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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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58話◆魔女は犯人をあぶり出す

 先触れを出していたからか、私達が到着するとどこからともなく使用人が現れて立派なエントラスまで案内してくれた。ただし、丁寧な行動の中にあるのは私に対する不信感。そこで待っていると奥からいつぞやの家令を後ろに従えたマダムが優雅な足取りでやって来た。ヴィンセントの母親ね。髪色や目元がそっくりだわ。そしてずらりと並ぶ多くの使用人たち。愛しの坊ちゃんが心配で総出で来たんだろう。その視線が全て冷たく突き刺さる。ヴィンセントが得体の知れない魔女の元に通うようになって、そりゃあもう私が憎らしいでしょうね。貴族令嬢でも富豪の娘でも、まして美しくもない私だもの。


 ビリビリと感じる不歓迎の空気を浴び、私はにっこりと優雅に微笑んで見せた。


「急な訪問をお許しください。マリア・ガルブレースと申します。お初にお目にかかりますわ、奥さま」


 内心ドキドキの初対面の礼。コツは少々間違っていようが自信満々にやること。余裕たっぷりの表情で頭をあげると、そこにはにこりと笑みを浮かべる奥さま。若々しいその姿と感情を上手に隠した表情はさすが貴族というところね。


「ええ。わたくしも貴女とお会いしたいと思っておりましたのよ。どうぞこちらへ。客間にご案内しますわ」

「いいえ、それには及びません」


 ぴりっと空気が冷える。私の無礼な態度に使用人達の目つきがさらにキツくなった。ここで怯むと台無しになっちゃうから無視するわ。ごめんなさいね。


「お茶をいただきに来たのではありません。本来なら無礼な訪問ですわ。このままで構いません」


 笑顔を浮かべたままはっきり言えば、わずかに奥さまの表情が動いた。しかし次の瞬間、冷たく鋭いものを首に突き付けられる。ちりっとした痛みを感じた。


「薄汚い魔女が。若様をどうした。なぜお帰りにならないのだ」


 見るとサムと呼ばれていた若い侍従が私の首にナイフを突きつけていた。しかしそれと同時にセシルが反応し、侍従の首には同じようにナイフが当てられている。周囲にどよめきが走る。まさか初っ端からナイフを向けられるとは思わなかった。


「答えろ! 若様をどうした!」

「ふん。あたしにナイフを向けてもあなた達の大事な若様は帰ってこないわよ」


 こんな状況でお嬢様言葉なんて使ってられないわ。もう少し浸っていたかったのに、無粋な侍従ね。周りはどう対応してよいか固まっていて目だけがあちこち泳いでいた。まず疑うべきはこの屋敷の人間。この男が呪いの犯人なのか、それとも別にこの中にいるのか。


「若様に何をした。返答によっては殺す」

「走行中の馬上で意識を失って倒れたわ。今は高熱を出してうなされている。もう熱が出て三日目。早くなんとかしないと彼の身体が危ないわ」


 私の言葉を聞いて、屋敷中に悲鳴にも似たざわめきが一気に走る。侍従は表情が抜け落ち、そのわずかな瞬間にセシルはナイフを蹴り飛ばした。カランと乾いた音がエントランスに響き渡る。


「ヴィンセントは、大丈夫なの……?」


 奥さまが悲哀に満ちた声を絞り出す。私はそれに答え、ずっと誰か付き添って看病していること、領主に協力を仰いで物資を送ってもらうことを説明した。そして状況を告げるためにここへ赴いたことも。


「でももう一つ目的があるわ。大事な若様をそういうふうにしたのはそっちの責任よ。あたしはそれにケリをつけにわざわざ来たんだから」


 私はずらりと並んだ使用人をぐるりと見回した。割と壮年の男性が多いがちらほらと女性もいる。髪が長いから犯人は女性かとも思ってたけど、貴族の男は長髪も多い。私にナイフを突きつけた侍従も長い髪を後ろでくくっている。恋焦がれるのは異性とは限らないのだ。この侍従のように心酔していても充分犯行の動機にはなる。つまり、ここに居る全員が容疑者だ。


「この中にいるんでしょう? ヴィンセントが好きで好きで、あたしに取られるくらいなら殺しちゃおうって人が」


 フィリップと話していた歪んだ承認欲求、そして愛情表現。根底にあるのは身を焦がすほどの激しい恋情。ヴィンセントに好意を抱くだけなら容疑者なんてごまんといるでしょうけど、衣服に呪いを仕込めるなら屋敷の人間が一番可能性が高い。違ってたら? その時はまた探すわよ。


「どうする? 彼、今あたしの家にいるのよ。せっかくあちこち仕込んだのに残念ね。彼あなたのもとに行けないわよ。あたしがいる限り、彼はここには戻ってこないの」


 一同を見渡してにっこり笑う。出てこい。挑発されて、ボロを出せ。こんな悪女みたいな格好した女に、大事なヴィンセントをとられるって我慢ならないでしょう? ジリジリとした緊張感を孕む空気は、一人の女の声によって沈黙を破った。


「……殺してやる」


 ゆらりと一歩前に出たのは一人のメイド。見たことがある。以前、ヴィンセントと二人で泊まった時に見かけたメイドだ。黒いボブヘアをカチューシャでまとめている。血の気が無くなるほど握りしめた拳が真っ白で、幽鬼のように一歩一歩こちらに近づいてくる。


