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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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34話 ◆魔女は歓喜する

 あらららー、どうやら私は目の前の小さな天使から口づけを頂いたみたいだわ。びっくりして思わず固まってしまった。顔を真っ赤にしたトーマスは「えへへ」と笑っている。やだもうなにこの可愛い生物。


「こらトーマス。どこでキスなんて覚えてきたんだ」

「ティルちゃんがね、ぼくのこと好きだってキスしてくれたの。だからぼくもマリアにキスしたんだよ? キスは好きのアカシなんでしょ?」

「あー、あのませガキめ。……マリア、なんかすまんな」


 クライブが申し訳なさそうに謝った。別にイヤじゃなかったから構わない。きっと私がクライブやヴィンセントに変な質問してたからそれにつられちゃったのね。ふとヴィンセントをみるとテーブルについたまま腕を組んでズモモモモと不機嫌なオーラを出していた。あららら、私ったらどこか踏み抜いたかしら。


 実験に協力してくれたことに感謝の言葉を述べたあとクライブ達は私の頼まれごとを抱えて出て行った。トーマスのまばゆい笑顔に心がほころぶ。小さくなる後ろ姿をずっと見つめていたら、背中になにか触れた。ヴィンセントだ。いつの間にかすぐ背後に立っていて、触れるか触れないかくらいの距離だ。もうご機嫌は治ったのかしら。


「……クライブ達はよくここへ来るのか」

「ええ。彼らが来てくれるから、あたしはなんとか生きているわ」


 仕事の受注や食料品の配達だけじゃない。彼らの存在があるから孤独に苛まれることなく生きることができている。人と関わることが怖いのに、人との関わりに救われている。なんて矛盾かしら。バカみたいね、私。


 とん、と頭をヴィンセントの肩に預けた。そのままピタリと背中を隙間なく彼にくっつける。お互いになにもしゃべらずにクライブ達のいなくなった方を見つめていた。領都ルキースで過ごした時以来の温もりを背中に感じる。彼は動かない。私も動かない。


「……もし私がここで暮らしたら、お前は嬉しいか」


 頭上から聞こえた小さな声は、確かに私に届いた。でも、聞こえないふりをする。私にはなんと答えていいかわからない。うん、と答えたらあなたは私のそばに居てくれるの?


「戻りましょう。あなたの淹れてくれたお茶がのみたい」


 甘えるように頭を擦り付ける。しばらく静かな時期が流れたが、ふと背中で感じていた体温が無くなった。きっとヴィンセントは家の中に戻っているんだろう。


 一人きりはこんなに寒いものだっけ、と独りごちながら、私も遅れて家の中に戻って行った。夏の日差しが外を照らす。



 ◇



「そういえば今日は来るのが早かったわね」

「まじないのおかげで、行き来の時間がだいぶ短縮できたからな。改めて礼を言う」


 ううん、と首をふると私の赤い髪がふわりと揺れた。ヴィンセントはまた手際良くお茶を用意してくれたので、テーブルについておいしく頂いているところだった。


「エリザベスがきちんと休める厩舎みたいなのがいるかしらね。いつも天気がいいとは限らないし」


 エリザベスはうちに来た時、家のすぐ前にある木の枝に繋いである。木陰にはなるし、お水もバケツに汲んであげているのだけど、やっぱり安心して休める場所を作ってあげたい。


 だけど場所がなー……。うちの家は魔の森と生垣と石垣で敷地をぐるりと囲んである。オブシディアンがうちに来るときは魔の森から来て、エリザベスに会うために器用に生垣の隙間を抜けて玄関前まで来るのだ。できれば敷地内で休んでくれた方が私も安心できるのだけど、ヤギのアルバートもいるし本格的な厩舎を作るのはちょっと無理そうだ。


「それなんだがな。この家の近くに馬用の厩舎と放牧地を作りたいと領主様が言っている。お前がよければ、と言うことだがどうだ?」


 研究所作られるよりだいぶマシね。向かいと言ったら木は生えてないけど荒れ放題の草原だ。ある程度整えるとしてもだいぶ労力を使いそう。


「それは構わないけど、大変なんじゃない?」

「グスクーニア家も出資する。我が家の馬が使うからな。きっと金と人を大量投入してあっという間に作ってしまうだろう」


 さらりと言っちゃう辺りがすごい。さすがお金持ってる人は違うわね。


「じゃあ了承の旨を伝えておくぞ。しばらく人間の出入りが激しくなると思う。ちゃんとしたのを寄こしてくると思うが……気をつけておいてくれ。私はまだこちらに頻繁にこれないから、お前が一人でここにいる時は心配だ」


