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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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95話◆魔女の追憶 上弦

 ヴィンセントとサムにがっちり両脇を固められ談話室へ連行された。拉致といっても過言ではない。こうなったら観念するしかなさそうだ。右手はヴィンセントにしっかり握られていて逃げるのも難しそう。いや、逃げたところでまた悪漢に襲われるのが関の山か、と少し冷静になった頭で考えていた。


 肉厚のクッションがついた椅子にうながされ腰を下ろす。向かいにはヴィンセントがおなじような椅子に座り、その後ろに厳しい表情のサムが立っていた。


「……それで、なにが聞きたいのかしら」

「おまえのこと全部」

「……はぁ」


 アバウトすぎるでしょ。なにをどう話せばよいのやら。私が答えあぐねていると、サムが間に入ってくれた。


「魔女様のお名前はアドリアナ・マリア・ガルブレースで間違いございませんか」

「ええ、そうよ」

「こちらが調べましたところ、カルバートンに住民登録されているマリア・ガルブレースの名はその方お一人だけ。生まれ年から計算すると現在86歳になられるのですが、これもお間違いない?」

「詳しい歳は忘れちゃったけど、そう書いてあるんならそうでしょ。……女性に歳の話はタブーって習わなかった? あーやだやだ、これで『何歳かわかんない』って言えなくなっちゃったじゃない」

「それは失礼いたしました」


 ニヤリとほくそ笑むサムが憎々しい。役場まで行って調べたとかいやらしすぎでしょ。あとで覚えておきなさいよ。


「……生まれはカルバートンの端、今はローゼのあの家よ。両親は普通の人だけど、なんでかあたしみたいなのが生まれちゃったわ。そりゃあ昔から可愛いの天使だの言われて育ったわよ。うっかり変質者も寄せつけるぐらい。ヴィンセントと似たようなものよ」


 彼の幼少期なんて鼻血が出るほどかわいかったでしょうね。聞けば彼は苦々しい表情でこくりと頷いた。


「あたしの見た目を気に入って、まずカルバートンの町長が養子にしたいって引き取っていったわ。7歳くらいだったかしら。たぶん、自分の子どもと結婚させようとしたんでしょうね。きれいな服が着れるし、おいしいご飯は食べれるしで、あの頃は別になんてことなかったわ」


 ちょっと成人男性の目が怖かったけど、女の人たちだって優しかった。勉強もがんばれば褒めてくれたし、それなりに楽しく過ごせていたと思う。ただ両親と引き離されたのは寂しかったけど。


「……そうやって暮らしてたら、ある日カルバートンへ視察に来た貴族の目にとまってしまった。そこからあたしの知らない所でどんどん話が進んで、気づいたら領都の貴族街にいたわ。貴族の養子になったのが12歳だったと思う。ある程度の作法は出来てたけど、貴族のそれとはまた違っていて覚えるのが大変だった。周囲からバカにされたわ。『キレイな顔してるけど、さすが田舎の子ね』って。そしたら成長期で身体はどんどん女らしくなっていって、やっかみが酷くなっていった。カルバートンにいた頃もそういうのはあったけど、貴族のあれに比べたらかわいいものよ。ほんとあいつらいい性格してるわ」


 胸が大きくなれば、豚だのデブだの、挙句には淫売女なんて言ってきたあの令嬢たち。今頃どうしてるのかしら。きっとみんな死んでるわね。袖にされたからって逆恨みしてきた男たちも、不躾な目でジロジロ見てきた男達も、もし生きててもヨボヨボのお爺さんだわ。


「これでもね、一応は婚約者ってのがいたの。かっこよくて優しい人だったわ。一目惚れだなんだって言ってきて、貴族なんて大っ嫌いだったけど、その人と過ごす時間は穏やかだったわ。歯が溶けそうな甘いセリフには笑いが出そうだった。なんでもワガママ聞いてくれて優しくて……でも、長くは続かなかったわ」


