第12部:分析⑩——角川のアイデンティティ・クライシス (自己同一性の危機)
ここまで、角川の構造的問題を多角的に分析してきた。これらの問題の根底にあるものは何か。
それは、「出版社」としてのアイデンティティの喪失である。
出版社とは何か
出版社の本質的な役割は、次の三つに集約される。
1. 「選別」:膨大な原稿の中から、市場に出す価値のある作品を見極める
2. 「編集」:作品をより良い形に磨き上げる
3. 「ブランディング」:作品に「この出版社が出しているから信頼できる」という価値を付与する
これらの機能は、どれも「人間の判断」を中心に成り立っている。経験と直感と市場感覚を持った編集者が、作品と向き合い、読者と向き合い、その橋渡しをする。それが出版社の本質だ。
角川が放棄したもの
しかし、角川はこれらの機能の多くを放棄した。
· 「選別」を、カクヨムのランキングとPVに委ねた
· 「編集」を、作品の「磨き上げ」ではなく「データに基づく判断」に置き換えた
· 「ブランディング」を、「カクヨム大賞」という看板に委託し、その看板自体の価値は市場で失われつつある
角川は、「人間が判断する」というプロセスを放棄し、「機械的にデータを処理する」というプロセスに置き換えた。
その結果、生み出されたのは「編集者の視点」が欠落した、平均的で無難な作品群だった。
プラットフォーマーか、出版社か
角川の現在の姿は、「出版社」でもなければ、「プラットフォーマー」でもない。
出版社であれば、自らの編集判断に責任を持ち、市場をリードする作品を生み出すべきだ。
プラットフォーマーであれば、コンテンツの質よりも「ユーザー数の拡大」と「エンゲージメント」を追求すべきだ。
しかし角川は、その中間に留まり続けている。プラットフォームとしてのデータを「出版社の判断」と誤認し、出版社としての責任をプラットフォームに丸投げしている。
フランスのシェフに寿司を握らせる——国際コンテストの滑稽さ
この「アイデンティティの混濁」は、最近の動きにも顕著に現れている。
角川は、英語で書かれた作品を募集する国際コンテストを実施した。大賞作品は翻訳され、日本のライトノベルとして出版されるという。
これは、「フランスのシェフを日本に連れてきて、寿司を握らせる」ようなものだ。
フランスのシェフがどれほど優れた料理人であっても、彼は寿司の職人技——魚の見極め方、シャリの握り方、酢の加減——を知らない。同様に、英語で書く作家がどれほど優れていても、彼は日本のライトノベルの「職人技」——読者が求めるテンポ、キャラクターの魅力の見せ方、感情の揺さぶり方——を知らない。
それを翻訳して「日本のライトノベル」として売るという発想そのものが、角川が「ライトノベル」を文化ではなく「公式」として捉えていることの証左である。
そして、これまでのデータが示す通り、その「公式」はすでに市場で機能していない。





