5話◇騎士は店に入る
ギルドから魔女につながりそうな情報をなんとか手に入れた。このままクライブ・カルマンなる男の元へ行ってみたいが、町での聞き込みをもう少ししてからだ。ギルドを後にしようとするとなぜか職員全員とそこにいた客全員で見送ってくれた。気持ちは嬉しいが、目立ってしょうがないから勘弁してほしい。私は商店が立ちならぶ区間へ向かった。
綺麗に並べられた石畳の道の両側にこぢんまりしたお店が軒をつらねる。民芸品を売る店を見つけたので中に入ってみた。
「いらっしゃ、……おっふぁあ!」
奥から出てきた恰幅のいいご婦人がすごい声を上げた。口を手で押さえて、飛び出しそうなほど目を見開いている。予想以上の狼狽ぶりにいささか不安になってきた。店を出たほうがいいだろうか。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと! アンヌ! アンヌ、ちょっと来ておくれよ!! 天使さまが降臨なさってるよぉっ! 天使さまだよぉっ!」
いったい何を言っているんだ。落ち着け、私は人間だ。ちゃんと人間の両親から生まれてきた真っ当な人間だ。
「婦人、落ち着け」
「あひゃっ、ヒェ、しゃべった……!? アンヌぅぅうう! 早く来ないと、あたしゃ頭に血がのぼって死にそうだよ!!」
人の顔を見て死にそうになるとは、失礼なマダムだ。でもこれ以上しゃべってもロクな事にならなさそうだ。アンヌとやらが来て話が通じることを祈る。
「ちょっとなに? ママの声は響くんだからあんまり大きな声出さないでって……おっふぁああっ!」
ダメだ。帰ろう。
◇
なんとか恐慌状態を解いてもらうことができた。今、娘のアンヌがブルブル震える手でお茶を出してくれている。半分くらいはカップの外に出ているが気にしない。礼を言ってから口を付けると、いい香りが鼻に抜けていった。
「すまんな。都から来たのだが、ここには珍しいものがあったので寄らせてもらった」
「め、滅相もないことでございますぅ。もう、全部、持って行ってください」
婦人がぺこりと頭を下げた。いやいや、商売を放棄するな。むしろ買い込ませろ。利益を追求しろ。つい経営観念を心配してしまったが、店の佇まいといい、婦人たちの着ている服といい、ちゃんと商売の腕はいいのだろう。私が相手でなければ。
「木彫りや衣服なんかもあるのだな。職人が作っているのか?」
「それもありますが、町の人が手隙のときに作ったものも置いてありますですハイ。女たちも自慢の刺繍を持ってきてくれますよ」
こちらもそうです、と言って手で指し示したのは謎の土偶だった。え、女たちの刺繍……? と思っていると「ちがった」と言って壁にかけられた民族衣装を指してくれた。結婚式に使う特別な服らしく、首から胸元、袖口や裾にたっぷりと刺繍が施してある。
「……すごいな。婦人や娘が着ている服もそうだが、ずいぶん凝った刺繍だ。見事だ」
特に紺色のエプロンに美しく並べられた幾何学模様と植物をモチーフにした刺繍が素晴らしい。都でも美しい装飾は目にするが、それを身にまとっているのはだいたい貴族だ。このように民が普段からこのように美しい服を着る事ができるとは、豊かな町なのかもしれない。自分で表情が柔らかくなるのが分かった。しかし、ひゅっと息をのむ音が聞こえ、その方向をみると婦人が笑顔のまま停止していた。しまった、私はまだ無表情の方が円滑にコミュニケーションがとれるんだった。
「お褒めに預かり恐悦至極の先に見える光の筋を追うと天国の門が見えます」
アンヌの方がにこりとほほ笑んでそう言うのだが、途中からもう意味がわからない。双方の精神的負担がこれ以上大きくなる前に、魔女のことを聞いて、もうお暇しよう。
「ちょっと人を探しているんだが、魔女について何か聞いたことはないか?」
そう聞いた瞬間、ピクリと反応したのは婦人の方だった。これは何か知っているかもと先を促すと、しどろもどろになりながらも答えてくれた。ずっと昔、まだ婦人が子どもの頃に人が住まなくなった村がこの近くにあったそうだ。実はその村には魔女が住んでいて、だから村人達は村を捨てたんだと周りの人が言っていたらしい。
……これは『カルバートンの魔女』と関連があるのだろうか。
「その魔女に会ったことはあるか?」
「い、いいえ。あたしゃこの通り店番するしか能のない矮小な女ですので」
「……そう自分を卑下するな」
「あ、ヒェ」とよく分からない返事をした婦人だが、少しだが話が聞けてよかった。手がかりはいくつあってもいい。
「話はわかった。感謝する。土産を買いたいのだが、あまり大きくないものはないか?」
そう声をかけると娘のアンヌがギクシャクと動き出した。油のきれたカラクリ人形のようだ。商品棚をごそごそと漁ると、手に白いものを持ってこちらへ戻ってくる。
「そ、それならば……こちらはいかがでしょうか。騎士さまのお眼鏡にかなうかどうか、私たちも知りたくて」
アンヌが差し出してきたのは一枚のハンカチだった。さわり心地のよい白い布地には、二色の糸で模様が描かれていた。花畑の上を飛んでいる鳥が、口先に花をくわえている。都ではまず見たことがないものだった。色を二色に抑えてあるのがスッキリしていて好ましい。あちらでよく見るのは豪華で鮮やかな花模様を全面にあしらったものが多い。
「……いい、と思う。なんというか、可愛らしいな。私は好きだ。うん、これを頂こう」
ありがとうございます! と元気のいい声が気持ちよかった。金を払い、ハンカチはそのまま懐へしまった。よい買い物ができたからか、すっと気持ちが軽くなる。
「この刺繍は娘が刺したのか」
「いえいえ! 持ち込みだったので買い取りました。私もこの図案が新しくて素敵だと思ったので」
「それならこの町の者か」
ぱちくりと目を瞬き、アンヌはびっくりしたような顔をした。そして首を傾げてうーんとうなる。まあ名前を言われてもどうこうする気はないのだがな。
「誰だっけ、思い出せないや……女の人だったと思うんですけど」
その答えを少々不思議に思いながら、私は店を出た。もうじき日が暮れる。今日の散策はここまでにして、明日に備えそう。





