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一話

それは城崎(しろさき)玲音(れおん)という人物を知るこの学園の生徒にしてみれば、いつもと変わらない風景であった。

夏休みが終わり、休みボケも抜けきらない残暑厳しい夕暮れの中、情けない顔をしながら我が軽音部部長こと、城崎玲音は今まさに己の青春の為にバンドメンバーで、中心的存在である少女、姫路(ひめじ)(ゆき)()を引き止めていた。色男の見苦しい姿というのは実に愉快で、手元のギターの音がコミカルに弾んでゆく。対して姫路の方は、テンポ良く玲音の脛を蹴りつつ、冷たい目で真逆の方向を眺めていた。


「なぁ、頼むよ。もう一度考え直してくれないか? 今お前まで抜けたら、このバンドどうすりゃ良いんだよ」

「嫌だね。大体アンタとあたしの二人だけなのに、バンドも糞もないだろ」

「ギターとベースが居れば十分じゃないか。それに……ドラムとボーカルだって速攻で見つけるし。……美少女の」


 ……ホントに引き止める気があるのだろうか? いつもの調子からか、軽口を叩いた玲音だが、今回に限って言えばそれは悪手だ。

 姫路は目を大きく見開き、こちらを睨み付けた。ちゃんと首輪を付けておけとでも言いたいのだろうが、あいにく俺は玲音の家族でも何でもない、ただの友人だ。

 姫路は玲音に気づかれないうちに、表情をフラットな状態に戻し、玲音の手を払った。


「そうか、じゃぁ美少女じゃないあたしは別のとこ行くから、その調子でベースも見つけてね」

「まぁ、お前が美少女と言うのはおこがましいと云うか……ってちょっと? 雪菜さん⁉ もう一度だけチャンスを! 文化祭まででいいから‼ 頼むって! っおーい‼」


姫路は呆れたのか、足早に教室を出て行く。それに引き綴られるように玲音が後を追うが、それも諦めたのかトボトボと帰って来た。


「お前もギター弾いてないで、止めろよ」


 こいつは今しがた自分が言い放った失言を棚に上げ、何を言ってるのだろうか?


「あのな、玲音。俺はお前の性事情の火消しをしてやるなんて言って無いぞ」


 そもそも今日ここに呼ばれたのは、文化祭に向けて最終的な曲決めの話をする、と聞いたから来たのだ。万年裏方の俺からしてみたら、玲音のバンドが消えたからといって、文化祭で演奏できない、なんて焦ることは演奏しないのだから端からない。


「この薄情者」


玲音が半目で睨んでくるが、元をたどれば玲音が悪いのであって、こちらの非は全く、全然と言い切ってしまって問題ない。

 事の発端は玲音の女癖の悪さだった。玲音は日頃から学校の女子たちに甘い言葉をかけては、遊びほうけている。今回も手癖の悪さから起きた、自業自得といったとこだろう。


「何とでも言え……大体俺言ったよな? メンバー関係に手を出すのはやめとけって」

「いや待て、なんでナチュラルに俺がバンドメンバー食ったみたいになってるんだ?」

「違うのか?」


 玲音は心外だというような表情で、肩をすくめる。彼の信条として、影響の強い身内には手を出さないというのは聞いていたが、どうやら意外にも守り続けていたようだ。


「あぁ違うね、ただ他校で仲良くなった娘が、メンバーの従妹と、彼女っていうのは盲点だった。世界は狭いな……」

「思いっきり、メンバーに関わってるじゃないか」


軽い口調で言っているが、そういった事情に細やかな彼らしくない。今回はどうやら、リサーチ不足で思わぬ落とし穴があったようだ。

玲音は学生鞄の脇に置いてあったペットボトルのお茶を空にし、ゴミ箱へ放り投げるが大きく右に逸れ、軽い音を立て地面に転がっていった。ペットボトルの中にある水滴が乱反射して輝き、玲音は鬱陶しそうに、ボトルをゴミ箱に入れなおした。


「とにかく、今回はお前が悪い。さっさと謝り倒すか、他のメンバーを探せよ」

「そこでお前が入ってくれるってのは無いのな」

「俺は美少女にはなれないからな」

(えい)()ぃ、そんな事言うなって……ほらっ、化粧すれば謎の女子学生で行ける」

「俺はそんな趣味は無い」

「お前文化祭暇だろ?」

「……クラスのメイド喫茶やる」

「えっ? 何お前メイドやんの?」


 そんな趣味は無いと言ったばかりだろうに、この頓珍漢は。

 だんだんいつもの調子が戻ってきたのか、顔つきが軽いものになり、軽口もずいぶん戻ってきていた。


「そんな訳ないだろ。俺は裏だ」

「なら抜けられるじゃねぇか」

「じゃあ言わせてもらうけどな、ギター二人で何するんだよ」

「えぇと、フォークソングとか?」


流石に今回の事は予想外だったようだが、彼の自業自得だ。

現状の問題をはぐらかすかのように冗談を言っていると、向かいの教室から―第三音楽室だろうか―ピアノの音が聞こえてきた。流れてくるのは、《愛の挨拶》


「まだ占領してるのか? あいつ」


 玲音が呆れたように、音楽室の方を見る。

 第三音楽室を、本来の目的で使う人間は教師を除けば、片手で数えるほどしかいない。

この学校には、音楽室が三部屋あり、第一は吹奏部が、第二はアンサンブル部が使っており、第三音楽室は基本空室で、基本的に恋人達の秘事の場になっていた。

ちなみに我ら軽音部は、設立五年の部ですらないので、空いていた物置に簡易吸音パネル張っただけのガバガバ防音室を使っている。

音楽室を使っている奴も、大体が窓を開けるので防音もへったくれもないのだが。


「俺この後、用事出来たから。じゃあな」


 音楽室の主が帰ってしまう前に、行かなければ……。

 ドアの方へ足を進めようとすると、玲音が胴にしがみつく、意外に力が強く、引き摺って進もうにも、中々前に動けない。玲音の顔を見れば、先ほどとは打って変わってとても焦った顔だ。正直本当に余裕がないんだろう。


「ちょ! お前まで居なくなったらマジでヤバいんだって、頼む! 雪菜も居なくなって、お前まで行ったんじゃ、片桐や水月への繋がりが……」

「結局、目当てはそっちじゃないか……」


 本命がポロリと出たが、実際メンバーの当てがないのは事実だし、どうやらここでイエスと答えなければ、帰してもらえなさそうだ。


「お前の代わりに最高のメンバーを探してやるから、今はとにかく行かせろ」

「本当か?」


 グイッと顔を上げ、玲音が目をキラキラと光らせてくる。切り替えの早い玲音に、少々ゲンナリするが、友人の――部長の頼みを断るほど、非情じゃないし、俺だって男だ。義理だ、何だというのは、大事にしているつもりだ。それに、これはチャンスだ。


「任せろよ。お前のお望み通りの……いやそれ以上のメンバーで整えてやる」

「言ったな。お前に全部かけるからなぁ!」

「おう!」


部室を背にし、ピアノの音色の元に駆け足で向かっていく。目標は第三音楽室。最高のメンバーはすぐそこなのだ。

 廊下に出るとむせ返るような熱気に、汗がジワリと滲み出す。

用がない生徒は帰ったのか、いつも騒がしい廊下は静まり返り、グラウンドの運動部の掛け声と、ピアノの音だけが響いて妙な緊張感を持っていた。

 音楽室前に着き、演奏の邪魔にならないよう戸を開けると少女が一人、ピアノを弾いていた。


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