88話◇騎士は再会する
「はあああっ!」
開始の合図と共に剣が勢いよくぶつかる。試合数をかさね疲労はたまり、なるだけ短い時間で勝負を決めたいのはお互いさまだ。三回戦以上となるとそういう心理的な焦りが出たり集中力を欠いたりしやすいので気をつけねばならない。迫合いから離れると、セルジオは小さい動作で腕を振りかぶった。これは動きを捉えにくい。たたきつけてくる剣をなぎ払うこと数回、衝撃でわずかに手がしびれてくる。
斬撃よりも打撃が有効なこの戦いでは、やはり最後は腕力がモノを言う。セルジオがふたたび振り上げた。反動を大きくつけたいだろう。しかしその大振りは一瞬だが胴体ががら空きになる。チャンスだ。彼が振り下ろす瞬間に剣の根元をめがけて剣を横になぎ払った。ガツンとした感触で当たりがよかったことを感じる。硬い音が辺りに響き、セルジオの剣が地面に放り出されたのが見えた。
「一本!」
観客席から拍手と歓声があがる。ほっと胸をなでおろすが、まだ勝ちじゃない。あともう一本。油断は禁物だ。
「さすがです」
「次もいただく」
セルジオは剣を手に取りふたたび構えた。主審がまた大きく声を張る。
「二本目、はじめっ!」
勝ちたいと思う焦りが手数を多くする。多くしても精度が低いと意味がない。セルジオのガツガツとした攻撃を受けながら反撃のチャンスを待った。
「やああああっ!!」
大きな掛け声とともに突きが来る。とっさに身をひねり左足でふんばると、セルジオの脇腹めがけて剣を思いっきり叩きつけた。不安定な態勢のまま放った攻撃の反動で身体が横にふっ飛ばされる。ここで私が倒れたら逆に一本取られてしまう。バランスをとりなんとか戦闘態勢に戻ると、主審が旗を挙げていた。その奥には倒れたセルジオが立ち上がろうとしているところだった。
「一本! 勝負あり! 勝者ヴィンセント・グスクーニア!」
どっと観客席がわいた。われんばかりの歓声が会場を包む。よかった、勝った。安心するととたんに息があがり、汗がふきだしてきた。セルジオは兜をとって手を差し出してくる。私もそれにならって兜を脱ぎ、セルジオの手をとった。
「まいりました。さすがはヴィンセント様だ」
「この先はお前のぶんまで頑張ろう」
交わした握手は力強い。
「応援しています。ああ、今日は不思議とあなたに声がかけられる。いつも恐縮して口がうまく回らないんです。試合で興奮してるからかな」
「別に恐縮しなくていい。私はみなと何も変わらない、ただの人間だ」
「そうですか?」
「そうだ」
会場は冷めやらぬ熱気に包まれる。次はいよいよ準決勝だ。ふかく深呼吸をすると私は控え室へと戻っていった。
◇
あてがわれた控え室には誰もいなかった。負けて帰っていった選手はともかく、侍従のサムもいない。今までこういう大会に出場した時は必ず控え室で迎えてくれたのだが。そう考えながら手甲を外していると、扉の外からバタバタとした足音と誰かの話し声が聞こえてきた。なんだと思っていたら勢いよく扉が開き、サムが何か大きなものを肩に抱えて入ってきた。
「ちょっとー、どこまで連れてく気ー?」
聞こえてきたのは不満気だがのん気な声。覚えのあるその声を聞いた瞬間、胸がきゅうっと苦しくなった。サムは私を見ておどろき、肩にかついでいたソレをぞんざいに床に放り投げる。「ふぎゃっ」と小さな悲鳴が聞こえて、赤い髪を背中にたらすその人から目が離せなかった。
「若様! 私としたことがお迎えできず申し訳ありませんでした!」
「……いや、かまわん。それより——」
視線の先で、赤い髪の女性がゆっくり立ち上がりこちらを向いた。目が合うと彼女は一瞬おどろいた顔をしたが、ふわりと優しい笑顔を浮かべた。
「久しぶりね、ヴィンセント」
「……マリア」
