9話◇騎士は真相を求める
結局魔女の家のテーブルには、私と魔女、そしてクライブ・カルマンが着席していた。魔女は能天気、クライブは冷や汗ダラダラ、私は不機嫌という悪い空気だ。自分の不機嫌さもどうにかしないとダメだと思うが、無駄に高い貴族のプライドがこんなところで邪魔をしている。これでは有益な情報を得られないかもしれないと思い、私はできることなら出したくなかった手土産をテーブルに置いた。
「うちの者が焼いた菓子だ。茶請けにするといい」
昨日と同じく包み紙に入った菓子はかさかさと音をならす。開くとそこには型抜きの小さなクッキーが入っていた。本当に出すつもりがなかった。念のため持っていただけだ。もう魔女を餌付けして甘やかすつもりは毛頭なく、哀れなクライブのためだ。
しかし、これに魔女が食いついた。
「わあ! 昨日とは違うものなの? また甘いの?」
子供のように目を輝かせる魔女に少しだけ怯む。どうしてそうお前は空気を読まないんだ。
「……甘い、と思うが」
「あなたいい人ね」
にこりとほほ笑む魔女はクッキーをひとつ手にとって、角度を変えながら面白そうに見ていた。……なんだか毒気を抜かれた気分だ。
「……ヴィンセントだ」
「ん?」
「どうしてお前は名前を覚えられない。私はヴィンセント・グスクーニアだと言っているだろう」
青い目をパチクリとさせると、魔女は不敵に笑った。幼くも見え、老獪さも持ち合わせたような、なんとも魔女らしい表情だ。
「じゃあ、あなたもあたしのこと、ちゃんと呼んで」
「名乗らん者の名をどう呼べというのだ」
「あら、言ってなかったかしら。あたしのことはマリアって呼んでいいわよ」
「……ふん」
お前が『ヴィンセント・グスクーニア様』と敬意を持って呼ぶのなら、私も『魔女マリア』と誠意を持って答えよう。
「帰りてー……」とクライブの小さな嘆きは無視した。帰すわけなかろうが、バカ者が。
◇
魔女マリアとクライブがこの場に揃っている。ならば単刀直入に聞くのがよかろう。
「今、領都ではカルバートンが注目されている。天然ものの良質な魔草の出荷、見たことのないまじない。魔女マリア、クライブ・カルマン、これに心当たりはあるな?」
真剣な面持ちで語りかけると、魔女マリアもクライブも、背筋を伸ばして聴いてくれた。この真摯な姿勢こそ無関係ではないという証だ。
「それに答えたらあたしたちに何のメリットがあるの?」
「私はただ噂の真相が知りたいだけだ」
話の内容によっては領都へ召喚になるだろう。しかしそれをバカ正直に言ってもマイナスになるだけだ。今は情報を引き出せるだけ引き出す。
「魔草については魔の森に面した他の街に比べても、やはりカルバートンの出荷量が多いのだ。採取方法にコツがあれば教えてほしい」
魔女マリアとクライブは互いに顔を見合わせてなにか目で語り合っている。しかしそれについては答えず、魔女が質問を返す。
「見たこともないまじないって言うのは?」
こちらを探るよう目つき。警戒している。意外と頭が回る方なのか。あるいは自分が持っている情報の重大さをよく分かっているのかもしれない。
「都の工房に持ち込まれたひも状のブレスレットだ。既存のまじないとは一線を画している。ギルド長から聞いた話では、クライブ・カルマン、お前が最初に持ち込んだものだと分かっている」
クライブに視線をやると、薄いブラウンの瞳とかち合った。クライブはびくりと肩を震わせ、明らかに落ち着きをなくす。返事をしたのは魔女の方だった。
「……そう」
しばらく考えるように魔女は目を閉じた。クライブはひと言も発する事なく、成り行きを見守っている。二人の力関係は魔女マリアが上か。思案を終え、パチリと目を開いた彼女は、真っ直ぐに私を見た。
「……クライブはあたしが贔屓にしている便利屋さんなの。荷物の配達やちょっとしたお使いなんかを頼んでいるだけで、彼はこの件には関係ないわ」
この言い分をどこまで信じて良いかはわからないが、まずはそうしておこう。身にまとう覇気のようなものが魔女とクライブでは全く違う。この件は魔女マリアを中心としてよいだろう。
「魔草とまじない、確かに心当たりはある。だけど、そうねぇ……」
思わせぶりに言葉をとどめ、ニヤリと口角をあげてほほ笑む。まるで狡猾な狐のようだと思った。これは油断してはいけない相手だ。
「ねえ、あなた自分の呪いのこと、どこまで知りたい?」
すっかり頭から抜けていた。そうだ、この女は私を呪われていると言った。詳しく聞く前にクライブが来たのでうやむやになったままだ。
「……可能な限り全部聞きたい」
「そうよね、命がかかわってくるもの。だから情報っていうのは時に金より貴重なの、あなただったら知っているわよね」
つまり魔女は、魔草とまじないについても対価を要求するという事か。私がそう聞くと魔女はほほ笑んだままこくりと頷いた。ふん、抜け目のないやつだ。そうすると、私が彼女と交渉するのは手に余る。領主からの使命は『カルバートンの魔女』の情報収集、そして可能なら接触を、だった。
「ならば、一度領都に来て欲しい。もちろん宿泊費諸々はこちらが出そう。観光だと思って、どうだ?」
都まで引っ張ってこれたのなら成果としてはこれ以上ないだろう。魔女マリアは考え込むように腕をくんでいる。
「……うーん」
その漏れた声に前向きなものを感じ取ったので、私が出来る範囲で後押しをせねばなるまい。
「気にいった菓子があれば、私がそれを用意しよう」
「分かった、行くわ」
視界のすみでクライブがずっこけたのが見えた。自分で言っといてなんだが私も同じ気分だ。交渉の初手の初手のつもりだったのだが。この魔女は甘味に飢えているのか? なんだか少しかわいそうに思えたきたぞ。
「……なによ、あたしがそこへ行くのはあなたがそう説得したからよ。どうせ何がなんでも都まで連れて行きたいんでしょ? だけど魔草とまじないについての交渉はまた別だと思ってちょうだいね」
「了解した。ならば出発は明日の朝でいいか? 迎えに来る」
「ちょっと急すぎない? こっちだって準備があるのよ」
「じゃあ昼でどうだ」
「……わかったわ。もう、せっかちな男は嫌われるからね。と言うわけでクライブ、悪いけど留守をお願いできるかしら」
魔女マリアがクライブに振るので、私も彼をじっと見た。彼がウンと言わねば魔女は来ない。まさかお前、断ったりしないよな? 私の無言の圧はよほど効いたようで、頰をひくひくさせながらクライブは折れた。
「……はあ、わかったよ。やりゃあいいんだろ」
ははは、そうだ。魔女が憂いなく出発する為にやればいいのだ。少し愉快な気持ちになってきた。魔女を引っ張りだす事に成功したし、今夜も安心して眠れそうだ。
「クライブの駄賃はしっかりこの人に請求しておくから安心してね」
そう言うと魔女はすごくいい笑顔でクライブの肩を叩いていた。……人の愉快な気持ちをポッキリ折ってくるこいつはなんなんだ。まったく。この魔女は本当に抜け目がない。





