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取調室の密会

 予想外の大捕物を終えた警官隊を庁舎が拍手で迎える。

 誰も日向少尉を最初から歓迎していなかったのだ。班長と黒鷺に挟まれるようにして連行される日向少尉は、周囲の冷ややかな視線を気にする様子も見せず、ただ静かに班長の後ろ姿を見つめて階段を登った。


「――黒鷺くん、ゲンさんをよろしく」

「はいっ! 彼はどうします?」

「ははっ、それは君が知ることではないよ」


 鼻で笑い、日向少尉の腰に手を回す班長。

 彼は、不満気な源一郎を一瞥してから、日向少尉を廊下の奥にある『取調室』に連行した。


「おい少尉!」

「ゲンさん、だめですよ」


 日向少尉に声をかけようとした源一郎の前に、黒鷺が立ちはだかる。源一郎が言葉をかける前に、日向少尉は班長と共に廊下の奥にある取調室に消えていった。





 日向少尉と班長。軍人と警官。


「やっと二人っきりになれた」

「ふふっ、強引ですね」


 二人は取調室の机を挟んで向かい合い、緊張が解けたように同時に口角をあげた。


「さぁ少尉殿、奥に座ってください」

「どうも」


 日向少尉は辺りを見渡しながら、背もたれが壊れかけている椅子に腰を下ろした。長く使われていない取調室は埃っぽく、換気の悪い室内の空気ははっきりと澱んでいる。カビの不潔な臭いに、日向少尉の顔は一瞬だけ険しくなった。


「まぁちょっとだけ我慢して」


 日向少尉が椅子に座るのと、班長が廊下の人通りを確認してから丁寧に扉を閉める。

 外から開けられないように内鍵も施錠する徹底ぶり。

 日向少尉が感心していると、彼は朗らかな笑みを浮かべて振り返った。


「さぁ、これでいいだろう。どうだい調子は?」

「まぁ……ここまでは台本通りという感じでしょうか?」

「そうだね。良い感じで盤面は動かせたと思うよ」


 全ては台本通り。一転して、和やかな雰囲気に包まれる取調室。

 二人はそれぞれが被っている仮面を外して、楽な姿勢をとっていた。


 日向少尉は制帽を机の上に置き、どっかりと背もたれに身体を預けて脚を組んで余裕の笑みを浮かべ、班長も満足そうに歯を見せて温かい眼差しを日向少尉に向けていた。

 日向少尉は垂れてきた前髪をかき上げながら、縄の跡がしっかりと残る腕を見つめる。


「せっかくなら、ここに連れてくるまでこの腕を縛りあげていればよかったのでは?」

「ははっ、その必要はないよ。どうだった? 痛いところはある?」

「これくらいの痛みなんてまったく問題ありません」

「……ちょっと見せて」


 パッと日向少尉の腕を取る班長。

 強い力。一瞬腕を引こうとした日向少尉の腕が全く動かない。

 持ち上がる腕。

 捲れた軍服の裾からのぞく手首には深く食い込んだ縄の跡があった。

 少しだけ青くなっている。力を入れすぎてしまったらしい。

 班長は眉をしかめ、大きく息を吐いた。


「ねぇねぇ、さすがに少しくらいは痛むでしょ?」

「これも仕方ない痛みかと」

「できれば君が苦しむ姿は見たくないのだけどね」

「中佐の縄抜けの訓練でもう散々に痛めましたから。苦しくもないです」

「ははっ、それと比べられたらね……はぁ」


 少しだけ班長の手の力が弱くなる。

 その隙を突いて、日向少尉は腕を軽く引いて班長の腕を振り払った。

 

