天使来訪
深夜、クロードは自らが住み着くボロ小屋のベッドの上で、ふと目を覚ました。すきま風の容赦なく気温を下げる室内だが、別段寒さによって目を覚ましたわけではない。
来客の予感がした……あるいは虫の知らせというものかもしれない。ただ何かしら誰かしら、今まさに訪れがあるように直感したのだ。
事実、たちまちドアがノックされた。乾いた音が数回。横たわったまま、静かにクロードは応えた。
「誰だ」
「あやー、起きてるやラテラン。夜更かしさんだねここの人」
「魔剣士って改造された人間でしょ? なら、眠らなくても平気なのかもね、リヨン」
「……少なくとも、家間違えた酔っ払いじゃねえか」
明らかにこちらを知っている口振り。紛れもなく『オロバ』絡みの某かだ。立ち上がり、攻勢魔剣を手に取るクロード。
先手を取って『ストライクドライバー』でもぶちかますか? 一瞬よぎる考えだが否定する。さすがに敵味方知れぬ段階で消し飛ばすのも無茶な話であるし、何より近隣にまで甚大な被害が及ぶ。元より嫌われ者を自負する彼としては、これ以上余計な騒ぎでいらぬちょっかいを出されたくない。
結局のところひとまずは招き入れて、相対せねばならないのだ。分かりきっていた話に嘆息一つして、クロードは告げた。
「入れ。鍵なんぞ付いてねえから勝手に開けろ」
「ええ……? あっ、本当だ。うーん不用心な人だなあ」
「眠らなくても平気でずっと起きてるなら、鍵がなくても良いのかしら。そうでなくともすごい強さみたいだし。あっ、夜分遅くにお邪魔します」
言いながらドアを開け、入ってくる訪問者を見て──クロードは顔をしかめた。女二人、見知った顔でないのはもちろんのこと、背に純白の羽がそれぞれ、生えているのを見て彼女らが『有翼亜人』であることを悟ったためだ。
有翼亜人という、字のごとく翼を有した亜人種は複数存在する。ハーピーやサキュバス、あるいは天使などが代表的とされているそれら亜人は、通常の亜人に比べても空を飛べるという決定的なイニシアチブの観点から、特に強力な種が多いと目されている。
そして目の前の二人、女たちの生やしている翼は純白にして豊満たる羽毛。種族的特徴から言えば、おとぎ話や数少ない目撃例なので伝えられる亜人種『天使』である可能性さえ、クロードに示していた。
「……まさか、『天使』ってのか、てめえら」
「おっ、当たりー。よく知ってるねお兄さん、『オロバ』の誰かから聞いた?」
「たしか『悪魔』の生き残りがいたって話よね、その組織。石頭のトリエントさんが渋い顔してたわ、昔」
「石頭ってかハゲ頭でしょーあの人。今何してんのかな? ニケイア様に切り捨てられたけど、生きてるんでしょ?」
「共和国で人間の裁きを受けて、そうね、今頃牢屋じゃないかしら? 死んではいないでしょうけど、もう会うこともないんじゃない」
あっさりとクロードの推測を肯定しつつも、内輪の会話で盛り上がる『天使』たち。月明かりばかりが無闇に明るい、そんな闇夜にあってもなお透き通るような金髪を伸ばした、揃って瓜二つの美女たちだ。
黙っていれば絵画めいた静寂の美を体現できようものだが、如何せんぺらぺらとよく喋る質のようで、そこのみ抜き取れば町中にもよく見かける光景にまで成り下がっていた。
「にしても何ここさっむー。風すら防げてないって物置小屋ですらないよねこんなの。お兄さん何でこんなとこに住んでるのさ、強いのに」
「どうでも良いことを聞くな……誰だてめえら。何をしに来た」
「うーんつっけんどん。昼間も空から見てたけどさお兄さん、もうちょい明るくコミュニケーション楽しもうぜー? うりうり、かーいい双子に挟まれて幸せだろー?」
「もう、お止めなさいなはしたない。ですがまあ、さすがにお兄さんはもう少し良いところに住むべきですよ? ここじゃ体力だって回復が遅いでしょうに」
