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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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93話◇騎士は秘密を知る

 表に引きずり出された男たちは、まるで見世物のように通りに捨てられていた。手足を縛られて雑に積みかさねてある。サムは番所の役人に事情を説明しているようだったが、私たちが遅れて路地から出てくるとすぐに駆けつけた。


「若様、おケガはありませんか」

「私はなんともない」


 拳で殴っていたら痛みもするだろうが、ほぼ蹴りあげていたから無傷だ。離れないようにと私に手を引かれたマリアは下を向いていた。


「……魔女様もご無事ですか」

「ええ」


 いささか声に張りがないが、マリアは無理に笑みを浮かべて答えた。サムは片眉を吊り上げて(いぶか)しげに見ていたが、ひとつ息を吐くとくるりと背を向けた。


「ならよろしいです。もうだいぶ時間が経ちましたし、一度別荘へもどりましょう」


 別荘への帰り際、騒動を聞きつけた商店街の人たちが心配して声をかけてくれた。あの三人にはここらの人も困っていたそうだ。


「お姉さんも災難だったね。ほら、これあげるから元気だして。もう悪いやつはいないからね」

「ありがとう」


 恰幅かっぷくのよい夫人に露店の食べものをもらい、マリアは小さくお礼を言った。離れないようにと繋いだ手を引き、私たちは海辺の別荘へと帰った。


「もう平気よ、ありがとう」


 そう言って笑うとマリアは私の手をはなした。泣いたせいか目は少し赤く腫れている。海が見えるバルコニーの塀にもたれかかり、彼女はにこりと笑った。


「びっくりよねー、こんなナリでも男って声かけてくるんだから」

「無理しなくていいぞ」

「してないわ。もう大丈夫」


 ぬるい潮風が吹き、マリアの赤い髪をなびかせた。辺りは陽が落ち始めたのか徐々に空が赤みを帯びてきている。


「……前にね、あんなふうに声をかけられると周りにいた人たちに言われてたの。また男を誘惑したとか、色目を使ったとか。どれだけ信用なかったのかしらね、あたし」


 このバルコニーには私とマリア、そして少し後ろにサムがいる。青い空色の瞳は不安そうに揺れ、塀にかける左手の小指にはめられた指輪に目がいった。私がしているものと同じようで少し違うその指輪。


 以前から考えていた。私がしている魅力を減らすまじないの指輪は元々マリアが持っていたものだ。なぜ彼女はそれを持っていたのか。サイズが小さいからとはさみで切られ、輪を広げてある。私のために用意したなら最初からもう少し大きく作ってもよかったはずだ。


「あなたが来てくれて嬉しかった。でもあんな所を見られて、がっかりされたらどうしようって怖くなったわ。男をたぶらかすはしたない女だってまた思われたら……そう考えてたらちょっと頭がパニックを起こしちゃった」

「おまえはそんなことしないだろう。むしろ誰よりも他人と距離をとりたがっている」


 この指輪はマリアが自分のために持っていたもの。そう考えるのが自然だ。そして少しずつ考えを掘っていくと、ある結論にいきつく。私は一歩近づきマリアの左手をとった。きょとんとした表情の彼女。うまく言葉が出てこないまま、マリアの小指にある金属のほそい指輪をなでた。


「……いいか?」


 なにを、とは言わなかった。しかしマリアはそれを察したのか、しばらく目を閉じて考えたあと、小さく(うなず)いてくれた。


 指輪をつまんでゆっくり抜いた。まるきり反対だが結婚式のようだと場違いなことを考えながら彼女の指からそれを抜き取る。その時、ひときわ強い潮風が通り抜け、赤い髪がふわりと宙へまった。


「……だからおまえは、あんなに私のことを気にかけてくれたんだな」


 私の目の前にいる女性は確かにマリアだ。しかし記憶にある彼女の容姿とは全く別物だった。それは心がざわつくほど妖艶で高潔な美貌。


 なんといってもその瞳の美しさには一瞬息をするのを忘れるほどだった。元から綺麗だと思っていた青い空色の瞳は、赤みを帯びた長いまつ毛に縁取られ、本物の宝石のように美しく澄んでいる。白くキメの細かい肌、意志の強そうな眉、赤く色づいた色っぽい唇。顔の作りだけではない。女神のような女性らしい身体つきは、服を着ていても目のやり場に困るほどだった。


