14話◇騎士は調子を崩される
朝まで眠れなかった。リクライニングチェアに身体を預け、マリアの体温を思い出す。正直どんな顔して会えばいいかわからない。
二人で同じ部屋に泊まれと言われた時、私は「間違いがあったらどうするんだ」と文句を言った。しかし領主様は「あってもいいじゃない、若い男女だもん」と言い放った。そこに魔女を繋ぎとめたいという打算があるのには気づいている。だけどそれじゃ彼女があんまりにもかわいそうだと思った。恋人にしてやるわけでも、結婚できるわけでもない。だからなにがあっても絶対に手を出すつもりは無かった。……だと言うのに。未だに彼女の温もりを求めたいと思う自分の不甲斐なさに辟易する。
きぬ擦れの音が彼女の部屋から聞こえるたびに心臓が跳ね、ジクジクと痛む。身体を重ねたいという下心ではない。不安に押し潰されないように誰かの体温を感じていたいのだ。
恋情ではない。だからこそ彼女に触れてはいけない。傷つくのは彼女なのだ。そうこう考えるうちに朝日が昇った。そろそろ皆が動き出すだろう。
◇
昨日と同じく侍従のサムが朝食を持ってきてくれた。今回はメイドも一緒に居て、彼女が朝食の配膳をしている間に侍従が身支度を手伝ってくれた。本日は騎士の業務ではない為、騎士服ではなく私服だ。白いワイシャツにベスト、スラックス。首元にはスカーフを巻いてブローチでとめた。革靴は落ち着いた刺繍が入ったお気に入りである。わざわざ屋敷から出向いてくれるのはうれしいが、あの中が安全ではないとわかった今、この者達にもわずかに警戒してしまう。
「若様、こちらはどうしますか?」
侍従が聞いてきたのはカルバートンの民芸店で買った刺繍ハンカチだった。土産にと思って買ったのだが、なんとなく気に入って持ち歩いていた。
「……屋敷に帰るまで持っておきたい。置いておいてくれ」
「かしこまりました」
メイドがお茶を出してくれたのでありがたく頂く。いつもの味慣れたお茶に肩の力が抜ける。無意識にだいぶ力んでいたようだ。そのまま側で控えていたメイドが静かに声をかけてきた。
「……若様。魔女殿はまだ寝室にいらっしゃるようですが手伝いが必要ならいって参ります」
言葉にトゲを感じる。私より起床が遅い魔女に憤っているらしい。起きるのが遅いというより私がずっと起きているだけなのだが。「必要ない」と短く言うとメイドは頭を下げ一歩下がった。……魔女を人目に触れさせたくない。屋敷や職場からも離れたこの宿に、彼女をずっと囲っておくのも良いなと思ってしまう。弱気からくる人肌恋しさは、日が昇っても後を引いているようだ。彼女はどんな顔をして出てくるだろうか。想像して動悸が早くなった。
「では私どもはこれで失礼します。冷めないうちにお召し上がりください」
「ああ、ありがとう」
朝食はまだ温かいスコーンと果実のジャム、野菜と豆のスープだ。侍従達は部屋を出ていった。一人テーブルに着いていたのだが、先に食べるのも味気ないなと思っていた瞬間、魔女の部屋のドアが勢いよくあいた。シュミーズ姿に枕を抱いた素足のままの姿にギョッとする。
「あーん、いい匂いがするぅー」
トドメとばかりにふんふんと匂いを嗅ぐアホ面。……魔女の緊張感もなにもない登場に怒りがこみ上げてきたのはどうしてだろう。ソワソワしていた私が馬鹿みたいじゃないか。次の瞬間にはもう声が出ていた。
「このバカ魔女っ! なんという格好で出てくるんだ! 」
肌は見えてないとはいえ下着姿を夫婦でもない男に見せるなんて、庶民は常識が違うのか? それともコイツに常識がないのか?