「……昼間から、俺を尾けてたのか」
「ええ、粗方。ムーロルーロをあそこまで追い詰めるとはさすがですね、風の魔剣士」
まったく気付かない内に、昼間の戦闘の一部始終を監視されていたらしいことに、クロードは盛大に顔をしかめた。有翼亜人ゆえ遥かな上空からのものだったのだろうが、見世物扱いはさすがに気に入らない。
だがそれ以上に気になったのは、この二人の天使がムーロルーロの名を出したことだった。『ミシュナウムチルドレン』に関しても何かしら、知識を持っていそうな手合いだ……これは、敵でない保証もどこにもない。
静かに警戒を強めるクロードに対し、女天使たちは深夜に似合わぬ明朗さで名乗りを挙げた。
「改めましてこんばんわ! 私らは『最上位天使』の一員! 私が第八位のリヨンでこっちが」
「ごきげんよう風の魔剣士。私が『最上位天使』第七位、ラテランにて存じます。こちらのリヨンとは双子姉妹で私たち、揃って『双子天使のラテラン・リヨン』などと呼ばれたりしてますのよ」
「双子、天使……双子の亜人か。よくよく縁がありやがる」
「あれ食い付くのそこー? ってか何、私らの他に双子の亜人とか知り合いなの? マジ? 超レアじゃんウケるー」
天使たち──双子天使のラテランとリヨンは、苦々しい様子のクロードとは裏腹にどこまでもマイペースな態度で笑うのであった。
「いやあ、私らもここ最近『オペレーション・魔獣』の調査してたんだけどさあ。全然進まないしー、『ミシュナウムチルドレン』なんてのもしゃしゃってきてやりづらいしー」
「かと思えば王国でミシュナウムは死んだとのことですし。挙げ句共和国では、別にスパイ活動をしていた『最上位天使』二人がそれぞれ負傷して、片や命からがら帰還で片や上司に切り捨てられてそのまま放棄と」
申しわけ程度に置かれた椅子に腰掛けて、双子天使のラテランとリヨンは自分たちの身の上を語る。粗茶すら出ない有り様のクロード宅だが、そこはどうでも良いらしかった。
瓜二つの美貌を持つ女たちが、揃って語りかけてくる『最上位天使』の事情。まさか天使なる種族がこのような片田舎をうろちょろしていたのか、というのも併せて、クロードはとりあえず黙って耳を傾けていた。
「もう何がなんやらちんぷんかんぷん。とりあえず発端は魔剣騒動みたいだしさ、手近にいる風の魔剣士さんに助力してもらえないかなーっなーんて」
「ムーロルーロやミーナを相手にあそこまで暴れられる貴方なら頼れます。お願いします、どうか私どもと共に『オペレーション・魔獣』の調査をしてくださいませんか?」
「たまたま近くにいただけでてめえらの都合に巻き込まれるってのか……」
深夜に押し掛けてきての勝手な話に、もしや天使とはこのような輩ばかりなのかと考えながら、天井を見上げる。ボロ小屋の、今にも崩れてきそうな程に朽ちている木組みを漫然と眺めつつ、問う。
「そもそも『天使』がなんで、『オロバ』なんぞを調べてる。連中の仕掛け先は人間で、少なくとも亜人じゃねえぞ。欠片だって関係ねえだろてめえら」
「ところがどっこーい、そうじゃないんだなー」
椅子にもたれて足組みするリヨン。淑やかに礼儀正しい居住まいを見せるラテランとは裏腹に、どうにも粗雑な動作が目立つ彼女は、だからこそか不思議な親しみやすさを醸し出している。
同じ双子だが、リムルヘヴンとリムルヘルとはまた違ったタイプの双子のようだ。どのみち近くにいるだけで疲れる連中なことには違いないのだがと内心、そんなことを考えるクロードに向けてラテランが応えた。
「私たちとて無闇やたら、人の世にご迷惑をお掛けするのは望まないのですが……あの組織、我々『最上位天使』が総出で動かなければならない程のことをしでかしてくださいまして」
