次なる暗躍
閃光に眩んだ目が視界を取り戻した時、あったのはすべてが吹き飛ばされた光景だった。
「何と……これほど、とは」
「は、はは。全部なくなってらあ。さっきまで私らがいた、建物が全部」
「ず、ずーばーり……それどころか山にまで及んでますね、これは」
『クローズド・ヘヴン』の三人が、変わり果てた風景に唖然として呟く。何もかも、一瞬のことだった──雪の積もった、遠くに山と、そこから更に手前には『オロバ』の研究所があるばかりの景色が、今や放射状に抉れた大地に呑み込まれ、無惨な爪痕ばかり見せ付けるものと化している。
わずか一撃。クロードが放った『ストライクドライバー』のたった一度の斬撃にて生まれたこの光景は、物理的にも精神的にも多大な衝撃を与えるものに間違いなかった。
「こんなもんか。さすがにここまでやれば、連中もここでまたぞろやらかすなんてのは……いや」
「すごいですね、クロード。これが貴方の力なのですね……クロード?」
一方で攻勢魔剣を背負い直し、死んだ目で己が果たした大破壊を見るのがクロードだ。さしあたり施設を消し飛ばし、この近辺での『オロバ』暗躍の可能性を潰したことについて考えている。
あるいはこれにて『ミシュナウムチルドレン』が河岸を変えることもありえたが……訝しげなシオンを見る。
「『輝賢』。これで奴らは拠点を変えることはあり得るか。地方を移して活動する可能性は、どう考える」
「ふむ……」
問われてシオンの思考が加速する。魔獣、『ミシュナウムチルドレン』。クロード。道中の光景、目の前の風景。
見聞きしたすべての物事を正しく理解し、把握し、整理し、理論を構築する。そうして導きだす推論は、『輝賢』シオンを『クローズド・ヘヴン』、ひいてはS級冒険者たらしめる確信に満ちた理屈だ。
わずか数秒で現状までのすべてからクロードの問に答えを見出だした少女は、無表情に淡々と語る。
「結論から言いますが、現時点ではこの近辺を離れる可能性は低いかとシオンは思います」
「何故だ」
「前回、貴方とリムルヘヴンがミーナと遭遇した際。そして今回、貴方がムーロルーロと交戦してここに至るまでの間。運用された魔獣の数があまりに多すぎるのです……この地方のどこか他のところにも拠点があると考えなければ、とても説明が付けられない程に」
「ここでないどっか近くに、本命の拠点があるってのかい? シオン」
「はい。シオンはそのように推測します。ムーロルーロやミーナがこうまで容易く施設を破壊できたのも、ここが戦略上大した価値のないものだったからこそでしょう。雑で乱暴なやり口も、さしてどうでも良かったと言うならば分かる話です」
ゴッホレールに向けてもそのように頷く。そも今回、『ミシュナウムチルドレン』の動向は適当と言って良い程に乱雑だ。クロードにやたらと魔獣をけしかける姿勢も、施設を中途半端に破壊するやり口も、何もかも。
挙げ句、ムーロルーロに至ってはクロードとの交戦において片腕を切り飛ばされる始末だ。いっそお粗末なまでの動きから、シオンは端的に換言した。
「つまるところ──今回の彼らの動きは、『オペレーション・魔獣』においては大した重要性のあることではなかったのでしょう。施設をとりあえず使用不能にしておこう、と動いていた矢先にクロードが現れたので興味本意でけしかけてみた。以上のものを読み取れません」
「ずーばーり! ……クロードくんや我々は彼らにとってイレギュラーでしたが、本来ならば別に捨て置いても構わなかったと?」
「ですね。互いに満身創痍となる程の死闘で、あっさり撤退を選んだのが証拠でしょう」
何なら片腕を切り落とされたことで、予定外のダメージに慌てた可能性すらありますね──そう推察するシオンに、クロードは不快さを押し殺した吐息を漏らす。
