47話◇騎士は疲れて眠る
モルツにカカオを預けたのでもう屋敷には用はないが、サムがあれこれ準備してくれたので手早く風呂に入って着替えをすませた。新しくあつらえたという騎士服に袖を通す。ここ最近は屋敷に極力近づかないようにしていたので、おそらく魔女の言う呪具にはお世話になっていないだろう。屋敷の者を疑いたくはない。このまま何事もなく過ぎればいいが。
「坊っちゃま」
「セブか、どうした」
「魔女殿のドレスが仕上がっておりますがいかが致しましょうか」
「……くっ」
そうだった。私は魔女にドレスを贈る準備していたんだった……なんで私はドレスにしたんだ! あいつが好きな焼き菓子でもよかったじゃないか! これじゃ、これじゃまるで……! 急に恥ずかしさが込み上げて来て顔が熱い。あうあう、と言葉を告げずにいると家令は見かねて苦笑する。
「あ、ああ、ドレスだ、な。えっと……その、」
「魔女殿がお城に滞在されているのならお部屋に運ばせましょうか」
「……たっ……たのむ……」
でも待てよ、そしたら届いたドレスを魔女が着ることになるのか? それは今夜? 明日? そんなの心の準備が出来るわけないだろう!!
「待て、やっぱり届けなくていい」
「ではご自分でお渡しになりますか?」
そっちの方が無理だ! どうしろと言うんだ!
ああもう顔が熱い。うまく熱を発散できずに私は顔を両手で覆った。こんな情けない姿をさらすなんて。うーーと唸り、ぐにぐにと顔をもんでからパッと手を離す。
「……すまん、城へ届けてくれ。だが私の名前は出さなくていい」
「左様でございますか。では私が責任を持って魔女殿にお届けしましょう」
「頼む」
返事をしてしまったが魔女がセブの顔を覚えていたら私が送ったとすぐバレるのでは? 少しの疑問を抱きながら熱の引かない顔を手の甲でこすっていると、セブがとんでもない提案をしてきた。
「ぜひ魔女殿をお屋敷にお招きください。晩餐などいかがですか? お噂に聞く魔女殿がどのような方か、私共も知りとうございます」
魔女と、マリアと、我が家で晩餐だと……?
すると彼女は、我が家に泊まる?
どこに。まさか私の部屋?
——違うだろ客間だしっかりしろ私っ。
ダメだ今は思考回路がおかしい。変な事を口走る前に撤退だ。これは逃げではない、戦略的撤退だ!
「い、急いでいるから城に戻る!」
「ああ、モルツが菓子がもうすぐ焼き上がると申していましたよ。厨房で待っていらしたらどうです? きっと魔女殿はお喜びになりますよ」
「それを早く言え」
私は急いで厨房に行き、出来上がった焼き菓子の粗熱が取れるまでかなり辛抱強く待った。これこそ城まで後で届けてくれてよかったんじゃないかと思ったが、それは正しかった。家令のセブにまんまとしてやられたとわかったのは、私が城に戻った後だった。
◇
魔女のいる客間へ急ぎ向かう。彼女になにもなかっただろうか。また泣くようなことがなければいいが。焦る気持ちを抑えコンコンとドアを叩き名を名乗ると、カチャリと音がして静かにドアが開かれた。大きなメガネの侍女セシル殿が出迎えてくれる。
「変わったことはなかったか」
「少し前に贈り物を頂きました」
「……なんだと」
その時に部屋の奥から魔女の浮かれた声が響いた。
「みてみて、ヴィンセント!」
すごくすごーく嫌な予感がした。決死の思いで居間の方に足を進めると、とても上機嫌なマリアが深緑の上品なイブニングドレスを身にまとっていた。間違いなく私が作らせたドレスだ。森の中で映える彼女の赤髪が美しかったので生地は深緑にしたのだ。肌の露出が多いイブニングドレスだから、大きく開いた胸元は目のやり場に困る。お前、そんなに、胸があったのか。むき出しの二の腕も、細くくびれた腰も直視できない。
「どう? とっても素敵なドレスじゃない?」
「……ああ、綺麗だ。とても」
本当に美しいと思う。お前の髪も瞳も、そのドレスによく映える。我ながらいい色を選んだ。手を伸ばして赤い髪をなでる。
「ふふふ、嬉しい。これを贈ってくれた人はね、照れちゃって名乗れないんですって」
——はぁっ!? ちょ、セブ! お前なんて事を! というかセブ、なんで先回りしてドレスを届けているんだ!! 私を厨房に追いやったのはその為なのか!?
