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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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4話◇騎士は話を聞く

 出発当日の朝、領主様や仕事仲間にくわえ、両親と屋敷のものに盛大に見送られる。おさな子ではないのだから本当にやめてほしい。家令なんか白髪頭の渋いおじさんのくせに、ハンカチで目元をぬぐっている。見送りはいらないとあれほど言ったのに、結局は総出で領城まで押しかけてくるこの始末。うぬぬ。同じく見送りに来てくれたフィリップと助手たちのあの憐れむような、しかし「おまえ大変だな」と察してくれているようなほほ笑みが心をえぐってくる。薬で散らしている頭の痛みが、つきつきと脳の奥で暴れた気がした。


「行ってまいります」と馬上から声をかけ、われわれ視察団はカルバートンへと出発した。二頭立ての馬車には文官とその補佐が乗っており、護衛もできるたくましい御者が馬を操っている。また馬車の外には一人の護衛官が付き添って歩いていた。私はその後方におり、愛馬であるエリザベスにまたがっていた。天気は良好。予定ではカルバートンに数日滞在し、文官たちは魔草畑の見学や諸々の打ち合わせを行う。私は町に着き次第、別行動だ。


 順調に進んでいるので、ここらで休憩のために馬車を止める。御者が馬を川へ水を飲ませに行った。文官の補佐が気を利かせて木陰に敷布を広げてくれたので、私もありがたく座らせてもらう。いくら体を鍛えていると言っても、長時間の乗馬は疲労が溜まる。


「ヴィンセント様、お疲れではありませんか」

「ああ、大丈夫だ」


 人の良さそうな壮年の文官だった。私より年上だろうが、身分的には私の方が上なのでこういう口調で問題ない。言葉少なで態度が素っ気ないのは仕様だ。


「しかし間近でお会いすると、皆が言うことが分かります。男性への言葉ではないかもしれませんが、凛々しくお美しい」

「恐れいる」


 こういう時はさらりと受け流すに限る。男に美しいと言われるのもどうかと思うが慣れている。


「昨日ヴィンセント様とフィリップ殿と並ばれたお姿は、まさしく神の寵愛を得た太陽と月の化身そのものだったと聞いております。いやはや、そんなお方と共に仕事ができるとは光栄の極みですね」

「……そうか」


 フィリップ、凄いことになっているぞ。


 現実逃避をするように遠くの景色を見つめた。ここは開けた見通しのよい場所で、はるか向こうの森までうっすら見える。おそらくあの辺りのカルバートンだろう。そしてそこには町に沿うようにそびえる『魔の森』がある。


 魔草の宝庫であり、しかし何人たりとも近づけさせない神秘的で醜悪な森。秘密主義なその懐にいったい何を内包しているというのだろうか。


「……ヴィンセント様は魔の森の調査に随行されたことはありますか」


 私の視線の先に気づいたのだろう。先ほどのにこやかな表情は奥に引っ込み、いくらか不安そうに瞳を揺らしていた。


「ない。しかしその都度報告は聞いている。なかなか手強いようだな」


『魔の森』はとにかく不思議で不気味で、常識が通用しない。その周辺は一年中白い霧に覆われ、外の人間を決して受け入れようとしないのだ。時おり人間の悲鳴のような叫びが聞こえ、森の深部には凶悪な怪物がいるだの、奇天烈な巨大植物が生えているだの、普通だったら絵空事と思われるような話がまかり通る雰囲気を持っていた。


「あれは本当に恐ろしい森です。以前調査で魔の森に入ろうとしたのですが……白い霧に方向を惑わされ、幻聴や幻覚がわれらをあざ笑い、森に入るつもりがいつのまにか外に出ていたのです。何度試してもそうでした」


 文官は眉根を寄せてうつむいた。得体の知れない存在に人は恐怖心を抱くものだ。そんな未知の恐ろしい森が、カルバートンの町に接している。


 接しているからこそ、カルバートンが魔草の名産地になっていると言っていい。魔草は魔の森の植物だ。森から遠く離れた場所では魔草の栽培は不可能だったのだ。



 ◇



 予定通りに昼をいくらか過ぎた頃にカルバートンへ到着した。町長に挨拶し、滞在する部屋へ案内してもらう。文官たちとはここから別行動なので部屋にいくらか荷物を置き、町へ出ることにした。鎮痛剤が切れてきたのかまた少し頭が痛む。この所続く体調不良はなんだろうかと頭を悩ませる。騎士たる者、体調管理は重要なのだが、いかんせんこの頭痛にはお手上げだ。痛みを追い出すように頭を振る。ここでの目的は『カルバートンの魔女』の情報収集だ。しっかりと任務を遂行しなければならない。


 魔女のことは特に秘密裏に遂行しろとは言われなかった。私はそこそこ目立つタイプの人間のようだから、むしろ秘密裏にと言われる方が無理かもしれない。実際この町のまじない関係を取り仕切るギルドへ足を運んだのだが、えらく視線を感じて居心地が悪い。窓口へおもむき、要件を告げる。


