する。
B787の翼端は飛んでいない時は低い位置にあるが、飛ぶと客室の天井よりも高い位置に反り上がる。
何となく11月は空が1番穏やかな気がする。
春は春一番、夏は積乱雲、冬は雪。
今日はそこまで揺らさずに目的地まで向かえそうだ。
まあ今日中に目的地にはつかないんですけどね。
パイロットは操縦できる飛行機の種類が決まっている。
例えば奏の場合はB787-8、-9、-10のみ操縦が許される。
B787は国際線も担当するため、当然パイロットも国際線に常務することになる。
逆にいえば、短距離路線用の機種の免許を持つ人は滅多に国際線を担当することは無い。
(もちろん例外あり)
時差が苦手で体調に支障をきたす人や、英語が苦手な人はあえて短距離路線用の免許取得を希望する人もいる。
これから奏が向かうのはロンドンのヒースロー空港。
今はウィンタータイムなので、東京との時差は9時間。フライト時間は成田から約13時間。
4日間かけて往復するのだが、そのフライトが終わった2日後には次の乗務が待っている。それが国際線で時差が大きいと絶望するし、国内線でも3、4フライト飛ばさないといけないので、少々大変だ。
月間のフライトタイムは100時間以内と決められていて、だいたい平均70〜85時間と言ったところだ。
前月にスケジューラーからスケジュールが渡されるが、フライト時間を見て、70くらいならその月はそこまで忙しくない。90を超えてくるとめっちゃ忙しいってなる感覚だ。
(100時間以内はあくまでフライトタイム(ドアが閉まってから開くまで)であってそれ以外の業務は含まれない)
他にも細かいルールはあるが、まあスケジューラーにお任せ。
給料はフライトタイムの時給みたいな感覚なので、今のこの外部点検は給料にはならない。
だからって疎かにはしないけど。
さて、コックピットに戻りますか。他のみんなが待ってるし、ブリーフィングも急がなければいけない。
お金持ってるのに証券持ってない人。
今すぐ勉強してください。
若ければ若いほど有利です。
時間という力は簡単には覆りません。
複利を舐めないで。
別に賭けをしろとは言ってないです。
日本はもう国民全員を守る力を持ち合わせていない。
いざと言う時あなたのお金、財産を守れるのはあなただけだと言うことを日本人はもっと自覚するべきです。
ってことに気づいたのが10代だったらめっちゃ良かった。
もし気付けてたら今どき私の資産は2億を超えてる。
(使わなかったらの話だけど)
興味がある人は自分でしっかり勉強して、健全に長期的な目で、短期間で得をしようなど考えなければ、少なくとも銀行にお金を預けているよりはずっと得できるはず。