どうでも良いような戦いで、自分は奴らを逃がしたのか。少なくともこちらは全力だったが、向こうは違うとでも言うのか。錆び付いた心が、屈辱に微かな反応を示す。
殺意を込めて、彼は小さく呟いた。
「次で、必ず殺す」
「クロードくん、今度は私らも加勢するさね。嫌って言われても絶対な!」
「ずーばーり! 我々がこの地を訪れた甲斐を、あまり奪わないでくださいよクロードくん。足手まといにはなりませんから」
呼応して意気込むゴッホレール、カームハルトに、クロードは一瞥した。見ればシオンも無言ながら何度かゆっくり、頷いている。
『クローズド・ヘヴン』。世界最高峰の冒険者たちが三人揃って今、わざわざクロードに合わせて共闘することを望んでいるのだ──なんという物好きかと、呆れさえ浮かぶ。
ため息一つして、彼はどうでもよいと呟いた。
「……好きにしろ。連携する気はねえがな」
「こちらで勝手に連携しますからご安心ください。おねーちゃん、頑張りますよ」
「ふん」
目を細めて、無表情にも笑うシオンに、鼻を一つ鳴らして。クロードはすべてを吹き飛ばした大地を背にし、歩き始めた。帰路に着くのだ。
追いかけて『クローズド・ヘヴン』の三人も来た道を戻り始める。決して無駄ではない日だった……魔獣どころか『ミシュナウムチルドレン』、及び彼らが使っていた施設についても情報を得られたのだ。これは今後の戦いにおいても重要な一歩だと、確信できる。
「何で、そんな奴に、そんな風に接してるの……? っもう、まったく!」
そんな四人から少し遅れ、ヴァージニアも歩きだす。すっかり見下げ果てたクロードに異様に友好的な先輩冒険者たちの姿に、不安と不満を禁じ得ない表情だ。
あるいは何か、それこそシオンが言っていたように。未だ見えない今のクロードの持つ、優しさや魅力があるというのだろうか。
「まさか……ね」
とてもそうは思えないが、しばらく見てみなければならないだろう。警戒心も露に、ヴァージニアはクロードの背を見つめるのであった。
『オペレーション・魔獣』本拠地に戻ってきたミーナとムーロルーロに、頭を抱えるのは同じく『ミシュナウムチルドレン』たるシュロウだった。
大した危険などあるはずのない外出──既に破棄した研究施設を、最低限でも証拠隠滅してくるというだけの目的──のはずが、帰って来た二人を見てみればどうしたことか。ミーナの魔獣は著しく数を減らしているし、ムーロルーロに至っては片腕が切り落とされている。大怪我だ。
「何……してんだよお前ら、何? 喧嘩でもしたか? 頼むから同士討ちとかそういうのは止めてくれよ」
「違うです! ……何を笑ってるですか、ムーロルーロ!」
「むははは! さすがにミーナ相手に腕は落とさんなあ! シュロウよ、そこは案ずるでない!」
包帯まみれの体。腕を片方失った状態でなお、けろりと大笑いするムーロルーロが談話室にて寛いでいた。状況にそぐわぬ楽天ぶりに、シュロウもミーナも呆れるやら怒るやら、だ。
まったくとシュロウが呻く。
「こないだミーナが片手を弾けさせてたと思えば、今度はムーロルーロかよ……で? 何があった。お前をそこまで追い詰めるなんて余程だろ、相手は?」
「うむ! 風の魔剣士クロード! いやはや心底恐るべき天才だったぞ、同時に狂ってはいたがあれは傑物だ!!」
「……またかよ。どうなってんだ元『オロバ』の奴が、今更趣旨替えってのかい」
またしても現れたらしい元、風の魔剣士クロード。先日にはミーナと交戦し彼女の片手を粉砕せしめた輩が今度は、ムーロルーロと戦いあまつさえ腕一本落としたのだという。
一度ならばまだしもこれで二度目、それも矢継ぎ早だ。『オペレーション・魔獣』を関知して明らかに妨害しに来ているあたり、かつての同類とはいえもはや倒すべき大敵であることはどうやら、疑い無いようだ。