 はぁ、と大きくため息をついて私は頬杖をついた。思い出すのも苦々しい。


「まあ、結果だけ言うと捨てられたの。信じてもらえなかった。信頼を得られるだけの行動をあたしもしてなかった。自業自得って言うのかしらね」


 ふふ、と自虐的に笑えば、ヴィンセントは顔をしかめる。心配しなくても本当にそうなのよ。バカな男が夜中に無理やり部屋に押し入ってきた。まったく知らない男だったけど、そいつは私の恋人だと言って狂気じみた目で迫ってきた。ベッドの近くにある陶器の水差しをわざと落として大きな音を出し、乱暴される前に人が来たのはよかったけれど……私を目の敵にしている使用人や貴族達がグルになっていて、婚約者がいるのに男を連れ込んだ、不義理を働いた尻軽女だ、とたいそう叩かれた。


 もちろんあの男とは通じ合っていない。だけど主張っていうのは悲しいかな、正しいよりも声が大きい方が強い。私がどんなに無実を訴えても、多くの人が声をそろえた間違いだらけの言い分が通った。


 タイミングも悪かった。婚約者はあの頃すごく嫉妬深くて、私が他の男性とお話ししているとすぐに怒った。信用がないのか「また色目を使った」「何人の男を誑かせば気がすむんだ」と語気を荒げた。別にそんなつもりはなかった、っていうのは建て前。確かにどうこうなる気はなかったけど、優しく接してくれる存在はありがたく利用していた。はびこる悪意や孤独に耐え続けるには、どこかで支えが必要だった。みんなが美しいというこの容姿を活用し、男を惹きつけて優しく甘い言葉吐かせた。みつがせた。承認欲求や優越感をそこで補った。


 だけど安易な接触は決して許しはしていない。噂のような毎晩男を取っかえ引っかえというのは違う。婚約者は何度もやめてくれと言ったけど、私はやめなかった。あの人の言葉だけじゃ、満足できなかったから。


 なんて嫌な女だったんだろう。


 そこに男を連れ込んだとみんなが口を揃えて言うものだから、あとはお察し。


「婚約は破棄された。カルバートンに戻ってきてからあの家にいるわ。貴族に限らず人と関わるのはうんざり。ってことで引きこもり魔女の完成よ」


 あの時ぶたれた左頬が痛んだ気がして、そっと手で撫でる。あれは悲惨だった。婚約者から見放されたのをいいことに集団リンチを受けた。叩かれて、蹴られて、たっぷりあった髪はざくざく切られて、ついでとばかりに着ていたドレスも引き裂かれた。気絶する前に見えたのは、主犯格の女。今思えば自分は決して手を汚さず、周りを扇動して思う通りにことを進めていた。


 私とは正反対。明るく誰にでも丁寧で、楚々(そそ)とした振る舞い、優しげな口調にふんわりほんわかした雰囲気。好感を持てる子だった。そう思っていた。弧を描くように唇がにっと上がると、声にならないように口だけ動かす。遠のく意識の中、私にはなんと言ったのかハッキリ見えた。


『 ざ ま あ み ろ 』


 明るいアンバー色。ヒマワリのような虹彩を持つ瞳は、確かに私をさげすんでいた。


 私は貴族の暮らしなんて求めてなかった。望まない世界に放り込まれ、愛され、蔑まれ、求められて、拒絶された。私が何をしたっていうんだろう、と嘆いたところで誰も助けてくれない。だから自分なりに必死で戦った。その結末はあまりに悲惨だったけれど。


 私はただ、おいしいご飯が食べられて、すごいねって褒められて頭を撫でられたかっただけなのに。


 次に目が覚めた時はカルバートンへ向かう馬車の中だった。老齢の使用人が気遣わしげに体調を聞いてくる。身体中が痛い。でもあちこち手当てがしてあって服も着替えていた。そこで里に返されたことを知った。表向きは難病を患ってということらしい。10年近く離れて暮らしていた娘が突然ボロボロになって帰って来た時、両親はどう思っただろう。怖くて顔が見れなかった。


「……はぁ」


 つい感傷に浸ってしまった。憐れに思われたくないからヴィンセントには言わない。もう70年近くも前のことだ。婚約はしていたけど解消になって田舎へ戻った。伝えるのはこれだけで充分。


 三度目のため息は、思ったより重たいものだった。

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