scene0, -忘心録-
べちゃりべちゃりと不快な音を立て
”それ”は地下施設の細く入り組んだ廊下をさまよっていた。
はあはあと息を切らし這うように歩を進める。
施設内には緊急のサイレンが鳴り響き
何人もの武装した警備隊がその施設を取り囲むように集まる。
「脱走だ!”魔人”ノロイダが逃走!」
「絶対にここから出すな!・・場合によっては生死もいとわん!」
一人の号令を皮切りに大勢の警備隊が銃をかまえ施設の中走り込む。
ノロイダと呼ばれる”それ”は
血と泥と涙と鼻水にまみれた顔に
泣いているような笑っているような表情を浮かべ
おぞましい声をあげながら出口を探し這いずる。
パタパタパタという警備隊の足音が近づいてくる事に気付いたノロイダは
姿を隠すべく目の前にあった大きなとびらに手をかけた。
その扉にはカギがかかっておらず
勢いよく扉を開いたその部屋の中で
ノロイダは…「それ」を目にした。
ノロイダの目からはさらに大粒の涙がボロボロとこぼれる。
う”う”う”と嗚咽にも似た声を絞り出しそれを見つめ
ずるりずるりと室内のそれへと近づいていく。
そしてその直後。
ノロイダの背後、開け放たれたドアの外から
複数の警備隊が銃をかまえる。
「や”め”ろ”…ころ”さ”な”い”で…!」
絞り出すように出したしゃがれた声と
そのおぞましい姿に
警備隊のひとりがうわあと取り乱しノロイダに向けた銃を発砲
それを合図にその場の警備隊員が
一斉に銃弾をノロイダに浴びせる。
ずさりと崩れ去るノロイダ。
血だまりが大きく広がっていき
ノロイダの絶命は誰の目から見ても明らかだった。
警備隊のひとりが無線を手に取りノロイダの絶命を報告。
血だまりの中のそれを囲む警備隊員たちは後味の悪い重い空気にしばし沈黙をした。
その次の瞬間。
死んだノロイダの体からドス黒い靄のようなものが噴き出した。
その黒い靄はいくつもの小さな塊と化し
うわあ!とパニックになる警備隊員たちのひとりの体の中に吸い込まれていく。
その警備隊は胸を抑え、そのまま血の気のない顔で意識を失い倒れる。
その警備隊の持っていた順が暴発し
顔に黒い靄のまとわりついていた警備隊の頭を撃ち抜く。
パニックになりながらも逃げだそうとしていた者の背中に黒い靄が吸い込まれると
廊下に飛び出したところで出くわした他の警備隊員が驚き反射的に発砲。
その警備隊員にも黒い靄はおそいかかる。
一報施設の外で待機をしていた警備隊と司令官たち。
ぞわぞわと不気味な音が施設の中から響いてくるのに気付いたその時にはもう遅く
入口から勢いよく飛び出した黒い靄はその場の隊員たち全員は飲み込まれた。
さらに黒い靄は空高く舞い上がり
市民の住まう町にも降りかかり次々と人々を襲う。
ある者は黒いもやに顔をおおわれ、もがくままに歩道橋から転落し
ある者は胸を抑えて苦しむドライバーの乗った暴走したトラックが突っ込み
家屋からは火が燃え上がり地割れに車が飲み込まれていく。
それはまさに地獄の様相だった。
この地獄絵図の終焉はどうなったのか。
死者数万人。何百万人という死傷者を出したあの事件。
誰もがその名を知る「ノロイダ事件」の全貌を知る物は
今では限られた一部の人間のみと噂されている。




