90話 ◆魔女は招かれる
ついに決勝進出の二名が決まった。
西方ヴィンセント・グスクーニア。
東方ディーバ・ウィルソン。
会場は大いに盛りあがり、両者が入場してくると場内が震えんばかりの歓声があがった。
「やれ! ディーバ!」
「がんばってー! ヴィンセントさまぁーっ!!」
磨きぬかれた銀色の甲冑はヴィンセントだ。スラリとした金属鎧は所どころに細かな意匠がほどこされ、麗しの美貌を持った彼にぴったり。一方のディーバ・ウィルソンの防具はいぶし銀の渋い光沢を放っていた。大きな身体をすっぽりおおい隠す特大の甲冑は重厚感があり、木製とはいえ剣を持つその姿は恐ろしいまでの迫力だ。
いよいよ対決が始まる。
「なんだかこっちが緊張してくるわね」
セシルが私たちの元に戻ってきたので一緒に観客席から応援する。あまり感情を顔に出さないセシルだけど、今は少し険しい表情をしていた。きっと心の中で檄を入れつつ心配しているんだろう。
ざわざわとした雰囲気の中、ピィーーッと甲高い笛の音が響いた。まもなく開始だ。ざわついていた会場が、一気に静まりかえった。
中央にいた主審がバッと大きく手をあげる。
「はじめ!」
興奮した観客もいっせいに大きな声援を送る。ついに決勝戦の幕が切って落とされた。
◇
「久しぶりだね」
「ええ。ロイも元気にしてた?」
大会が終わったあと、私はセシルに手伝ってもらいながらドレスに着替え、ロイとの食事会に向かった。ギルド長に用立ててもらったドレスは深みのある真紅のイブニングドレスで、髪をアップにしてアクセサリーを付けるととても華やかな装いになった。
「今夜のドレスも素敵だよ」
「あらありがと」
馬車で向かった先にはロイがすでにいて、馬車からおりようとするとご立派な領主さまは私に手を差し出した。エスコートをされ連れていかれた場所は領城の一画にある迎賓館だ。客をもてなすことを目的に作られていて、会食や宿泊できるように施設が整えられていると聞いたことがある。
「今日はえらくもてなしてくれるのね」
「君は私にとって特別なお客さまだからね。前に不快な思いをさせてしまったぶん、今日は特別にこちらに用意させてもらった。いつもこうとはいかないからね?」
「うふふ、楽しみだわ」
エントランスを通りすぎて豪華な廊下をわたり、着いた先は美しい広間だった。大きなガラス窓にかけられたカーテンはたっぷりとしていて、上から吊るされたシャンデリアや壁に飾られた絵画、床に敷かれたふかふかの絨毯が、いつもと違うキラキラとした世界を見せてくれる。長いテーブルには繊細な刺繍がほどこされたクロスが掛けられ、二人分のカトラリーが並べられていた。
「……君は不思議だねぇ。こういう場でもしっかりと落ち着いている。貴族ではないのが信じられないよ」
席に着き、食前酒をいただきながらロイは感心したように言った。
「あら、これでもちょっとは緊張してるわよ」
「ほんとに?」
前菜が運ばれてきた。給仕は使用人に任せ、セシルは部屋のすみで控えている。本物の貴族婦人になにをさせちゃってるんだろうと思わないでもない。でも客としてロイに招かれている以上、卑屈な態度をとっては双方に失礼になる。
お皿に盛られた色彩豊かな料理を少しずつ口に運ぶと、そのおいしさに頰がゆるんだ。
「さすがね。見た目も味もとても素晴らしいわ」
カトラリーをがちゃがちゃと音を鳴らすのはマナー違反だけど、それにとらわれ過ぎて身体を縮こめてはいけない。大事なのは同じテーブルにつく相手とこの時間を楽しむことだ。私はそう教わった。
食前酒のアルコールが胃を元気にしてくれて、いくらか強張った気持ちをリラックスさせてくれる。この雰囲気に慣れはじめたのを見計らったかのように、ロイが口を開いた。
「ヴィンセントは惜しかったね」
「本当ね。でもあそこまでやるなんてすごいわ」
「今大会でディーバから一本取ったのは彼だけだろうね。よく頑張ったよ」
……そう、ヴィンセントは負けてしまった。ロイの言う通り一本は取ったけど、やはりあの男の強さは圧倒的だった。両者とも一本ずつとり、引きわけのまま行われた延長戦。どちらかが勝つまで終わらない、とても心臓に悪い試合だった。ディーバの猛攻をくぐり抜けたヴィンセントも十分にすごいと思ったけれど、やはり最後は押し負けてしまった。ヴィンセントが地面に投げられた時は私の鼓動が止まるかと思ったほどだ。しかし大きなケガはなさそうだったので、セシルと二人、胸をなで下ろしたのを覚えている。男性がこういう大会を好きなのは知っているけど、見ているこっちは気が気じゃない。
「なぜヴィンセントがあの大会に一生懸命になっていたか知っている?」