カッと頭に血が上ったが、次の瞬間、ふしゅるーと気が抜けた。彼女が嬉しそうだからいいか。ニコニコしたマリアを見ると気が削がれる。
「……はぁ。これはうちのコックからだ。セシル殿と分けて食べるといい」
家から抱えて来たバスケットをマリアに渡す。さすがに私も疲れた。懐中時計はまもなく夜の8時を指すので、あまり女性の部屋に長居する時間ではない。つきりと小さな痛みが頭にあるのはきっと疲れのせいだろう。ハード過ぎる。
ソファに座り込んで背もたれに頭まで預けた。全身から生命力が流れ出ていそうだ。昨日はカルバートンへ行き、初めて魔の森に入って大蜘蛛に出会い、魔女の家で慣れない料理をしたあと、野営と変わらない寝心地で夜を過ごした。朝起きたら魔女は襲われているし知らん男が寝転がっているし。男を町へ連行したあと三時間かけてルキースに戻り、魔女を預けたあとは領主様の執務室、フィリップの研究室、騎士団の執務室。客間に戻ったら魔女は激怒。新しい侍女がついたと思ったらディーバの奥方。隙をみて屋敷に戻ったらアレだ。そしてここに戻ってきたらコレだ。もう疲れて語彙もない。このまま寝たい。
「もーー動きたくない」
四肢を投げ出して遠くを見る。「あら珍しい」と魔女がソファに近寄って来た。
「疲れた」
「大変だったわね」
「ああ」
主にお前のせいだがな。でもお前が悪いのではない。彼女の手が私の頭を撫でた。髪をかき分ける感触が心地よくてまどろんでしまう。半分寝入るような惚けた脳で護衛にあるまじき甘えたことを口走る。
「十五分経ったら……起こしてくれないか」
「ええ、分かったわ」
「マリア」
「ん?」
別に用事はない。ただ名前を呼びたかっただけだ。もう目は開けられなかった。もう一度だけマリアと呼んで、私は意識を手放した。つきんと痛む頭の感覚と疲労感だけを抱えたまま。
◇
「ねーねーセシル、こっちも美味しいわよ」
「……ホントだ」
女性たちのしゃべり声でパチリと目が覚めた。疲労は溜まっているが頭はすっきりする。かすむ目でゆっくりと声の主を探すと、ソファから少し離れたテーブルでマリアとセシル殿が差し入れのお菓子をつまんでいた。なんとほほ笑ましい光景か。ディーバにも見せてあげたい。
「ねえ、セシル」
「なんだ」
セシルがだいぶ砕けた口調で喋っていた。いつの間に仲良くなったんだ。侍女でそれはどうかと思うが、恐らく魔女が楽に喋れと言ったに違いないな。まったく。
「旦那さんと結婚して幸せ?」
魔女の質問にどきりとした。貴族間では結婚はある種のビジネスでもあるから、そこで愛を育み幸せに満ち溢れるというのはあまり聞かない。ディーバが無理矢理に近い形で行ったであろう結婚に、奥方自身はどう思っているのだろう。
「……幸せという感覚がよく分からない」
「じゃあ、一緒にいて嬉しい?」
元が暗殺者なのだから、世間一般の女性の感性は少し馴染みがないのかもしれないな。
「嬉しいというより、……不快じゃない。あいつの側にいると腹がたつこともたくさんあるけど、全然不快じゃない。安心すらしてしまう時もある。こんな感覚ははじめてなんだ」
「……素敵ね。うらやましいわ」
「マリアとヴィンセント様はそんな仲じゃないのか?」
「違うわ。私達はね、結ばれてはいけないの。麗しの姫をさらう悪い魔女は、大抵やっつけられるのよ。——ね、ヴィンセント?」
魔女がこちらを向いてにっこり笑った。別に狸寝入りをしていたわけじゃないからな。黙っていただけで目はずっと開けていた。ぎろりと睨むと魔女はクスクスと笑う。これ以上この部屋に長居するべきではないだろう。ソファから立ち上がり、宿舎に戻ると告げた。
「セシル殿、あとを頼む。マリアは迷惑かけるなよ」
そう言い残して、疲労いっぱいの身体を引きずって歩いた。もう歩くのも嫌だ。ディーバがここにいたら担いでくれと言っているだろうな。絶対あいつは「鍛錬だな!」と快諾するだろう。
『結ばれてはいけないの』
つきんと痛む頭とさっきの魔女の言葉が足取りをさらに遅くする。
「……なんで、そんなこと言うんだ」
思わずこぼれた言葉が、人気のない廊下に響いた。





