39話◆魔女は安堵したい
彼が作ってくれた夕飯は文句なしにおいしかった。
「ヴィンセントってなんでもできるわね」
薫製肉とアスパラガスのソテー。これが我が家で食べられるなんて信じられない。スープに入っている野菜はうちの畑のもの。ふわふわの柔らかパンとアップルタルトはお屋敷のコックお手製の差し入れ。あーん幸せ!
「……お前こそ、テーブルマナーはどこで習った」
「昔ちょっと教えてもらったのよ」
「じゃあこのカトラリーは?」
「ついでにもらったの」
まあ庶民の家から白い陶器の食器やキレイなナイフが出てきたら不思議よね。でもあまり深く突っ込まないで。デザートのアップルタルトは小さめのひと切れを頂いたらもうお腹いっぱい。残りは明日の朝食にしてくれだって。やだもうステキ。
「お風呂のお湯沸かすから準備してまってて」
「すまん」
いい感じに焼けた石をポイっと水風呂の中に入れると、ボコボコと泡を立ててお湯になっていく。ぬるめより熱めよねー、なんて考えながら湯加減の調整をした。お風呂の使い方をひと通り教えてから、私は食器の後片付けをはじめた。私は彼が帰ってからお風呂入ればいいか、なんてことを考えながらと食器を洗っていく。料理は面倒だけど片付けは苦じゃない。ふんふんと鼻歌を歌いながら片付けを終わらせたくらいに、ヴィンセントがお風呂からあがった。しっとりと濡れた髪が色っぽいし、なんだかいい匂いがする。
「あとはあたしもお風呂入って寝るだけだから、あなたはお隣に行きなさいよ。寝床とか準備しなきゃいけないでしょ?」
「お前があがるまで待つ。不用心だし、なにかあったら心配だ」
「のぞかない?」
「そんな酔狂なことするか」
「じゃあ入ってこよーっと」
着替えや身体を拭くようの布を持ってお風呂へ向かう。ぬるくなっていたから焼け石を追加投入だ。小さい石けんで身体と髪を洗って、お湯に身体を浸す。あー気持ちいい。お風呂から上がったら彼いるのかしら。なんか不思議な感じね。
森を散策して家仕事をして、ご飯を用意して二人で食べて、お風呂に交互に入って。これで同じ寝室で寝たらもう夫婦みたい。
「もし結婚したら、こんな感じなのかしら」
……夢を見るのはやめよう。そんなキラキラした夢ははるか昔に破れ去ったもの。お湯から上がって身体を拭く。髪は長いから何度拭っても水気は無くならない。適当なところで切り上げて家の中に戻ると、荷物をまとめたヴィンセントがいた。きっと私がお風呂に入っている間に荷物を整理していたんだろう。これでお別れしてまた明日だ。そう思っていたらヴィンセントが顔をしかめた。んん? どこか怒る要素あったかしら。
「髪がまだ濡れてるじゃないか」
「長いからねぇ」
「……椅子に座れ。拭いてやる」
「ほぇ?」
ほおけていると暖炉の前に置いてある一人掛けのソファーに連れていかれた。ヴィンセントのものであろうふかふかの乾いた布でわしわしと髪の水気をとっていく。
「ちょっと待っていろ」
ソファーから離れるとヴィンセントは自分の荷物を漁り、手に櫛と小瓶を持って戻ってきた。まだ水気が残る髪を櫛で少しずつといていく。全体にすっきりと櫛を通したら、今度は小瓶の中身を少量手にとって髪になじませる。それからまた丁寧に櫛ですかれ、時おりふかふかの布で髪を拭いてくれた。ふわっと鼻先を掠めたよい香りは、先ほどヴィンセントから漂ってきたのと同じものだった。
「……髪用の香油だ。お前は髪色がきれいなのだから、もっと手入れをしろ」
そう言うと、彼は私の頭を指でグッと押しながらマッサージをしてくれた。指圧がちょうどよくて死ぬほど気持ちいい。あまりに気持ちよくて意識が遠のいてきた。
落ちそうになる思考回路で私はふと思い出していた。昨日我が家に訪れたフィリップとの会話を。
◇
時は少し遡る。昨日の夕方、ロイからの書状を持ったフィリップがやって来た。
「やあ、マリア嬢! 見てよ、ちゃんと一筆書いてもらったよ!」
