26話◇騎士は手伝う
魔女が持ってきたお茶に一抹の不安を抱いた。差し出した本人がえらくニコニコしているからだ。自分は飲まずにしきりに私に勧めている。まさか私になにか盛るつもりか……?
おそるおそるカップに口をつける。いつも飲むお茶とは違う、いわゆるフレッシュティーというやつだ。普通はハーブなんかでやるが、独特の青臭さがあったりと好みは分かれる。うーんこれは……
「なんのお茶だ? はじめて飲むが……思ったよりは、いけるな」
この前出してきたお茶とは別物だ。ミントのように爽やかな味がする。若干クセはあるがまあ悪くない。好みは分かれるだろうし、何杯も飲みたいとは思わないが、気分転換したい時にはちょうどよさそうだ。鬱屈とした気分が晴れる気がする。
「ほんと、思ったより美味しいわ」
魔女のそのひと言が決定打だった。なんのお茶か再度問い詰めて「叫び草」と答えたやつの首を締めなかった自分を褒めてあげたい。
この家に来るときは必ず茶葉を持参する事を私は心に決めた。
◇
懐中時計を取り出すと午後一時をいくらか過ぎた頃だった。
「私は三時頃に帰るが、お前はこれからなにをするんだ」
「そうねぇ……」
魔女が考えるそぶりを見せたその時だった。外から馬の嗎きが聞こえた。この声はエリザベスではない。オブシディアンか? あの黒い馬はとても素晴らしい。それこそエリザベスと肩を並べても全く遜色がない。どうしてこのような立派な馬がこんなところにと思うが、魔女のところだからと考えると全て無駄に納得してしまう。
「オブシディアンね、どうしたのかしら」
マリアは席を立つと声の聞こえた玄関の方に出向いた。外へ出ると案の定オブシディアンがおり、その隣にはエリザベスがべっとりとくっ付いている。こらエリザベス、はしたないぞ。
「どうしたの」
マリアが聞くと黒馬は自分の前足の方を見るように促した。
「……あら、何か踏んでるわ」
私はマリアを制してオブシディアンの足元に膝をついた。ケガでもさせたらいけないからな。確かにオブシディアンの右の前足には何かが踏まれているが……なにかバタバタ動いている。なんだこれは。生き物なのか?
「あ! ちょ、ね、ヴィンセント! それとって! 逃がさないで!」
マリアが慌てたように声をかけたので、私も仕方なく手を伸ばした。きゅっと半身を掴むとオブシディアンが足をどける。すぐに立ち上がって手の中にあるものを確認した。握りこぶしよりも小さい、クリーム色のなにか。毛はなにもなく、体温も感じない。しかし私の手から抜け出そうとバタバタ動いている。マリアが私の手を覗き込むと、パアッと表情を明るくした。
「すごいわオブシディアン! 走り茸じゃない! ああ、エリザベスの為に採ってきたのね。素敵だわ……!」
マリアはとても尊いものを見るように目を細めるとオブシディアンの鼻筋をなでた。優しいその表情に思わず心臓が跳ねる。マリアの赤毛がふわりと風に舞うと、黒馬と戯れる少女の画としてふさわしい構図となった。美しいと素直に思うが、彼女の顔立ちは平凡なので不思議に感じる。
「……任せて。エリザベスに特別なお守り作ってあげるわ」
ふるる、と返事をするようにオブシディアンが鼻を鳴らした。察するところ、エリザベスの為に彼がなにか採ってきたようである。
「ヴィンセント、決めたわ。午後は走り茸を火あぶりにして糸を染める!」
いい笑顔だマリア。
でもな、パワーワードの乱立で私は理解が追いつかないぞ。
走り茸をなにするって?
というか走り茸ってこれか?