「早く仕事に復帰できるようにあなたにかけ合ったって聞いてるわ」
そのために鍛錬にはげんだことも知っている。動機の全てが私のためじゃないだろうけど、それでも彼の気持ちに申しわけなく思ったものだ。私なんかにそこまでするなんて、本当にお人好し。
「君の護衛に少しでも早く戻りたいんだってさ。健気だよね」
「……ほんとね。あたしと雲泥の差だわ」
「そんなことないさ。君はこのシェフィールにとってとても大事な人だし、魅力的な女性だ」
「今日はお世辞も一級品だこと」
こんな地味顔の女を捕まえてなにを言っているのやら。
スープの次に出てきたのは見たことがない料理だった。白身魚のポワレというらしいけど、どうやって食べていいかわからない。こんな時は素直に聞くほうがいい。
「ロイ、この料理はどうやって食べていいのか教えてくださらない?」
ことさら丁寧に言ってやれば、ロイも小さく笑いながら教えてくれる。初めて食べたポワレという魚料理は、お肉とはまた違うおいしさだった。
「君もヴィンセントが早く戻ってきてほしいと思うかい」
「……彼がそう望むのであれば」
「望まないのなら手放してもかまわないと?」
「前にも言ったはずよ。私にとって一番ベストはあなたたちと手を切って、引きこもること。ヴィンセントが望まないのなら無理に追いかけるメリットは私にはないわ」
「うんうん、そうだったね。だけど私だって君に引きこもられるのは嫌なんだ。ヴィンセントのことはどうにかするから、それまでどうか待ってほしいとあの時にお願いしたね。……君にとってヴィンセントは特別な存在じゃないのかい? 私にはそう思えたんだけど」
切り分けたお魚が口の中でホロリと溶ける。
「仮に特別だとしても、どうしようもないことだってあるわ」
「それは難儀だねぇ」
「そうなのよ。自分でもイヤになっちゃう」
会話があまり重たくならなくてよかった。ロイの軽さに感謝だ。そうしていると肉料理が運ばれてきた。仔羊のローストね。ソースがかかっていてとても上品に見える。
「私から少し提案があるんだ。君がいやがるのはわかっているんだけど、君とヴィンセントを守るために必要だと思う」
「あんまり聞きたくないわねぇ」
「じゃあ食後にでも話そうか。まずこの席を楽しんでくれ」
「そうするわ。こんな素敵な館でディナーなんて滅多にない経験だもの。ふふ、領都へ出てきたかいがあったわ」
「そう言ってくれるとうれしいよ」
ちょこちょこ食べては話しているから、デザートがきた時にはだいぶお腹いっぱいになっていた。
食後のお話は談話室にうつってからすることになった。そこでゆったりとしたソファに腰かけながらお茶をいただいていると、ロイはこほんと咳をして話をはじめた。
「君の手回しのおかげで、だいぶヴィンセントの周囲が静かになったよ。これなら半年といわずに君のもとへ戻せるかもしれない」
「あら、やっぱりバレてた?」
「君とセシルが作ったまじないの装飾品はものすごいな。カルバートンから魔草を仕入れてこちらで同じように作ってみたが、あれほどの効果は得られなかった」
「やだ、セシルがやったのもバレてたの」
彼女のボビンレースの腕前はすごかった。本職の人に比べたらそうもいかないだろうけれど、下働きとして潜入した際にちらりと見て覚えたんだから大したものだ。
「レース織りの技術はわが領にはないものだ。ぜひともご教授ねがいたい」
「それはセシルや旦那さんに聞いてちょうだい。あたしが教えたものではないわ。あたしだってビックリしたもの」
「わかった。では交渉してオーケーならば、彼女にはこちらに戻って来てもらいたい。代わりといってはなんだが、ヴィンセントを君の護衛として復帰させよう」
あらまあ。パチクリと目を瞬かせる。
「ただしだ。君が提案をのんでくれることを条件にしたい。君にとって悪い話じゃないと思う。スムーズに物事を進める上で必要なものだよ」
「……もしそれを断ったら?」
「セシルの代わりにディーバを君につける。実力は折り紙付きだし、もともと君のご指名でもあるからね。ヴィンセントは折を見て交代させるさ」
「わー、あたしを新婚二人を引き裂くお邪魔虫にしようってのね」
「君が断ったらの話だよ」
片眉を上げて悪い笑顔を浮かべるロイ。やっぱりいい性格してるわ、この人。
「じゃあ、まずその提案っていうのを聞かせてもらいましょうか」
ロイから語られたその提案はとんでもないものだった。確かに理にかなっている。それは引きこもりたい私にとってはこの上ない悪手で、逆に今後円滑にロイたちと関わるのなら必要不可欠なものだった。
その場でどちらとも答えきれなかった私は、がっくりと肩を落としながら宿へと帰ったのだった。





