scene35 -束の間の休戦②-
「架神・・先輩。」
ぼくは架神さんに声をかける。
「やあ坂井くん。無事そうで安心したよ。」
架神さんはいつもの優しい表情で答えるが、その目はすごく話しそうだ。
「会長さんの事・・・心中お察しします。」
ぼくはその言葉をかけるだけで精いっぱいだった。
架神さんは宙を見上げ、はぁっと白い息を漏らす。
「・・・いや。こちらこそ。」
「ぼくの暴挙のせいで愛玩式さんに危険を招く結果になった事。」
「どんなに言葉を尽くしても君には申し訳が立たないよ。」
架神さんの言葉に、ぼくは言葉を詰まらせる。
「・・それにさ。」
「会長や・・愛玩式さんの事だけじゃない。」
「ぼくは。君の知らないところでいくつもの」
「卑劣な行いをしてきているんだ。」
「ぼくは、物心ついた頃からたくさんの女子たちの求愛を受け。」
「いつしかぼくは。そんな彼女たちの愛に答える事が、何も特別ではない日常のものとなっていた。」
「楽しい事、気分の良い事を楽しみ、飽きれば捨てる。」
「それは、なにひとつ悪意なく。」
「彼女たちに対する優しさだとさえも思っていた。」
「彼女たちの思いを愛だと思い。彼女たちとの楽しい時間を愛だと考え。」
「だからぼくには。」
「愛のために苦しむとか、努力をするとか。」
「・・愛する人を守るとか。」
「そんな気持ちがまったく理解できなかった。」
「たった一人の人を愛し、寄り添い、守る。」
「そんなもの。おとぎ話の中の作り物だと思っていたんだよ。」
「だけどさ。」
「あの時の君の言葉を聞いて、ぼくの心に迷いが生まれたんだ。」
「人は・・会長は愛を幸福だと言った。」
「ぼくの知る”愛”ってやつは。その日その日を楽しむだけの刹那的なものだった。」
「ぼくは愛を、己の人生を費やすほどの幸福だとは到底思えなかった。」
「でも。もし本当に、ぼくが”本当の愛”を知らないだけなのだとしたら。」
「”本当の愛”っていう奴が、人が、世界が言うように」
「切なく、苦しく、美しく幸福なものなのだとしたら・・。」
「・・愛を切望して苦しむ転校生たち。」
「その気持ちが。」
「ぼくにも理解できてしまったんだ・・。」
架神さんはぼくから目をそらし、うつむきながら続ける。
「もしそれが真実なのだとしたら。」
「ぼくは。」
「ぼくに対する愛をぞんざいに扱い、簡単に捨てて。」
「愛を切望するたくさんの人を傷つけ。殺め。」
「大勢の人から愛を摘み取って生きていた。」
「本当の悪は”愛”じゃない。」
「まがい物の”愛”も、悪ではない。」
「”悪”は・・ぼく自身だったんだ・・。」
架神さんはしばらく黙ってうつむき。
そして。
顔をあげ、いつものさわやかな笑顔をぼくに向けてくれた。
「だからぼくは。」
「君が育んでいるという”愛”を応援するよ。」
「君の思いの行く末を。」
「ぼくも見てみたい。」
「・・君の事はぼくが命に代えても守るよ。」
「それが。」
「今のぼくにできる。償いだと思うから・・。」
架神さんがぼくに腕を差し出し握手を求めてくる。
転校生の集会所で握手を交わしたあの日のように。
でも、この握手はあの時とはまったく違う。
ぼくは・・・架神さんの決意に、固い握手で答えた。
ぼくは架神さんと離れ。
そして次に・・・
番長さんのとなりに座り込んだ。
番長さんは何も言わずに焚火を見つめている。
ぼくも何も言わずに一緒に火に当たる。
しばらく沈黙が続いたが。
ぼくは思い切って口を開いた。
「番長さん・・。」
「短い時間だけど、ぼくはあなたと行動を共にしていて、気付いた事があります。」
番長さんは火を見つめたまま何も言わない。