私は手の中でジタバタする白いモノを凝視した。
◇
馬たちと別れ、再び屋内に戻った。マリアに説明を頼むと、私の手の中で未だに暴れているものは走り茸といって、キノコの一種らしい。動くキノコなど見たことがないと言うと、魔の森のキノコだと答えた。
「串持ってくるからそいつ逃がさないでね。本当に逃げ足はやいから」
たたたっとマリアは台所へいき、鉄製の細い串を一本持ってきた。私の前で屈むと、手の中のキノコに狙いを定める。
「そのまま握っててね。そうそう……えいっ!」
ブスッと刺したその衝撃で走り茸は動かなくなった。そっと手を離すと、笠から石づきまで真っ直ぐに一本刺しされたキノコがあった。ただ普通のキノコと違うのは足のようなものが二本、柄から生えている。まさかこの足で走り回るのか……。
串刺しキノコを私に持たせ、マリアは奥の台所へ案内した。他人の家の台所は初めてだ。壁に掛けられた調理器具や棚にある保存食をみると、やはりここで生活しているんだと実感する。そのまま裏口から下屋に降りると、不思議なものがたくさん置いてあった。
「ちょっとここで待ってて。色々触らないでね」
失礼な。許可なく物色などしないぞ。そう思いながらパタパタと動き回る魔女の姿を眺めていた。ふと目に入ったのは床に三つ並べられた黒い大鍋だ。中身は灰で、それに魔女がバケツから赤く色づいた何かを入れていく。熱された石? 二つの鍋に火ばさみでポイポイと赤い石を入れると、次は黒い石を入れる。初めてみるがそれはなんだ? 庶民は皆こういうものを使うのか?
「ねえ、これで早く火が回るように扇いで」
渡されたのは薄い木の板だった。言われるがまま鍋に向かって板で扇ぐと風が起こり、赤い石が輝きを増す。そのうちに黒い石も赤くなっていった。辺りには熱気がこもり、やはりあれは相当な熱を持っているようだ。煙も出ないし、すごく便利なんじゃなかろうか。
私がそうしている間にも魔女は動き回る。水を汲み、新たに鍋をだし、家の中から糸の束を持ってきた。白くキラキラした糸は、いつか工房の見学に行った時を思い出した。
「いい感じに火が回ったわね」
魔女は大鍋のひとつに網を乗せた。その上に小さい片手鍋を置き、水を入れる。どうやらお湯を沸かすらしい。
「次は走り茸の火あぶりよ」
その物騒な響きはやめないか。しかしそんな私のつぶやきは無視され、魔女は嬉々として串刺しのキノコを奪った。憐れ、キノコ。もうひとつの大鍋も中の石が赤々と輝き熱を放っている。火は見えないが、かなり高温だという事がわかる。その鍋には網もしかず、魔女は串刺しにしたキノコを赤い石にかざした。ジリジリと熱されてキノコの表面がちぢれてくる。次第に香ばしい匂いが立ち込めてきた。
「な、なにこれ、とっても美味しそう……」
焦がさないように少しずつ回転させている魔女の口元にはヨダレがあふれてきそうだ。そうやって少しずつ加熱するうちに、キノコの表面が潤ってきた。油分が出てきたのだろう。滴りそうなくらいまであぶって鍋から離す。「持ってて」とキノコを渡された時、ちょうど隣で沸かしていたお湯が出来上がったのだった。
「沸かしたお湯に、月光草で染めた糸を入れる。糸が熱くなったらお湯を捨てて……」
二本の棒で糸が小鍋から出ないように抑えつつ、たらいにお湯を捨てる。小鍋はそのまま作業台に置いた。
「そこに走り茸のエキスを……」
キレイな薄い布でさっきのキノコを包み、魔女が絞ろうとしたが、「あちち……!」と手を離す。そりゃさっきまで火にくべてたんだから熱いだろう。見かねて私がそれを取り上げ、ギュッと絞る。鍋の中にポタポタと走り茸のエキスが落ちていった。絞れるだけ絞って魔女に包みを返すと「さすが男の人ね」と言われた。べ、べつにこれくらい普通だからなッ。
いつのまにか魔女は分厚い革の手袋をしており、熱そうな鍋の中に手を入れた。糸が絡まないように気をつけながら、糸にエキスを揉みこんでいる。手袋をしていても熱いのだろう、険しい顔で作業する魔女の額には汗が浮かんでいた。それから糸を取り出し、ザルにあげて完成だと魔女は言った。あとは日陰で干して乾くのを待つらしい。
「できたわ! 『上昇』の効果に『脚力』を掛け合わせたまじない!」
魔女がビシッと人差し指を立てて得意げな顔をした。聞いたことのない種類だ。魔女はその後首を傾げてうーんと唸った。
「そうね、名前は……『強脚』かしら」
……もしかして私は新たなまじないの完成現場にい合わせているのか?