「『最上位』でも下っぱの私らやエフェソス、ヴィエンヌくらいならまあ分かるんだけどさー。トリエントさんだのコンスタンツ様だの、果てはニケイア様まで動いてるんだもんなー参るぜー」
ぼやくような双子天使だが、クロードからしてみればトリエントやらコンスタンツやら、ニケイアやらと誰彼かも知れぬ人名を出されてため息を疲れたところで知ったことではない。何ならラテランとリヨンの時点で既に初対面なのだ、会ったこともない二人の上役たちになど、欠片の興味も持てなくて当然だった。
むしろ気になるのは『オロバ』が、天使をしてそこまで動く程に敵対行動を取っていたということだ。あの組織が最終目的と掲げる題目としては、あまりに人間が絡んでいない。
「『オロバ』が、『天使』を総動員させる程の喧嘩を売った? 奴ら、人間の進化しか眼中にないんじゃなかったのか」
「ないと思うよー? その過程で私らにも喧嘩を売ったんだよ。何なら星の端末機構が普通に参戦してるんだし、星そのものにすら噛み付いてるっぽいんよねー」
「『焔魔豪剣』……アインか」
「それと『魔王』もですね。裏では『タイムキーパー』も絡んでいるようですが……この辺は我々の考えることではないでしょう、もちろんお兄さんも含めて」
世界の裏側の話ですからね、と。そう嘯くラテランにクロードは、込み上げるため息をどうにか堪える。
1000年暗躍してきた組織とは、かくも方々に火種を撒いてきたものなのか。かつて一応ながら協力する身だったものとして、つくづく己の嗅覚の鈍さを痛感せざるを得ない。
何が『英雄』になるためだ。そうして入った『オロバ』は邪悪そのもの、ましてや世界そのものにさえ敵対しているではないか。一体半年前の自分は何を以て、あれらに与することを正義としたのか──ドロス。
やはり、色香に惑った子供の末路なのだろう、今の自分は。なるべくしてなった、当たり前の現在。
密やかに暗く嗤って、彼は呟いた。
「く、く──どこまでも俺はクズだ。勝馬のつもりが、くくく」
「お兄さん?」
「どうせ俺なんか……どうせ、俺なんて」
「おーい? お兄さん、どしたのー?」
突然笑いだしたクロードに、著しく理解しがたい狂気を覚える。深夜の暗がり、半裸の男が薄気味悪く嘲る姿はもはや、存在そのものがホラーと言っても過言ではない。
リヨンが、頬をひきつらせながらも己が半身に声をかけた。
「ラテランー。このお兄さん、ちょっとやばくね? 大丈夫? 私ら人選ミスってない?」
「独特なのは見かけと来歴から分かりきっていたことでしょう? 大丈夫よリヨン、お兄さんのついでに人間の冒険者たちや水の魔剣士、特務執行官とも組めれば万々歳だもの」
苦笑しながらも、ラテランは冷静に答えた。眼前のクロードこそ求めていた人材そのものであるが、彼の周囲に集う者たちもまた、『オロバ』を調査する上では魅力的だ。
正直なところ、彼を引き入れそこから芋づる式に戦力を拡充できればとも思うのだ。その際、あるいは自分とリヨンがクロードたちに利用されることとなっても構わない。
すべては『最上位天使』として、『神』の意向に沿うために。自分たちさえ含めたすべてを利用せんとする『天使』らしい思考のラテランは、そんな考えには似つかわぬ可憐な笑みを浮かべた。
「ふーん? 特務執行官……エフェソスとトリエントさんを返り討ちにしたって人間、この辺に来てるんだっけね。そりゃ楽しみー」
「そうね。ようやく私たちの活動も進捗が進みそうで助かるわ。ふふ」
「くく、くくくく……どうせ、俺なんか。くくく」
双子天使と風の魔剣士の、それぞれの笑み。
どのような思惑が渦巻くにせよ、ここにクロードはラテランとリヨンの二人と共闘することとなったのであった。