「番長さんの魔人能力。」
「・・痛みを感じない能力と聞きましたが。」
「それって、嘘ですよね。」
「・・番長さん。」
「あなたは誰よりも人の痛みを思いやれる人だ。」
「そんな人が。自分の痛みを感じないなんてとても思えません。」
番長さんは相変わらず何も言わないが、否定もしない。
「番長さん。あなたは・・」
「痛みに耐える事に慣れてしまっているだけなんじゃないですか?」
「人は痛みに慣れる事はできません。」
「でも、痛みに耐える事に慣れてしまっている人はごくまれにいます。」
「あなたもそうなのではないですか・・?」
「・・教えてください。」
「番長さんの過去に、どんな出来事があり。」
「番長さんがどんな思いを抱えて生きてきたのか。」
「・・ぼくは知りたいんです。」
番長さんが、フッと小さく笑い、重い口を開いた。
「・・うちの能力ではなく。」
「うちの過去を聞くか。」
「あいかわらず、面白い男よのう。」
また、しばらくの沈黙が訪れる。
「うちは、過去を話すのはあまり好いとらんのでな・・。」
「・・・だが。約束しよう。」
「すべてが終わった時。きさんにはすべてを話すと。」
「その時が来るまで。もうちとだけ、待ってくれや・・。」
ぼくはその言葉に黙ってうなずいた。
そして、番長さんが続ける。
「坂井よ。きさんは言うとったな。」
「・・転校生共を救いたいと。」
「あの時はうちも。きさんの言葉を真摯に受け止めた。」
「だがのう・・。」
「こと、こうまで及んだ今。」
「うちにはもう、きさんの望みを叶える事はできんかもしれん・・。」
「ド正義を殺めよった転校生のリーダーを。」
「うちはどうしても許す事ができなそうだ。」
ぼくは、番長さんの言葉を黙って受け止めた。
会長さんがナナトの手によって殺された今。
ぼくがどんなに言葉を紡いだとしても、
番長さんのこの言葉に反発する事はできないだろう。
自分が愛した人が、自分をかばい命を失う。
・・どんな気持ちなんだろう。
どんなに想像を巡らせても。
今実際に番長さんが抱えている思い。
その思いの全てを察する事は難しいと思う。
番長さんが続ける。
「・・すべてはもう。」
「後戻りのできないところまで行き尽いてしまいおった。」
「多くの者が戦い。その命を散らせて逝ったのじゃ・・。」
「人を憎み、人を愛し、人を守り。戦い。死んでいく。」
「誰が悪いちう話でもなかったろうに・・。」
「失った命はもう戻らん。」
「人の命を奪ってしまったもんも、もうあとには戻れん。」
「失った命。穢れた命。そのすべてを救う魔法のような言葉など、ありゃあせんのじゃ。」
その言葉に。
ぼくは何も返す事ができなかった。
これから始まる戦いはもう、救いの戦いじゃない。
己の正義を叫ぶ者同士の。殺し合いが始まるんだ。
そして、終わる。
大勢の命を踏み台にして生き残る誰かの正義が、
このダンゲロスの結末となるんだ。
その時。
どこか遠くから聞こえる、ヒューーンという大きな音。
校内の隅から1本の光の線が空へと舞い上がる。
誰もが顔を上げ、その光の行く先を見届けた。
やがて光ははるか上空で破裂し。
ドォォォン!という大きな音と共にまぶしいほどの光で空を照らす。
花火。
空へ向けた爆発だ。
その花火の明かりに照らされるは、体育館。
その体育館からは、さらに数発の花火が打ち上げられ、空を彩った。
合図。
転校生の合図だ。
やつは、体育館にいる。
ぼくたちはいっせいに立ち上がり。
お互いに視線と視線で意思を交わす。
いよいよ。
転校生たちとの最終決戦の火蓋が開かれた瞬間だった。