 以前にマリアは言っていた。昔の自分を見ているようで放っておけなかったと。私と同じくらい、あるいはそれ以上に人の心を惑わす美貌を持っていた彼女は、自分の身を守るためにずっと指輪を身につけていたのだと痛いほどに理解ができた。


「……どう?」


 困ったように笑う姿に心がかき乱される。


「——美しい。ただ私の目には刺激が強すぎる」


 私は自分の指輪をはずし、マリアの指にはめた。すると先ほどからはいくぶんか落ち着いた美しい女性が現れた。波打つ豊かな赤毛がふわりと風で舞っている。彼女が身に付けていた指輪は、私のものよりもっと効果が高いらしい。


「私は貴族という立場が自分自身を守ってくれた。もしかしておまえは、だいぶ苦労したのではないか?」


 私は由緒ある貴族の子息であるから庶民はおいそれと手出しはできない。もちろん貴族ゆえのわずらわしさはあるが、それでも守られるための地位も、守るための金も人材もあった。立場が弱いであろうマリアは一体どれほどの苦労を強いられたのだろう。


「……そうね。いろいろ大変だったわ。でももう過ぎたことよ。今は落ち着いて暮らせてるもの」


 にこりと笑うマリアの美しさに胸が痛くなる。彼女は自分の指輪を外すと、私の手を取り小指にはめてくれた。また現れたマリアの慣れないその容姿に胸がドキドキとうるさく高鳴る。


「はい、はめて」


 自分の左手を差し出してマリアは言った。その容姿で言われるとひれ伏してなんでも聞いてしまいそうだ。私は恐るおそるその手をとると、指輪を元の位置に戻す。


「ふふ、なんだか結婚式みたいね」


 その顔で心臓に悪いことを言うのはやめてくれ。指輪を付ければあっという間に馴染みのあるいつもの彼女に戻ってくれた。


「……こっちの姿の方が落ち着くな」

「さっきのは内緒にしてくれる?」

「ああ、約束するよ」


 マリアは少しだけ嬉しそうに笑ってくれた。まるでずっと抱えていた重荷の一つを手放したかのようだった。


 アドリアナ・マリア・ガルブレース。


 領主様が以前言っていたその名前が脳から離れない。ずいぶん昔にその美貌ゆえ貴族に翻弄されたかわいそうな娘。その名前を出した途端、マリアは様子がおかしくなった。関係があるのは間違いない。


 ざぁっと遠くから波の音が聞こえてくる。

 太陽は少しずつ傾いていった。



 ◇



 夕食は別荘にあるダイニングルームでとるので、それまで休憩や準備のためにお互い部屋に戻ることにした。部屋に入りドアが閉まると同時に、私は床にへたり込んだ。


「心臓に悪い。なんだあれは……」

「心中お察しします」


 あれとはもちろん先ほどのマリアだ。なんとかあの場は気合で乗り切ったが、もう限界だった。顔に熱が集まってるのが自分でもよくわかる。両手で熱い頬をもみもみと揉みほぐした。


「あんなに華やかで(あで)やかな女性、今まで見たことがない。女神がそのまま現世(うつしよ)に現れたかのようだ。今でも胸が痛いぞ」

「若様も似たようなものですよ」

「そうなのか?」


 それなら周りはさぞや大変だっただろう……。


「サムも秘密にしてくれるな」

「はい。若様がそうおっしゃるなら」

「……おまえも心惹かれたか?」

「あいにく、人並み外れた美しさは見慣れておりますので。多少おどろきはしましたけど」

「実はお前たちの仲がよいのは知ってるぞ」

「おたわむれを」


 ふんと鼻を鳴らした侍従は、誠に心外であるという顔をしながら返事をした。私はやっとの思いで立ち上がるとソファーに腰掛けた。


「ところで、以前アドリアナ・マリア・ガルブレースについてサムに調べてもらったな。あれから他にわかったことはあるか」

「少々お待ちください」


 サムは胸元から手帳をとりだすとパラパラとめくる。ページの途中でピタリと止めると視線を素早く上から下へ動かした。


 クライブは言っていた。マリアには秘密があり、それを知られるのをひどく恐れていると。あの美しい容姿がその秘密なのかと一瞬考えたが、どうもしっくりこない。秘密を暴くのはきっとマリアの望む所ではない。しかしそこへたどり着かないとマリアはいずれ私の前から姿を消してしまう気がしてならない。

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