あら、思ったより早かったわねー。パタパタと尻尾をふりそうな勢いのフィリップは、褒めてとばかりに目を輝かせた。普段は憂いのある色男なんでしょうけど、これがギャップ萌えってやつかしらね。「まあ入んなさいよ」と声をかけて、まずは家の中で話を聞くことにした。
いれたお茶を差し出すと「叫び草?」と期待をこめて聞いてきたので、うんと頷いた。あれからお茶っぽいなにかに仕上げてみたつもりだ。意外と気に入っている。
フィリップいわく、ロイは渋りながらもヴィンセントのことを承諾したらしい。書状にもその旨が書いてある。ちなみに最後に『かっこいい男を二人も侍らせるなんてマリアのメンクイ!』とあるんだけど、最初にヴィンセントを送り込んで来たのはどこの誰だよと大きな声で言いたい。
「こんなに早く取り付けるなんてすごいじゃない」
「頑張ったもん。マリア嬢、これで僕もここに来ていいんだよね?」
「ええ。でもヴィンセントと同じで多くても三日に一度になさい。仕事もあるでしょうし、移動もかなり負担になるわ」
「わかった」
ひと通り話が終わったのを見計らって、私は呪いについての話を切り出すことにした。
「……フィリップ、ついでに聞いてほしい話があるの。前に言ってた呪いのことよ」
彼がこくんと頷いたのを確認して、自分が見たこともない呪いがあったことを説明する。
「マリア嬢も知らないものか」
「これよ。あなたなにか知らない?」
私は例のスカーフをフィリップに差し出した。彼は恐る恐る手に取り、くまなく検分していく。見た目はただの刺繍がしてあるスカーフだ。しばらく見ていたフィリップだったが、はっと気づいたように顔を上げた。
「……まさかこの黒い部分、髪の毛なの? 」
「そうよ。これを持っていたヴィンセントは体調がおかしかった。魔草を使ったならいざ知らず、髪を使った呪いは初めてよ」
「……僕も初めてだな。長い黒髪のようだね」
髪の提供者と実行犯が同じとは限らない。だけど、黒髪の人物が彼の周りにいるかどうか注意が必要だわ。
「僕の生まれた所では、髪はとても重要なものと考えられているんだ。力を蓄えたり邪を払うと言われてて、男も女もみんな髪を伸ばす。だから呪具に使われていてなにかしらの効果があったとしても、僕は不思議だとは思わないよ」
「そうなの……」
どうやら彼もわからないらしいが、呪具の媒体として使われてもおかしくないときた。ヴィンセントの置かれている状況を考えると、一刻も早く犯人をあぶり出したい。
「フィリップお願い、私がいない時にヴィンセントを助けてほしいの。領都で異変があったらあたしにはなにもできないの」
「それは……僕もヴィンセントのことは友人だと思っているし構わないのだけど」
彼の聡い目が私を探る。私の中のなにかを図ろうとしている。
「報告の件と言い、どうしてそこまで彼を気にするの。好きなの?」
「恋愛感情の好きという意味ならノーよ」
「じゃあなぜ」
「ほっとけないのよ。……昔の自分を見ているようで」
まるで罠に囲まれた子犬のよう。踏み出す一歩を間違ったら悪意に捕えられる。牙も爪も足もまだ未熟で、どうとでも傷つけられる存在。
人の善意や悪意に振り回されて、ぼろぼろにされてしまうかもしれない。張りめぐらされた罠に気づかず、謀られて嘲笑されて、捨てられて……。そういうものから守りたいと思ってしまう。どうしてだろう、自分でも不思議だ。そうすれば過去の自分も助かるとでも私は思っているんだろうか。そんなことあるわけないのに。そうは考えてもやっぱり気になるのは、彼の境遇が少しだけ自分と似ているからだろう。
でも似ているだけで、全然違う。
「あたしなんかが世話をやかなくても、彼はみんなから愛されているからきっと大丈夫なんでしょうけど」
◇
ソファにもたれていつのまにか寝てしまったようだ。抱き上げられる感覚を夢うつつに感じていた。寝室にあるいつものベッドに身体が沈む感覚に、意識も深く深く沈んでいく。
ぎしり。
次に意識が浮上した時、ベッドの上に私以外の誰かの存在を感じた。暗闇にひっそりと浮かぶ人影に、一瞬にして全身が恐怖に包まれた。





