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過去の女

「お待たせしました。報告も無事終わりましたから、今日のところはひとまず解散でしょうかね」

 

 ギルド職員とのやり取りを終えて帰って来たシオンが開口一番、そんなことを告げる。時刻は昼過ぎ、一般に一仕事終えたと言うには少しばかり早いが冒険者としてはそこまでおかしな話でもない。昼夜関係なく依頼をこなし、休める時に休む……それが冒険者というものだ。

 ましてやクロードは今日、数多の魔獣に加えて『ミシュナウムチルドレン』ムーロルーロをも一人で相手取ったのだ。相応の負傷もしていたのだから、傷を癒して落ち着けることに否やを唱える者はいなかった。

 

「おう、お疲れさん! つってまあ、クロードくん一人がひたすら頑張ってたんだけどな。次からは私らも手伝うからよろしく頼むぜ」

「ずーばーり! 個々の戦力では貴方の足下にも及ばないのでしょうが、培った経験と連携で、サポートから露払いまでしっかり務めて見せますよ」

「……勝手にしろ。俺の邪魔さえしなければ何でも良い」

 

 親しげに話しかけてくるゴッホレールとカームハルトに、もはやクロードは邪険にすることも億劫がっていた。シオン共々、何やら勘違いして美化しているのだ、こんなクズを──何を言っても聞かないならば、相手をするだけ無駄と悟ったのである。

 

 代わりにヴァージニアを見た。不信と敵意、疑念と失望が強く入り交じる彼女のような反応こそが、己には相応しいと奇妙にも安堵する。

 そんな視線にさえ、彼女は嫌そうに応えた。

 

「……何よ」

「別に。てめえくらいの方が楽で良いってだけだ」

「何を──!」

 

 激昂。猛るヴァージニアだが、それさえもクロードからすれば好ましい反応だ。これで良い、これが良い。これくらいがちょうど良いのだ、自分には。

 どこか安堵したように、微かに目を細めるクロードを察して、シオンはやれやれと肩を竦めた。ヴァージニアを止める。

 

「ヴァージニア、止めてください……彼のこんな調子に、毎回そうしていたら疲れてしまいますよ」

「く……! どういうつもりなの『クローズド・ヘヴン』が三人も! こんなの相手にそんな優しく!」

「まったくだ」

 

 異口同音ながら、ヴァージニアもクロードもそこは疑問だった。すなわちシオンにしろゴッホレールにしろカームハルトにしろ、なぜそうまでクロードに友好的なのか。

 およそ来歴的に、親しくする要素のない男だ。元『オロバ』の魔剣士など、普通に考えれば敵でしかない。

 

 ましてゴッホレールとカームハルトの二人に至っては魔剣騒動時、鉢合わせることこそなかったが間違いなくクロードと相対する立場だったのだ。理屈の上でも感情的にも、今のように接する意図がまるで見えない。

 あからさまに訝しむヴァージニアへと、先達たるS級冒険者たちは穏やかに微笑んだ。

 

「『クローズド・ヘヴン』として活動してりゃ、ないでもない話なのさ。『オロバ』云々抜きにさ、昨日の敵が今日の味方だったり。その逆だって」

「ずーばーり! 立ち位置などその時その場で変わるもの、ましてや冒険者など依頼次第ですから。自由な職業の、まあ一つの側面ですね」

「う……そっか『クローズド・ヘヴン』だもんね。国同士のあれやこれやで、他の冒険者とかち合うこともあるか、そりゃ」

「通常の冒険者とは若干、異なるところがそこでしょうね。下手をすると同じ『クローズド・ヘヴン』同士ですら、依頼の都合で戦うこともあり得ますから」

 

 それは、超国家的活動を認められたS級冒険者集団のメンバーだからこその物言いだった。国からの依頼を受けることが多い彼らはそれゆえ、亜人のみならず同じ人間同士、同じ冒険者同士で争うこともままあるのだ。

 政治闘争の一環として利用されることもあれば、今回のように国のしがらみなど関係なく人間世界の秩序のために戦うこともある。『クローズド・ヘヴン』の性質とは、常に自由であるがゆえの不安定さを孕んでいた。

 

 だがだからこそだと彼らは笑う。

 

「何であれ依頼は依頼、こなしてみせてこその私らだけどさ……だからって敵を悪だと決め付けやしない。相手方にも相手方の事情はあるだろうしな、あるいは『オロバ』だって」

「ずーばーり! ですからクロードくんにもそう接しているだけですよ。まして今、少なからず彼の人となりを知ってより好印象は強まっています。ずーばーり! 期待の後輩というものですかね、ええ」

「シオンはもっと単純かつストレートですよクロード。シオンはクロードのおねーちゃんですから。愛しいクロードに、味方するのは当然のことです。ぶい」

 

 客観的な視点からクロードを信用、ないし信頼に値すると判断したらしいゴッホレールとカームハルトだったが、シオンはより個人的な感情からの友愛だと自白する。先日出会った時から今に至るまでずっとそうなのだが、彼女はなぜだかクロードの姉を気取り、かつ恋慕を示すことに躊躇いがない。

 信じがたい思いでヴァージニアが、シオンに問うた。

 

「ゴッホレールさんとカームハルトさんはまあ、分かるけど……シオンさん、愛しいクロードって」

「? 何か問題でも? シオンは初恋ですが?」

「いや聞いてないから! っていうか初恋?! これに!? 良いの!?」

「良いも悪いも、頭で選んで恋などできるものではないでしょう。こういうのはフィーリングだとシオンは思うのです」

「ろ、ロマンチストぉー……」

 

