scene2, -違和感-
会長と番町の電撃発表から2週間。
あの日から我が慈正心学園は
学園内が全体が恋愛モードとなり
学園内の誰もが心を浮つかせていた。
クラスの中でも誰と誰がくっついた等という話が毎日展開されており
学園内を歩けばカップルを見かけない場所はない。
すっかり胸やけしそうな気分だ。
さらには学園名物の巨大な時計台に新しく設置された電光掲示板。
そこには「308/401」という数字が大きく表示されている。
これは、生徒会長がよくわからない権限で新設した
「全校生徒内の恋人がいる生徒の人数」がリアルタイムに
表示されるというものらしい。
およそ410人中330人。もう全校生徒の8割強が「恋人あり」という事だ。
ぼくたちの教室でも
放課後は男女が寄り添い甘い言葉をささやきあう。
そんな大勢のカップルに囲まれた教室で
男2人でくだを巻く、ぼく【坂井平行】と【布坐健二】。
2人とも当然のようにまだ「フリー」の状態である。
「ちぇっ!なにが「愛が人生」だよ!」
「あんな言葉で乗せられて1週間やそこらでできたカレシカノジョが運命の相手だ~?」
「あーやだねやだね軽薄で。」
布坐はそんな言葉を吐き捨てているがこれはたんに不貞腐れているだけだろう。
こいつの本音はたいがい察する事ができる。
「まあ、全校集会のあの言葉で背中を押されたっていうのもあるんだろ。」
実際にそうだ。
恋に奥手だった少女は背中を押され意中の相手に告白をし
恋よりもスポーツに、勉学に夢中だった男たちも女子たちを意識しそれは恋へと心変わる。
ぼくたちは高校生。
思春期真っただ中の高校生のぼくたちは
ちょっと背中を押してもらえればすぐに恋人ができる環境に恵まれているんだ。
こいつみたいにどこかに欠陥がない限りは。
ぼくは教科書をカバンにしまいながら、
一人でぶつぶつと不満を漏らしている布坐を見上げた。
「あ?なんか言いたそうだな。はっきり言えよ。」
不貞腐れた表情で不満の矛先をぼくに向ける。
「まあまあそんなにカッカするなよ。」
「サッカー部エースのお前なら、変な癖を出さなけりゃすぐに彼女だってできるだろ。」
ぼくはからかうように答えた。
「んだよそれ。良いんだよ俺は俺の恋愛観を解ってくれる人に出会うまで探し続けんだよ。」
「そんな事より坂井。お前の方こそ・・・」
布坐が言いかけたところで、教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
「あ~!布坐くんまだ教室にいたの?」
「もうみんなグランド集まってるよ!」
かわいらしい顔をぷーっと膨らまして布坐を叱るのは
ぼくたちの担任、そしてサッカー部の顧問でもある
【時早矢ゆみ(トキハヤユミ)】先生だ。
・・・そう。これでも先生。
幼い顔はぼくたちよりも歳下と思われてもおかしくない。
サッカー部の顧問と言ってもやっている事は
女子マネージャーと変わりないものらしい。
「わかってるよゆみちゃん!今行くから先にアップしといて!」
「もう!先生に向かってゆみちゃんはないでしょ!」
「みんな待ってるからね!早く来るんですよ!」
「悪いな坂井!そんじゃ部活行ってくるわ!」
布座はひとこと挨拶をかわすと駆け足で教室を出て行った。
それじゃあぼくは、学生寮に戻る前に
いつもの場所に寄ってこうかな。
校舎を出てグランドへ向かってみれば
やっぱりどこもかしこみカップルであふれている。
グラウンドの近くでは何人かの女子が
運動部の練習にいそしむ男子の見学をしているようだ。
これまでは、その女子たちの仲には
サッカー部エースの布座を目当てで来ていた子も多かったが
今は自分のパートナーとなった男子の応援に来ている子の方が多くなったようだな。
そんな様子を横目で見たぼくは
