断裂
静けさの中、沈黙。クロードとヴァージニアの間にあるのはただ、それだけだった。
『オロバ』関連施設と思われる建築物の中へ、ゴッホレールとカームハルトとシオンが調査に向かってすぐ。手負いのクロードとそれを護衛するヴァージニアが暇を持て余す中での空気は、冬の夜空よりも冷え込んでいるように思える。
「……」
「え、と。ええと、その……」
何かしら話しかけようとするも、何をどう切り出すべきか分からない。変わり果てた幼なじみを前に、ヴァージニアは今一つ踏み出せないでいる。
これまでのこと。魔剣騒動や、そこに至るまでのこと。そしてそこから今にかけてのこと……聞きたいことは山ほどあるのに、聞くのがあまりに憚られる、目の前のクロードの風貌。
端的に言って恐ろしいのだ、彼が。『オロバ』などに与し悪の手先となったクロードを、おぞましくも思うし哀れにも、腹立たしくも感じる。だがそれ以上に結局、たった一人で魔獣を蹴散らした異質な強さに対し、怖がっている己を自覚してヴァージニアは歯噛みしていた。
「……っ」
「ふん……」
そんな彼女を一瞥し、鼻で笑う。クロードにはもはや、ヴァージニアという幼なじみは目障りなものでしかない。
過去の、栄光に憧れ名誉を求めていた自分。八つ裂きにしてもし足りないそんな己の関係者が、何を今更か姿を現している。皮肉にもかつて求めた名声を、引っ提げてきた形で。
これも、堕ち果てた己への天罰のようなものなのだろうか。リムルヘヴンといい『クローズド・ヘヴン』の面々といい目の前のヴァージニアといい──これでもかと捨てたはずの夢を体現した者たちばかりが周囲を彷徨く。
死人が置き去りにした、朽ち果てた夢の残骸が後から後から追ってくるような、そんな圧迫感がある。それさえも内心で嘲って、錆び付いた心は面倒げに言葉を放った。
「言いたいことがあるなら言えよ。『獅子』」
「っ」
「どうせ暇だ、聞くだけ聞いてやる……目障りなんだよ。目の前でいつまでもうだうだしやがって、吐くだけ吐いて失せろ。死人相手だ、下らねえ躊躇すんな」
「……こいつっ!」
言うに事欠いて目障りと来た。失せろとも。
あまりにもあんまりな暴言の数々に、咄嗟に手が出そうになるヴァージニアだったが……先程までの光景を見るに間違いなく返り討ちに遭うだけだと、どうにか堪える。
怒り心頭のまま、ならば遠慮もいらないだろうと問う。
「……どうして『オロバ』なんてのに参加したのよ! 人間の敵になんか、どうして!」
「英雄になれると思ったからだ。最短距離で、『勇者』を虚仮にできると信じた」
「『勇者』……? 英雄になれるって、虚仮にできるって、そんなことで!? あんた、自分が何したか分かってんの!?」
「だからこうなってんだろ。てめえ、今の俺がろくな奴にでも見えてんのか」
「見えるわけないでしょ! あんた、最低よ!」
直球の非難。かつての好か嘘偽りなく答えれば当然のこと、罵倒されるに至る。そもクロード自身、今となっては最低の動機だと思っているのだ。反論の一つも浮かばない。
だから死人になったのだ。空を見上げる彼に、感情に任せた声が続いた。
「本当、なんでそんな……! 馬鹿なことして、そんなんで英雄になんてなれるわけないのに……!!」
「まったくだ。半年前の俺に聞かせてやりたい」
「信じられないっ! 信じていたのに、あんたならきっと私の、S級の域にまで到達できるって! いつかきっと、並び立ってくれるって信じてたのに!!」
「そりゃ残念だったな。結果はご覧の通り、ただの死人だ。地べたを這いずるただの骸だ」
激昂する女を、冷めきった瞳と言葉で刺す。恐らくは何やら期待していたのだろう、彼女は。真っ当に冒険者として経験を積み、その果てに頂へ至り『獅子』と並び立つ存在になってくれるのだ、とでも。
ところが現実はこの様だ。真っ当どころか道を踏み外して地獄に堕ちた、虫けら以下の塵が一欠片。息をするだけ無駄なゴミが一匹、死んだ目をしてさ迷うのみ。
これが、クロードの末路なのだ。嫌という程に思い知らされ、ヴァージニアは深く、深く息を吐いた。
泣きそうな目で、彼を見る。
「もう、いい」
「……」
「私の幼なじみは半年前に死んだ。今ここにいるあんたは、同じ名前をしただけの別人。人間の敵で唾棄すべき、クズよ」
「そうだ。ようやく理解してもらえたようで助かる」
心底見下げ果てた瞳で、ヴァージニアは目の前の男を見限った。この男はもう、かつて憧れた年下の幼なじみではない。同じ名前をしただけの、邪悪なのだと見切りを付けたのだ。
そんな視線にどこか安堵を覚え、クロードは少しばかり息を吐いた。白が空に上がって消える。ようやくあるべき処に落ち着いた、そんな座りの良さを感じながらも、素っ気なく言い放つ。