「参るなあ、この……そいつだけじゃなく水の魔剣士やら『クローズド・ヘヴン』だの、『獅子』なんてのもこの辺を彷徨いてるし」
「『クローズド・ヘヴン』ですか。もしかしてもう、クロードと協力してたりするんですかね? 水の魔剣士とは既に組んでいましたが」
「あり得るなあ、大いにあり得る。こんな片田舎じゃ誰も彼もが顔見知りだろうし、ましてや町だの村だのってんなら、とっくに仲良し小良しかもな」
最悪に近い推測を、けれど確信と共に告げながら。けれど一方のシュロウはシュロウで、別口の懸念事項を抱えていた。
風の魔剣士、水の魔剣士、『クローズド・ヘヴン』、『獅子』──そうそうたる面子だが、今この付近には彼ら以上の戦士が滞在しているのだ。
既に一度、ちょっかいは出している。嘆息と共にシュロウは呟いた。
「まだ町には訪れてないみたいだけど、村の方には『特務執行官』までいやがるものなあ。状況がどんどん悪化していくよ」
「『特務執行官』……エルゼターニア。『ミッション・魔眼』責任者レンサスを倒した戦士です?」
「ああ。レンサスの『転移魔眼』を右目に宿した、今じゃそいつ自身が魔眼使いだっていうおっかねえ姉ちゃんだよ」
『特務執行官』エルゼターニア。数ヵ月前に共和国で発動した『ミッション・魔眼』を鎮圧し、『オロバ』大幹部レンサスを打ち破った共和国最強の戦士。
それがどうしたことか連邦を訪れ、あまつさえ今や『ミシュナウムチルドレン』の本拠地のあるこの地方に滞在しているのだ。風の魔剣士たちとも合流しかねないタイミングは、シュロウたちからすれば何たる間の悪さかと嘆かざるを得ない。
ふと、ムーロルーロが尋ねた。
「そういやシュロウ、お前さん今日は村の方に行ってたな。会ったのか?」
「てかちょっかい出してみたんよ。んで、ものの見事に返り討ちに遭った」
「……なぬ!?」
「えっ、えええ!?」
目を見開く。まさかの告白に、ムーロルーロもミーナも困惑と驚愕しきりだ。
二人がかつての施設を破壊しに出向くのと同時期に、シュロウが村の方面にて『オペレーション・魔獣』絡みの活動を行う。それは元より決めていた予定ではあったが、よもや『特務執行官』と交戦していたとは。
ましてや返り討ちにさえ遭ったなどと、どういうことなのか。じっと見据えれば、誤魔化すようにシュロウは笑った。
「いやー死ぬかと思ったわ、魔獣もそこそこ殺られてなあ。『電磁兵装』つったか、クラウシフ博士もいらんもん造るよなあ」
「シュロウ、お主なあ……」
「ムーロルーロや私のこと、言えないじゃないですか……」
「悪かった悪かった。ほら、育ての親があんなだから揃って変なことに首突っ込んでは火傷するんだよ。全部ミシュナウムの婆さんが悪い! うん」
あっさりと謝罪し、しかも死んだミシュナウムにすべて被せる。根本的に平然としているシュロウに、ムーロルーロもミーナも深くため息を吐いた。
結局のところ、三人ともいい加減で適当な気質があるのだ。それはミシュナウムの教育によるものか、あるいは『生来のものなのか』。誰にも知る由はなかったが……楽天的な雰囲気が彼らと彼女の間には流れていた。
「ま、とにかく『特務執行官』も風の魔剣士と遭遇するだろうし? 成り行きによっては共闘してかかるんだろうさ。覚悟して、『天命魔獣』創造に向けて動かないとな」
「やれやれ……さっさと腕、くっ付けんとなあ。次は何の生き物にするか」
「魔獣創造も現段階で次のステップに移れます。そろそろ上級を使ってみましょうか、二人とも」
「ああ、風の魔剣士どもにガンガン当ててやれ……被験者足りてないんだから、上級で足止めしてる内に下級で拐いまくるんだ。『天命魔獣』の生贄は多ければ多い程良いんだからな」
そうして動き出す、次なる策謀。笑っていても朗らかでも、話す内容は命を踏みにじるおぞましい悪行。
かくして戦いのステージは、更なる展開を迎えようとしていた。