 ヴィンセントの言葉にどきんと心臓が跳ねた。心配だなんて言葉が彼から出てくるとは思わなかった。確かに女一人で暮らしているから、側から見たら心配にもなるか。薄気味悪さと存在感のなさで放って置かれていたのにね。


「心配してくれるの?」

「当たり前だ。お前がどんなに変な女でも、女には変わりない。……力で抑えられたら敵わないだろう」


 確かにどんなまじないを使ったとしても、全部を守りきれるわけじゃない。どうしたもんかしらねぇ。いっそのこと、彼がここで寝ずの番をしてくれたら一番安心なんだけど。でもそれを言うのは(はばか)られた。


「お前の護衛を増やすか?」

「あたしに関わる人をあまり増やしたくないわ」

「……すまん。私がもっと自由に動けるといいのだが」

「ううん、あたしのワガママに振り回されているのはあなたの方よ。本当はここに来るのも反対されてるんじゃない?」

「…………」


 図星よね。立派な貴族の騎士さまが、田舎の胡散臭い女の元に通っているってことがまず醜聞だもの。しかもその騎士は泣く子もときめくヴィンセント様。家族をはじめいろーんな人が反対するでしょうね。ロイの政敵も突っ込んで来てそうだわ。……きっとロイはヴィンセントを上手く使ってあたしを懐柔したいんでしょう。


 会話はそこで途切れた。でも居心地が悪い空気でもない。午後からなにをしようかな、なんてのんびりした事を考えながら、私はすっかりぬるくなったお茶に口をつけた。


 ああ、そうだ。


「……甘いものが食べたい」


 私は1日2食だ。きっと他の人も同じだと思う。朝ごはんとたっぷりの夕ご飯。お昼にお腹が空けば、果物やナッツを食べる。そして私は今小腹が空いている。


「ハチミツ舐めるか……」

「やめろ粗忽者」


 ヴィンセントがあきれた声を出した。粗忽者ってなによ。私が杜撰なのは料理だけよ、きっと。


「だってお菓子なんか作れないもの」

「……台所、見ていいか」

「あなた、お茶を淹れれるだけじゃないの……?」


 ヴィンセントは可哀想なものを見る目で私を見たあと、台所の方へ向かっていった。食品棚を見て使っていいかを聞いてくる。そうして並べたのはすっかり硬くなったパンと卵と牛乳、残りわずかなバター、そしてハチミツだった。


「材料がまずおいしそうだわ」

「…………」


 だからその憐れむような目はやめなさいっての。彼は無駄口を叩くことなく手際よく作業していった。木製のボウルに牛乳と卵を入れてしっかり混ぜ、小さくスライスしたパンをその中につける。途端にパンが卵液をグングン吸っていった。ひっくり返してパンの全面に卵液が回る頃には液はもうすっからかんだ。火鉢にフライパンを置き、バターを熱で溶かす。ふわっと香る濃厚ないい匂いについよだれが出そうになる。ジュワッと音がしたかと思うと、フライパンの中にはじゅっくり卵液に浸ったパンが並べられていた。


「ふわぁぁあー」


 なにこれ視界の暴力だわ。なにあの焦げ目、まさしくギルティよ。


「皿」

「あ、ああ、ちょっと待ってて」


 慌てて食器棚から木製のお皿を二つ出した。はいと差し出すと、なぜか変な顔をされる。え、皿のチョイス間違った? 


 ヴィンセントは皿に一切れ、もう一つの皿に残り全部を入れて、最後の仕上げと言わんばかりにハチミツをたっぷりかけた。


「あ、やだ、そんなの美味しいに決まってる!」


 もうヴィンセントの表情なんて気にしていられない。私の心を占める今一番の問題は、どっちが私の皿かということだ。体格的にも、料理をしたという功労的にも、もりもり盛った皿が彼のものだわ。でも私が食べたいと言ったのだから、もしかしたらこっちが私のかも。ああいやいや、高望みしちゃダメよマリア。気をしっかり持って。ヴィンセントは皿を二つ持ってテーブルの方へ歩いて行ったので私も後に続く。


 ああ、おねだりしたら、ちょっと分けてくれないかしら。


 そう思っていたら、ヴィンセントは私の方に大盛りの皿を差し出した。


「……いいの?」

「お前が食べたいと言っただろう。私はそんなに空腹ではない」


 うそ……この人、神なの? 私は今、神を目の当たりにしているの? 甘味の神がここに降臨しているというの?


「やめろ拝むなさっさと食え」


 この日の午後は、ぶっきらぼうな彼の優しさが甘く甘く私に沁みていった。

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