思わず立ち上がり、近くに歩みよった。重い甲冑がガチャガチャと音を立てる。触れはしない。近くに行くだけだ。二ヶ月ぶりに会ったマリアは、あの時からまったく変わっていなかった。赤い髪に青い瞳はあいかわらず色あざやかで、うすく散ったそばかすや控えめな目鼻立ちにホッとする。
ずっと会いたいと思っていたその人が、今、私の目の前にいた。
「上から観てたわ。あなた強いのね、カッコよかったわよ。あと、お守りありがとう。とっても嬉しかったわ」
見ると彼女の手首には私がクライブに預けたお守りのブレスレットが着けられていた。じわりと視界がにじむ。なぜこれしきのことで涙腺がゆるむのか理解できない。どうしていいか分からないでいると、マリアの手がすっと伸びて私の目尻を拭った。
「あたしのために頑張ってくれたの?」
こくりと頷く。
私は手紙で知らせてあった。この大会で優勝すれば半年の休暇を三ヶ月にしてもらう約束を領主様としたと。そしてもしこちらへ応援に来てくれるなら、いつか約束した食事でも一緒にどうかと書いた。
「……来ないかと、思った」
マリアからの返事は「考えておく」というごく簡単なものだったのだ。遠回しなお断りだと落ち込む一方、本当に検討中で来てくれるかもしれないというわずかな期待を抱いていた。
「直前まで悩んでたのよ。そしたらセシルがね、いろいろ考えるなって言うの。会いたいならそうすればいいって」
「どうして悩むんだ」
「あたしにも事情があるのよ。……ごめんなさいね、そんな顔しないで」
そっと両手で頰を包まれた。その手の暖かさはとても心地がいい。
「ケガとかしてない?」
していない、と答える前にその手はペシっとたたかれ、私とマリアの間に壁ができた。長い茶色の髪が目に入り、壁の正体はサムだとわかる。どうやら割って入ってきてマリアを私から遠ざけたらしい。
「むやみに若様に触れるのはお控えください」
不機嫌そうなサムの声。そういえばこの侍従は女性に対してことさら辛辣なのだった。屋敷のメイドだろうが通りすがりのの夫人だろうが、とにかく女性には厳しく接していたのをよく覚えている。
「サム。マリアは私に危害など加えない」
「油断されてはダメです」
「自分が情けなく思うほどに守ってくれた。それはサムもよくわかってるだろう?」
過保護な侍従はそれには言い返せず、ぐっと言葉につまったようだった。だがそこを退いてはくれない。私はサムの背中ごしにマリアへ話しかけるしかなかった。
「今日はどうやって来た? 大会が終わったら帰るのか?」
「ギルド長たちと一緒に馬車で来たわ。今日は宿に泊まって、明日帰る予定よ」
……そうなのか。言ってくれればこっちで準備したのに、と頼られないことを寂しく思う。いやしかし負けるものかと早口で言葉をつづけた。
「じゃあ今夜、一緒に食事をどうだ」
「ごめんなさい。先約があるの」
即答で断られ、今度はずーんと身体が重くなった。思わずうなだれてしまう。そうか、先約があるのか。私の方がだいぶ前に言ってたような気がするが……いや、それは考えるまい。見るからにしょぼくれた私を見かねてか、マリアは慌てて言葉を付け足した。
「え、えっと、じゃあ明日はどう? 帰りの手配をしてくれるなら時間作れるわ」
「わかった、帰りは任せておけ。じゃあ明日朝に宿の方に迎えに行く」
マリアの気が変わらないうちにと約束をすれば、彼女は了承してくれた。そうと決まれば俄然やる気が出てくる。いい結果を報告できるようにと私は気合を入れ直した。
「……若様、そろそろお時間です」
サムに声をかけられ、私は試合会場へとふたたび足を向ける。控え室でマリアと別れ、通路でサムに見送られた。会場の歓声がだんだんと近づいてくるとドクドクと鼓動が高鳴り、熱い血潮を全身に運んでいった