 極めて直感的な恋愛観を持つらしいシオンに、ごく一般的な合理性を以て異性を見る傾向にあるヴァージニアは頬をひくつかせるばかりだ。いやさ人と人との相性など最終的には合理と言いがたい部分をも内包するものとは分かっていてもなお、クロードを見るだに首をかしげざるを得ない。

 

 元『オロバ』であることはこの際どうでも良い──ゴッホレールたちの言うとおりだ、立場が変わればというものもあろう。

 だがそこを差し引いてもおよそ、『輝賢』シオンが見初めるに足る男だとは到底思えないというのがヴァージニアの本音だった。ひねくれきった言動、常軌を逸した格好。顔自体は整っているし強さも明らかにS級冒険者をも凌駕している程だが、それがイコール男としての魅力に繋がるとも言い切れない。

 

 改めて、なぜだ? 困惑と疑問、疑念うずまく『獅子』の視線に、シオンはしかして明朗に答えた。

 

「明確な理由ならもちろんあります。ですがこの手のもの、言語化したとしても陳腐なように思えます」

「そ、そうかなあ……」

「そうですとも。ですからシオンは、ただクロードに向けて言うのです。好きです、と」

 

 儚さを秘めた美しさの少女が、凪いだ瞳で燃えるように『好き』と告げる。無表情の中にも気迫めいた熱情を感じて、ヴァージニアどころかゴッホレールもカームハルトも、目を丸くして息を呑む。

 けれど。それでもクロードは無反応だ。シオンを一瞥し、死んだ瞳のまま、何ら表情を動かすことなく明後日を向く。完全に無関心、あるいは無反応だ。

 構わずにシオンは、彼へと話しかけた。

 

「クロードも時には想いに応えてください、たとえば今とか。『シオンおねーちゃん、大好き』。はいリピートアフターミー」

「…………」

「『シオンおねーちゃん、大好き』、はい」

「…………」

「あん、いけずですね」

「何なの、もう……」

 

 一切反応しない、そんなクロードとのやり取りですら楽しそうに──無表情の中でも常に目を細め、微笑ましげに──している。

 そんなシオンにまったくもって理解できないと、ヴァージニアは天を仰ぐばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告も終えて一同、その日はひとまず解散となった。また明日にでも足並み揃え、『オロバ』の調査に出向くのだろう……もっともクロードだけは我が道を行くがまま、それに他のメンバーが付いていく形になるのだろうが。

 昼過ぎ、夕方までには少しばかり余裕のある町中をやはり、シオンと歩く。付いてくるなと何度か言ったのだがまるで離れようとしない彼女に、クロードもついに折れて何も言わなくなっていた。

 むしろひっきりなく話しかけてくるシオンに自然とつられ、幾ばくかの会話さえ行う始末だ。

 

「む、むむむ。ドロスですか……貴方を誘惑し、あまつさえ風の魔剣士に仕立てた永遠のライバルは」

「……今じゃもう、どうでも良いことだがな。たしかに半年前、俺はあの女に溺れた」

「むかむか。お腹の底から迸る黒い感覚は、これこそ嫉妬なんでしょうか。初めてっぽい感覚は興味深いですが正直、不愉快でもあります」

「……」

 

 自分から聞いておいて、クロードの女性遍歴に対して腹を立てる。シオンの乙女心の発露だが、男からすればまったく筋合いの通らない話であろう。

 かつて、半年前。クロードは風の魔剣士となるにあたり、『オロバ』の一員たるドロスという美女に誑かされていた。そう、まさしく誘惑され、良いように利用され、そして流されるがままに堕ちたのだ。

 

 組織の大幹部ミシュナウムに並々ならぬ執着を寄せていた、美貌の亜人。かつてクロードは本人から、実は『悪魔』という既に滅びた種族の生き残りだと寝物語に聞いたことがあるが……今となっては嘘か真か、たしかめる術もない。彼女は魔剣騒動にて捕らえられ、王国にて入獄しているのだから。

 

 当時の王国南西部冒険者ギルド長でもあったかの女を思い返すだに、クロードの胸中には苦み走ったでは済まされない疼きが生まれる。

 色香に惑った。そう一言で表すに何ら躊躇のない暴走を見せてしまったかつての自分。それでも、認めがたいが、未だにあの女への未練らしき執着が、欠片程度だが残っている自覚があるのだ。

 

 少年クロードの未熟の名残か、はたまたドロスの超越的な美貌と魅力ゆえか。どちらにせよ今でも、クロードにとりドロスとは他と一線を画す存在であることに間違いはなかった。

 

「……おねーちゃん、そのドロスなんかより絶対、貴方に相応しくなります」

「……物好きすぎるだろう。『オロバ』で、ミシュナウムのババアにやけに執着していた女だ。てめえもそうなりたいってか」

「混ぜ返さないでください。貴方の心を未だに捉えて離さない、そんな女にシオンはなりたいのです」

「別に、捉えられてもねえんだがな」

 

 短く発したクロードのその言葉に、概ねの本音と微かな嘘を見出だす。女の勘か、シオンはドロスという輩が彼にとって大きな存在であることを改めて感じ取っていた。

 

 『オロバ』を抜きにしてもこれは、強敵だ──

 

「クロード。まずは添い寝から始めましょう」

「帰れ」

 

 とにもかくにも距離を詰め、親しくなる必要があるだろう。すげなく返すクロードにも負けず、シオンは彼に密着し、半ばもたれるようにさえしながら共に歩くのであった。

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