60話◆魔女は落ち着く暇がない
グスクーニア家を出たのがお昼をいくらか過ぎた頃。それから領城に戻って着替え、ドレス等々を返却し身支度を整えると午後3時になろうかとしていた。グスクーニア家で借りたドレスの返却も頼み、乗馬するための動きやすい格好へ戻る。髪をくくりマントを身につければ、あっという間に森スタイルの私になった。服に体力アップのまじないがあるからいくらか身体が軽くなる。ああもう今日は着替えが多いこと。
「フィリップ、疲れてない?」
「非日常的すぎて脳が興奮してる。たぶん後から一気にくる」
なら家に帰るまでは問題なさそう。きっと私も似たようなものだから後から反動がくるだろう。ヴィンセントの所へ帰るまで辛抱だわ。私はセシルの方を振り返った。
「セシル、今日は色々ごめんなさい。あなたがいてくれてとっても助かったわ。ありがとう」
「ううん、いい。結構楽しかった」
「お礼がしたいわ。セシルが欲しいまじないがあるなら作ってあげる。あたし得意なのよ」
「……じゃあ、」
恥ずかしそうに耳うちした内容に、思わず小さく笑ってしまった。どうしてとも思うけど、セシルらしいっちゃそうね。任せて、とウインクをしてから私は小柄なセシルをぎゅーっと抱きしめた。
「また会いたいわ」
「うん。私もだ」
「あたしが城に来た時にはまたおしゃべりしましょう。……もしセシルが良かったらうちにも遊びに来て。庶民の家だけど」
「行きたい。ありがとう、マリア」
セシルと離れると、なぜか両手を広げたロイが待ち構えていた。まあここは彼の城なのだからどこにいてもいいんだけど。胡乱げな視線を送りつつも、その身に控えめに身体を預ける。
「……急だったのに色々ありがとう。とっても助かったわ」
「私の方こそ部下が世話かけてごめんね。助かったよ。道中気をつけて。ヴィンセントを頼むよ」
「ええ」
こうして私達は領都ルキースを後にして、ヴィンセント達が待つローゼへの帰路についた。エリザベスとオブシディアンはよくブラッシングしてもらったのか毛並みが艶やかで、元気に駆けている。銀貨や薬が入った荷物が肩に食い込む。行きより明らかに重くなったそれを大事に抱えながら進む道は、いつも以上に長く感じられた。
◇
ローゼへ着いたのは陽が傾きかけたころ。橋を渡るともうすぐ我が家だ。クライブ達と交代しなくちゃと思って急いで向かう途中、なにか大きな箱のようなものが家の前にあることに気づく。近付くとそれは馬車とわかったのだけれど、なぜかボロボロに壊れていた。馬も御者もいない。ただ壊れた車輪のついた箱だけが、家の前に放置されている。豪華ではないし小さいが、それなりに立派な一頭引きの馬車だったもの。
「なんでこんなところに壊れた馬車が……」
フィリップが呟いたのと同時に私は馬から降りて、家の扉を開けた。こんなの絶対なにかあったに決まってる! もう、次から次へと!!
「クライブ!」
大声でクライブの名前を呼んでも、シンとした室内からはなんの返事もない。
すると家の柱に縄で括り付けられた人影が二つ見えた。クライブとトーマス。慌てて駆け寄ると、喋れないように布を噛まされて、身動きが不可能なくらいグルグルと縛ってあった。
「クライブ、トーマス……!」
二人の口を覆っていた布を外すとトーマスが泣き出す。ああ、怖かったわよね。ごめんなさい。持っていたナイフで縄を切る間、クライブが説明してくれた。一時間くらい前に、突然だれかが訪ねてきて、ヴィンセントを攫っていったと。その衝撃の言葉にあ然とする。あの状態のヴィンセントを連れていったですって?