ふと例の電光掲示板に目をやる。
「321/401」
・・・さっき教室の窓からちらりと見た数字よりもさらに増えているようだ。
これは放課後の告白というやつでまたカップルが次々に成立しているのだろう。
そんな事実を目の当たりにしてもどこか
他人事のように微笑ましく見る自分と
そして何か言い知れぬ不穏さを感じていた。
まるで何かとても良くない事が起きるカウントダウンのように。
そしてそれとは別に、決定的な違和感に気が付いてしまっているのだ。
「いや、自分の勘違いだよな。」
自分自身に納得させるようにつぶやき首を振る。
その時。
急に何かの気配を感じて勢いよく後ろを振り返る。
・・でもそこには特に不審な誰かはいない。
なんだろう。まるで、恐ろしい何かが遠くから自分を観察していたような
すごく嫌な視線を感じた。
ぶるりとちょっとだけ身震いをして歩を早める。
気のせい。きっと気のせいだ。
【慈正心学園 旧校舎】
もう何年も前から使われていないというこの校舎。
ところどころ壁は削り落ち、汚れ見るからにボロボロというたたずまいだ。
この旧校舎の1室が、今も「用務員室」として使われている事を知る者は少ないだろう。
ぼくが毎日のように訪れているのはその用務員室。
いや。この学園唯一の用務員【石神外犬彦】さんに会いに来たのだ。
「やあ。酒井くん今日も来たのかい。」
用務員室でお茶を飲んでいた石神外さんがにこりと微笑み迎えてくれた。
石神外さんはもう60歳にはなるだろうというお爺さんだ。
細い身体と真っ白な頭髪。
柔らかく優しい表情と穏やかな雰囲気が好きでぼくはよくこの人と雑談をしに訪れていた。
石神外さんから振る舞われたお茶とせんべいを食べながら
ぼくは石神外さんに話かける。
「ねえ石神外さん。今この学園で起きてる事知ってる?」
「ああ。学生たちがこぞって恋人を作ってる件かい?」
「そうそれ。なんかぼくには釈然としないんだよね。」
「確かに会長の演説は感動的なものだったと思うよ。」
「言ってる事もすごく正当だ。」
「でも…なんかうまく言えないけど、何か見なくてはいけないものから目をそらしているような」
「そんな違和感が消えないんだ。」
「・・・」
「ああ。そうかい。」
「君がそう思うならその何かを大切に考えた方が良いかもね。」
「でもね。ここは学園だ。」
「学校というのはたくさんの個の集まり。」
「みんなそれぞれに人生があり、その人生で培った価値観があり。」
「みんなが違った思想で来ている他の誰でもない個々の存在だ。」
「特にこの魔人学園は個性的な思考の生徒が多いよね。」
「でも、集団で生きていればその場所の空気はひとつになるべきなんだよ。」
「たとえ学園全体の空気と自分の思想が合わなかったとしても」
「周りに思想を合わせ、価値観を合わせ、みんなと協調をして生きていかなければならない。」
「もちろん君特有の個性を、思考を捨てろという話ではないぞ。」
「君自身の思考は自分の胸の内で育て。周りとの共感もまた同じくらい大切にしなくてはいけないんじゃないかな。」
「・・・そうだよね。」
「やっぱり石神外さんはすごいな。」
「みんなとは…学生のぼくたちとも他の先生たちとも違う」
「一歩引いた大人の男って感じだよ。」
石神外さんは、ははっと少しだけ笑ってお茶をすする。
「あ、ぼくそろそろ寮に帰らないと。門限すぎたらまた怒られちゃう。」
「ああ。またいつでもおいで。」
石神外さんはそう言って、立ち上がるぼくを優しい目で見送ってくれた。
やっぱりぼくはこの学校の中で誰よりも石神外さんが好きだな。
いつもぼくの中にある違和感を、優しい話し方で諭してくれる。
ぼくたちとはまるで見ている世界が違うかのようだ。
そんな思いで、ぼくは寮へと帰って行った。