「ヴィンセント・グスクーニアだ。ギルド長と約束をしていたのだが、長はいるか」

「…………」


 窓口嬢が動かない。視線はがっちりこちらを向いているのだが微動打にしない。息するのも忘れていそうだ。あまり時間はないのだが。


「……おい」

「あ、わわわ! はっ、はいっ! お待ちください!」


 窓口嬢は慌てて飛んでいった。耳がほのかに赤くなっていたのが見てとれた。初めて接する人間にこういう反応はまあ珍しくないのだが、もっと普通にしてもらえないだろうか。私は自分の見た目が好きではない。こう言うと屋敷の者に泣かれるから最近は口にはしないが、群衆にまぎれるくらいの容姿がよかった。目立つのは好きではないし、まして交流が全くない人から一方的に好意を持たれるのも怖い。美しくなりたいと苦悩する者もいるなかでなんと贅沢な悩みかと思うが。


 容姿に目をとらわれ過ぎて、私という中身を見てもらえない。勝手に遠巻きに見られて、近寄ってこない。かと思えば危害を加えられそうなくらいに詰め寄ってくる。


 普通に接してくれる存在のなんと有り難いことか。


 考え事をしているうちに応接間に案内され、たっぷりと口ひげを蓄えた爺が現れた。髪もひげも真白だがその体付きはたくましく服装も洒落ている。優しそうな笑顔を見せていてもその目は鋭く、しっかりと私を観察していた。この御仁こそ、カルバートンに置けるまじない関係を一手に取り仕切るローマン・アオル氏だった。



 ◇



「ギルド長は『カルバートンの魔女』をご存知か?」

「いえ、詳しくは存じません。こちらでも色々と調べてみたのですが……」


 このギルドは農家と工房、商人の仲介に入って、円滑な生産販売を行うための潤滑油の役目をしている。なのでこのカルバートンにおいては生産者から販売者においておおよそ管理下にあると言って良い。しかし職員が調べても分からないという事は、ギルドの登録名簿の中には魔女に該当する人はいないことになる。


「魔草の買取については登録農家とそれ以外を分けております。登録農家は未登録の者よりも割高で買い取るため、みな登録するのですよ」


 頻繁に買取を頼むのなら登録していた方が得だろう。そうしない理由はなんだ。


「未登録の買取ケースは、農家以外の人間がちょっとしたお小遣い稼ぎに持ち込むのがほとんどですな。農家の手伝いをして分けてもらったり、自分で採取したりと、突発的に魔草を入手した者が売りに来ます。……もし魔女本人が売りに来たのなら、未登録の窓口でしょう。しかし、窓口の職員に聞いても特定には至りませんでした」


 そもそもこのギルドには来ていない可能性もある。どうにか魔女の特定につながる情報はないだろうか。


「あのひも状のブレスレットはもともとこの町で作られていたのか?」

「最近流行りだしたのですよ。まじないの糸さえあれば作り方は簡単です。そしたら商会がそれに目をつけて、図案と効果を指定した作成依頼書を回してきました。今、女たちは小遣い稼ぎにみんなブレスレットを編んでいますよ」

「最初に持ち込んだのは誰か分かるか」


 ギルド長はうーんと唸りながらヒゲを撫でた。流石にそこまでは分からないか。


「あの、ギルド長。差し出がましいようですが受付の者に聞いてはいかがでしょう」


 おずおずといった感じで後ろに控えていたギルド長の秘書が発言をした。


「……そうだな。おい、モーリスをここに呼んでくれ」


 ギルド長はしばらく考えていたようだが、秘書にそう告げると彼は慌ただしく出て行った。そしてしばらくすると若い男が入室してきた。きっとその彼だろう。ギルド長の紹介ではモーリスは普段、買取窓口で仕事をしているそうだ。


「モーリス・マクジー、参りました」

「急に呼び立ててすまんな。まじないのブレスレットを最初に持ち込んだのは誰か覚えているか?」


 ギルド長が問うと、モーリスはアゴに手をあてて首を傾げた。些細なこともいいから思い出してほしい。


「えーと、確か……町外れに住んでいるクライブ・カルマンですね。ギルドには未登録です。ブレスレットはその時初めて見るアイテムだったので使い方を説明してもらいました」


 クライブ・カルマン。ブレスレットを最初に持ち込んだ男。そいつが魔女と繋がりがあるかどうかは分からないが、話を聞く価値はあるな。


「……もし、その『カルバートンの魔女』とやらを見つけ出したらどうなさるおつもりで?」


 私たちの様子を見ていたギルド長がヒゲを撫でながら静かに言った。特に表情からはなにも読み取ることはできないが、確かに気にはなるだろうな。わざわざ領都から来て尋ねているのだから。しかし詳しく説明する必要はない。


「いるかどうかも分からない存在だ。どうするも何もないが、特に危害を加えるつもりはない」

「さようですか。いえ、噂を探りにわざわざ足を運ばれるとは何事かと思いましてな」

「まあな」


 手がかりがひとつ、手に入った。クライブ・カルマンにはぜひ会って話をしなければいけない。

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