 班長の視界から腕が見えないように机の下に手首を隠し、ふとももで摩って痛みを誤魔化した。

 早く話を進めようと、今度は日向少尉から切り出した。


「班長、本題に移りましょう。何か聞きたいことはありますか?」

「そうだね……それじゃ、まずゲンさんのことから聞こう。彼は信頼できそうかい?」

「はい、全く問題ないかと」


 日向少尉は即答する。

 質問した班長は表情を変えることなく、少しだけ身体を前のめりに質問を続けた。


「理由を聞こうか」

「端的に言えば不器用な人間だから……と言えばいいでしょうか。過激派などに情報を流すような器用な間者(スパイ)には見えません。まぁ、あり得るとしても、千夏さんの居場所を教えてもらう又は居場所の捜索を手伝ってもらうために、こちらの情報を流している可能性ですが」

「それもないと?」

「ないでしょうね。考えてみたのですが、彼が過激派連中と繋がっていたとして、奴らの根城と思われている場所を頻繁に訪れるようなことはしないでしょう。むしろ接点を隠すべきです。そうしないと、情報を流している疑いを真っ先に向けられてしまいますから。それに……私が情報漏洩の疑いを指摘した際、同調してきました。あのときの表情で私は確信しました」

「なるほど。でも、千夏さんを追いかけている警察に恨みがあるとかなさそう?」

「たしかに、捜査に納得していない様子はありましたが、恨みは抱いていなさそうです。むしろ、自らこの手で千夏さんを探し出して真相を明らかにしたいようでした。独断専行や貧民窟の出入りも、難航する捜査という状況に目をつけて、自分の捜査を進めているだけでしょう」

「納得だ。さすがだね」

「……貴方もわかっていたのでは? だからあの人を私に預けた。名目は問題児の隔離ということで」

「ははっ、どうだろうね。まぁゲンさんも君を信頼しているみたいだし、第一幕は終わりかな?」

「これも班長さんが提供してくれた資料の数々のおかげですよ。正直、助かりました。千夏の話やひっかけに使った金井家襲撃の資料も……そちらの部屋に私はいけないので」

「構わないよ。これからも欲しい資料があったら遠慮なく言ってね。()()()()()()()()()()()()

「感謝申し上げます……それで? これからどうすれば?」

「ふふっ、それは少尉殿が望むままにすればいい。物語は君の思うがままに動くだろうよ」

「承知しました」


 ここで日向少尉が不敵な笑みを浮かべる。

 迷いは一切感じられない。

 

 これは班長にとって予想外の反応だった。

 気づきを得たのかもしれない。

 本来ならもうここで解散だが、班長は取調べを延長することにした。


 日向少尉に合わせるように椅子に浅く腰掛けて背もたれに大きな背中を預けて口を開く。


「……へぇ、僕にどうしたら良いのか聞いてこないんだね」

「なるようになると思っているので」

「ほぉ……その心は?」

「班長殿が私を捕まえてくれたおかげで、良くも悪くも動きやすくなりましたから」

「あーあれね。ほら家でも言ったじゃないか『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ってさ。まさに有言実行というやつだ」

「さすがに、本当に馬に乗ってやってくるとは思いもしませんでしたけど」

「あははっ、まさに白馬の王子様という感じでしょ?」

「白馬ではなかったですけどね」

「もー、ただの比喩表現だよっ!」

「ふふっ、わかっていますよ。ただ、自分を王子と称するのはさすがに気持ちが悪いのでやめたほうがいいですよ」

「そっか……君から『ゲンさんと貧民窟調査に行くかもしれない』と連絡を受けてすぐに捜査員を手配したのに。結構強引だったんだよ? でも……結果的に良い炙り出しになった」

「それならよかったです。班長の登場は完璧だったと思います。おかげで私も不良軍人らしく上手く捕まることができましたので」

「あれは良い即興だったね。捕まるフリが上手いなーと思ってみていたよ。あんな一瞬で暴漢を倒しちゃう人間を二人で抑えられるわけがないのだけど、良い感じで抵抗していたよね」