フィリップが慌てて寝室を開けるとそこはもぬけの殻だった。寝具はぐしゃぐしゃだったが、他は綺麗なもので大した抵抗なく連れていかれたんだろう。
「すまねえマリア。トーマスを人質にされて、俺、動けなくて……」
クライブが悔しそうに言うが、それを責めるなんて私にはできない。トーマスが私に飛び込んできたのでぎゅっと抱きしめた。小さな彼までこんな目に合わせるなんて。
「ううん。ケガはない? ごめんなさい、怖かったでしょう。ほんとにごめんなさい」
泣きじゃくるトーマスの背中をさすった。許せない。ヴィンセントの安否も気になる。
「クライブ、人数は覚えてる?」
「きれいな服着たお嬢ちゃんと、でかい男が二人だった」
「表で馬車が壊れていた。なにかあって捨てて行ったんだわ。意識のないヴィンセントを移動させるならそう遠くへは行けない……」
なんで犯人はこんなことをしたのかしら。まあでもヴィンセントの信望者だったら悪の魔女から救い出すって発想にはなりそうよね。
「ここに来る途中には誰もいなかった。犯人達に土地勘はないと思うんだよね。いるならこの付近な気がするんだけど」
フィリップの言うことはもっともだ。馬車がないとしたらどうやって逃げるつもりだろう。
「そもそもなんで馬車が壊れてたのかしら」
疑問を残しトーマスを抱っこしたまま私は裏庭へ行く。もしかしたら誘拐犯がいないかと思ったけど、いなさそうね。だけどよく見回すと、柵の中にアルバートがいなかった。
「アルバート? どこ行ったの?」
半野生のあの子は壊れた柵を行き来しながら家の周りをウロウロしている。森へ帰るのは雨や嵐の時だけだ。……まさかヴィンセントを助けようとしてくれたのかしら。少し前にそうお願いしたことはある。あの馬車の破壊痕もあの大きなヤギがやったと言われればそうかもしれない。ヴィンセントの危機を察知して柵から飛び出し、去ろうとする馬車を攻撃した?
仮にそうだとして。犯人達は馬車に乗って移動しようとしていた所をアルバートに襲われた。もう使えない馬車を捨てて逃げても、大ヤギが追いかけてくる。じゃあそれから逃げるとしたら? 意識のない成人男性を連れているなら、素早くなんて逃げれるわけがない。どこかに隠れてやり過ごすのが無難だわ。考えられるのは建物の中か、森の中。
「来る途中にあった一軒家と森の中を調べるわ。フィリップはここでクライブ達についていてあげて」
「一人は無謀だよ。師匠は女の子なんだから。僕も一緒に行く」
フィリップがそっと私の首に触れる。隠してはいるけど、うっすらと赤いアザがまだそこに残っていた。
「相手は三人だ。師匠一人じゃ無理だよ」
「丸腰ならね。でも大丈夫。あたしってば色々と便利なの持ってるのよ。ホームで負ける気はしないわ。それよりもクライブ達が心配なの。側にいてあげて。なんなら夜ご飯作ってまってて」
「……これって普通は男女逆じゃない?」
「仕方ないじゃない。あたし料理あんまりしたくないもの」
「師匠が手強いのも分かるから引き下がるしかない自分が悔しい。でも危なくなったら絶対に逃げて。いい?」
「もちろんよ」
家の中に戻り、私は自分のマントでトーマスを包むとフィリップに預けた。不安そうにするトーマスの額に小さくキスをして大丈夫だと言い聞かせる。
「あたしのマントはすごいのよ? これを着てれば大丈夫。まじないがあなたを守ってくれるわ」
『来幸』は幸運を運ぶ。『厄除け』は悪しきを退ける。魔女お手製のまじないは、そこらにあるものとレベルが違うのよ。ばさりと音を立てて、私は森用のマントをまとった。あとを任せてオブシディアンに乗って家を飛び出す。
まったく。騎士を助ける魔女なんて、どの童話にもなかったわよ!