「やだーお坊ちゃんこわーい」
全然怖いと思っていないくせに! だいたいお坊ちゃんとはなんだ! ヴィンセント・グスクーニアと呼べと言っただろう! 荒ぶる気持ちをギリギリと奥歯を噛み締めて抑え、コホンとひとつ咳をした。ギロリと魔女を睨んで淡々と告げる。
「……きちんと身だしなみを整えてこい。朝食はそれからだ。早く来ないと先に食べるからな。無くなるぞ」
「すぐ支度してくるわ」
すぐさま扉の奥に消えた魔女は、すぐさま着替えて席に着いたのだった。
◇
朝食を食べはじめ、魔女は「おいしいわ!」といつも通りうるさかった。スコーンの食べ方を説明しつつ、和やかな雰囲気だ。まるで昨夜の事はなかったかのように。
話は変わるが、普段は女性の服装についてあまり気にかけないようにしている。そして気になっても言わない。以前呼ばれた舞踏会で、どこぞの令嬢のドレスを褒めたらとんでもないことになったからだ。あんな血みどろの悲劇は二度と繰り返してはいけない。しかし目の前の魔女にはひと言いわねば気が済まない。
「お前、今日はその格好なのか?」
声をかけると魔女がパッと顔をあげた。おい、ジャムが口元についているぞ。
「やっぱり変かしら」
困った顔をして自分の着ている服を見る魔女。似合っていないとかそういう問題ではないのだが……
「あまりにも庶民だな」
言ったあとで焦った。不躾な言い方に気を悪くしていないだろうか。しかし魔女の格好は本当に庶民の娘そのままだったのだ。生成りのワンピースに味気ないブーツ。昨日もたしか素っ気ない服だった。カルバートンにいた時の方がよっぽどお洒落な服を着ていたぞ。
「あたしだって悩んだのよ。でも身の安全と保身を天秤にかけた結果こうなっちゃったの」
「まじないを掛けているのか?」
「逆よ、なんにもないの。あんまり探られたくないもの」
むしろあの家で着ていた服の刺繍は全部まじないなのか。さらりとスゴい事を言われて内心驚いた。……しかしまじないが無いものを敢えて着る、か。なら誰が用意したものでも良いと言う事だよな?
「……今から用意できるか聞いてみようか」
「え?」
「サム、いるか」と扉の外へ声をかけるとすぐ侍従が出てきた。
「彼女にアフタヌーンドレスを見繕いたい。おい、要望はあるか?」
「魔女っぽいのが良いわ」
「……だそうだ。屋敷にあるものでかまわん。時間がないが、頼む」
今日の話し合いの席には第二王子のアレクセイ様もいることは知っている。魔女っぽいのがどういうのか知らんが、相応しいドレスがある事を祈る。
「かしこまりました。魔女様、少しサイズを計らせてください」
「え、うぁ……!」
ジャムを口に付けたまま侍従に立つよう促され、首回り、肩幅、胸囲を測っていく。後ろでメイドが数字を記録していた。ウエスト、腰回り、上半身と下半身、足のサイズまで測ったあと侍従達は準備のため屋敷へ戻って行った。
三十分もして戻って来たのは家令と侍従だった。持ってきた荷物を部屋に広げていく。マントやブローチ、靴や装飾品が所狭しと並べられ、家令が魔女に合いそうなものを宛てていく。アフタヌーンドレスは首元まできっちり布で覆ってある軽めのドレスだ。しかし今魔女が着ているものは首から肩にかけては黒いレース、鎖骨から下はベルベット生地でできた上品なドレスだった。丈はたっぷり足先まである。赤い髪、白い肌、黒いドレス。レース部分からうっすら見える肌が昨夜の体温を思い出させて心臓の鼓動が速くなる。
正直、こんなに似合うと思っていなかった。
「お見事でございます」
家令も感心したように言葉を漏らす。魔女は恥ずかしそうにドレスを摘んだり、肌ざわりを確かめていた。ふいに魔女が私の方を向いた。青い瞳が私をとらえる。
「魔女っぽい?」
「……ああ。人を誑かす、悪い魔女のようだ」
我ながらその答えがおもしろくて、つい口元がほころんでしまった。