 ここで日向少尉は警察官に捕まったときのことを思い出す。

 怒りと不安、悲しみが滞留して出来上がったようなあの場所で生きる人たちのことを思い返しながら、ボーッと天井を見上げる。


「あっ、そうだ!」

 ここで班長が何か思い出したかのように、目を大きく見開いて手を叩いた。


「僕たちには関係ないことだけど、日向少尉が気になっていそうだから先に伝えるね」

「はぁ……いったいなんでしょう?」

「あの残飯屋の亭主と雇われの用心棒のことさ」


 班長の言葉に日向少尉の目に力が入る。

 班長は心のこもっていない笑顔を顔に貼り付けて、話を続けた。


「目撃してしまった以上、さすがにほっとけないから、夜にでもこっそり捕まえておくよ。さすがに表立って捕まえることはできないから、僕一人で対応する形になるけどいいかな?」


 心配を見抜かれていたらしい。

 だが、悪を見逃せない日向少尉にとっては、とても嬉しい報告だった。

 机の上に置いた制帽を被り、椅子に深く座り直して班長に深々と頭を下げる。


「…………班長、ありがとうございます」

「君の解釈する少尉殿は優しい人なんだね」

「……そうなんです。でも、それが怖いのです」


 ぽつりと日向少尉が漏らした言葉を班長は聞き逃さなかった。


「何か変わったことでも?」

「あっ、いえ……私は与えられた使命をやり切る……今は日向少尉として精一杯生きることを決めただけです。彼の生き方を決めることができるのは……私だけですから。彼らしい生き方を突き進もうかと」

「すばらしい。その意気だ」


 小さな拍手が日向少尉に送られる。

 班長からの精一杯の賛辞だった。


「さて、それじゃそろそろここまでにしようか」


 しかし、もう時間が来てしまったらしい。

 廊下に人の気配を感じた班長はおもむろに立ち上がって、わざとらしく腰を伸ばしながら取調室の内鍵を解錠する。


「では、説教は終わりだ」


 日向少尉も立ち上がり、班長の背中に四十五度のお辞儀をした。


「ありがとうございました」

「それと……もう僕と日向少尉が直接顔を合わせて話すこともないだろう」

「問題ありません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 日向少尉の言葉への反応はなかった。

 ゆっくりと振り返る班長は神妙な面持ちで指を二本立てていた。


「……最後に二つだけ君に伝えておく」

「なんでしょうか?」

「日向少尉に監視をつける。あと、出勤してから退勤するまでは基本的にあの捜査本部から出ることは許さない。黒鷺くんに見張らせることになるだろうけど、彼も優秀な警察官だ。行動には十分気をつけるように。まぁ……君なら問題ないと思うけど」

「ご忠告ありがとうございます。では、最後に涙でも流して退室するとしましょうか」

「おぉ! それはいいね、捜査本部での僕の名声も高まりそうだ」


 まもなく日向少尉の瞳には大粒の涙が浮かび上がり、ポロポロと床にこぼれ落ちた。

 班長は感心したように手を叩くと、近づいてくる日向少尉の首根っこを乱暴に掴んで取調室から連れ出す。

 

 本気で怒られた様子の新人将校を見て、廊下で談笑していた捜査員たちが嬉しそうにしていた。

 しばらく二人が廊下を歩いていると、新しいお目付け役が走ってくる。


「班長……えっ、泣いているんですか!?」

「俺からもキツく叱っておいたんだが……黒鷺、少尉殿が好き勝手しないようにしっかりと見張れ。陸軍への苦情はこれから俺が直接話をつけてきてやる。こんなバカを寄越すなって」

「はい! 承知しました!」


 背筋を伸ばして敬礼。

 後日、班長から捜査員に軍からの返事が口頭で通達され、日向少尉は源一郎と共に新しい捜査本部の中で、捜査協力の名目のまま、事実上の軟禁状態に置かれてしまうのだった。


本当に執筆が遅れていて申し訳ございませんでした

(執筆データが消し飛んでしまい、少し……やる気が……すいません、立て直します!!)

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