「お前が……!」


 急に飛びかかったメイドは私を硬い大理石の床に押し倒した。勢いよく床にぶつかった時の衝撃はまじないが守ってくれたが、激昂したメイドは私の首をぎりぎりと締め上げる。気道が潰されて息ができない。その様子を見た周囲が悲鳴をあげた。


「お前が現れてから若様が帰ってこない!! せっかくこれから二人で結婚生活を送るところだったのに!! リウ様は私を愛しているのに、どうしてお前なんかのところに行かなきゃいけないのよ!! 子供だって生まれるのに!!」


 悪いけど、なに言ってるか全然わかんないわ。

 メイドの指先はさらに喉に食い込み、確実な殺意が私に向けられた。


「おい、やめろ!」


 さすがに周囲がこの異常さを察知したのか、男達がメイドを引き剥がした。緩んだ手のおかげで新鮮な空気が肺に流れ込んでくる。気道を傷つけられたのかゴホゴホと咳き込んでしまった。拘束されたメイドを横目で見ると未だにぎゃーぎゃー喚き、暴れている。あの拘束が外れたらまた私を襲いに来るだろう。言っていることに整合性があるのかは分からない。例え正しくても私はヴィンセントから聞くまでは彼女がなんと言おうと信じない。


「ごほっ……セシル、よく我慢してくれたわね。ありがとう」

「マリア、大丈夫か」


 私たちは事前に打ち合わせていた。犯人が激昂して襲ってきた場合、確実に相手が手を出したと周囲がわかるまで反撃はしないと。こういうアウェイでは必要なことだと経験が語る。攻撃されてもまじないが守ってくれるからある程度は平気だと言ったのだけど、セシルとフィリップは最初うんと言ってくれなかった。侍従にナイフを向けられた時は動いてしまったが今回はよくやってくれたわ。


「無茶しすぎだよ師匠。首、見せて」

「……こほっ、思いのほか力が強かったわねぇ」

「アザになってるよ。手首のアザがやっと消えてきたってのに。ヴィンセントが心配するよ」


 それで犯人を炙り出せたんだから名誉の負傷よ。私はメイドの髪型を改めてみる。黒いボブヘア。あの刺繍の量を考えると微妙だ。だけど少しの違和感を感じて拘束された彼女の元に近づいていく。


「リウ様と私は愛し合ってるの! 捕まえるならあの性悪女の方でしょう!?」


 唾を飛ばし、吠えるように騒ぐメイドの髪を掴んで引っ張ると、ずるりとそれがズレた。下から出てきたのは歪な切り方をされた坊主頭だった。そのあまりに異様な姿に皆が一斉に口をつぐむ。


「あなた……ヴィンセントをどうする気だったの。自分がやったことが呪いになってると知ってたの?」


 この人、自分の髪を限界まで切りとって縫い付けていたんだ。行動原理が分からない。どうしてそこまでできるのか理解ができない。それをやってどうなりたかったというの。


「あはは、知ってるわよ。具合が悪くなるんでしょう? そしたら私がお世話できるじゃない。お仕事も休めてお屋敷にいてくれるじゃない。私の愛にも包まれて、完璧じゃない! どうしてわかってくれないのよッ!!」


「ふざけるんじゃないわよ! あの人がどれだけ真摯に職務に取り組んでいると思ってるの! その足を引っ張るようなことして……あなた自分のことしか考えてないじゃない」


 自分勝手な主張に怒りを通り越して悲しくなる。勢いよく私の口から飛び出した言葉はだんだんと尻すぼみになっていった。こんな人に振り回されるなんてヴィンセントがかわいそうだ。


 料理人服を着た大きな男がメイドを縛り上げてこれ以上喚かないように布で覆った。粉袋を担ぎ上げるように肩に乗せエントランスから出て行くと、何人かがそれに着いて行く。そういえば侍従はと思って探すと、私のすぐ近くに放心したように座り込んでいた。てっきり怒り心頭でメイドを半殺しにするのかと思ったんだけど。そっとしておいた方がよさそうだ。


 そして残されたのは微妙な空気。

 どうやって撤退しようかと考えていると、ぱんぱんと手を叩く音がした。


「奥様、マリア様、どうぞお部屋に参りましょう。お茶を持ってこさせます」


 ロマンスグレーの髪をうしろに撫で付けた家令が落ち着いた声を出す。この空気をあえてぶち壊すなんて素敵な人。でも私達はこれで失礼しても全然構わないのだけれど——


「ああ、マリア様は少し御髪が乱れてらっしゃいますね。それにドレスも少々。こちらでご用意しますのでお召し替えをなさってください。よろしゅうございますよね、奥様」

「え? ええ、そうね……」


 急に振られて答えたものの、奥さまはまだ放心状態のようだ。そして家令の妙な圧に抗えず私はなぜか着替えることとなった。おかしいな、とっとと帰るつもりだったのに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うおお、ついに犯人が……! 熱い展開です! 身を呈してリウ姫を守るマリア。 そしてすべてをさらっていく最強ロマンスグレー。 セバスチャン……じゃなかった、セブかっこいいです! キッチンの妖…
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