「分かったらどっかに消えろ、目障りだ」
「私だってあんたみたいな奴、傍にもいたくないんだけどね。『クローズド・ヘヴン』のお三方がいるんだもの、あの人たちには協力するわ」
「ちっ……律儀な話だ」
「人間を裏切ったクズには分からないでしょう。約束は、守るものなのよ」
嫌味と皮肉を多分に含んだ声音。完全にこちらを敵と認識しているヴァージニアに、それでも己が勝ててしまうのだろう、と冷徹な分析をして。
クロードは目を閉じ、心を閉ざし、ただひたすらに調査が終わるのを待つばかりであった。
「お待たせしました、クロード。ヴァージニアも留守を預かっていただき助かりました」
「ん、ピッタシ一時間! さっすがシオン、時間管理は万全さねえ」
「ずーばーり! この手の段取り組みは彼女の右に出るものはいませんからねえ」
調査に赴いてからきっかり一時間、『クローズド・ヘヴン』の三人が帰還した。意気揚々と話しているものの、いずれの手にも何かを抱えている様子はない、手ぶらだ。
特に期待していたわけでないクロードが、それでも一応は尋ねる。
「何かあったのか。『オロバ』なり『オペレーション・魔獣』なりに関わるもんが」
「いえ、完全にもぬけの殻ですね。据え付けの実験器具らしい装置の数々から、紛れもなく『オロバ』関連施設とは知れましたが……」
「ずーばーり! すべて破壊され尽くしていましたね。証拠隠滅にしてはあまりに雑で乱暴なやり方でした。ずーばーり! ゴッホレールさんでもああはしません」
「言ってくれるねカームハルトくぅん。つってまあ、その通りなんだけどねえ!」
陽気に笑うゴッホレールを見、やはりかと思う。十中八九『オロバ』の施設とは分かっていたが、それゆえに手がかりもろくに得られないことも正味のところ、分かっていた話だ。
むしろ、設備を雑な破壊に留めていたことの方がクロードには引っ掛かった。1000年もの間、裏でこそこそと暗躍していた組織のやり口にしてはお粗末に過ぎる。よほどいい加減な手合いが、力任せにでもやったのだろうか。
ふと、先程の敵を思い出す。
「……ムーロルーロ。あの木偶野郎が暴れでもしたか」
「ふむ? そう感じるだけの輩だったのですか、クロード」
「さてな。だがそこまで頭の回る感じでもなさそうだったが。何でも力任せってのは、この光景見りゃ分かるだろ」
指差す、乱雑に拓かれた林。クロードを掴んだまま、木ごと薙ぎ倒し進んだ恐ろしくシンプルな攻撃は、明らかに何も考えていないからこそ純粋に凶暴な威力があった。
次に遭ったら今度こそ、必ず殺す。そんなことを静かに決意しながらも、クロードは立ち上がった。何にせよ調査も終わりここに用はなくなった。後は始末を付けるだけだ。
「ん、やるんかねクロードくん。体調の方は大丈夫さね?」
「一時間も座ってりゃな。喧しいのはいたがそれももう、問題ねえ」
「……最低」
クロードの言葉を皮肉と取り、ヴァージニアは怒りの目で彼を睨んだ。明らかな敵意。
どうにも様子のおかしな二人を見据え、『クローズド・ヘヴン』の三人は顔を見合わせた。何やらやり取りがあったようだが、これでは。
こほん、と咳払いを一つ。カームハルトがどこかぎこちなく、二人に話しかけた。
「……ずーばーり! 喧嘩しましたね、お二人さん。それも結構、亀裂が入る感じの」
「いいえ、カームハルトさん。亀裂も何もこんな輩、最初から敵よ。皆さんもこんな邪悪な裏切り者に、気なんてかける必要ないわよ」
「ぉーぅ……ずいぶんやっちゃったみたいですね、クロード」
「落ち着くとこに落ち着いただけだ……てめえらもああなっちまえ」
もはやあからさまなヴァージニアと、相変わらず発言が一々自暴自棄なクロードと。察するに発端がどちらかはともかく、クロードが怒らせてヴァージニアが見限ったとでも言うべき流れなのだろうが……シオンにはそこはどうでも良かった。
クロードの発言に拗ねたように返す。
「なりませんよ、少なくともおねーちゃんは絶対に貴方の味方です。でももう少し、ちょっぴりでも素直になっても良いのでは?」
「素直に全部認めたらああなった。むしろあのくらいのが俺としちゃ助かるんだがな。敵意は落ち着く」
「……クロード」
「拗らせすぎさね、まったく……」
悼ましいと、シオンとゴッホレールはクロードを見つめた。如何なる心理か知れないが、敵意の方に親しみを抱くなど常軌を逸している。
罪悪感に、後悔。生来の生真面目さと得体の知れないコンプレックスとがそれらに交わり、著しく精神を歪ませている。そう推察し、クロードについてまた一つ理解の及ぶシオン。
構わずに魔剣士は、攻勢魔剣を構えた。
「もう良いな? 吹き飛ばすぞ」
「……あ、はい。お願いします、クロード」
「お手並み拝見といくぜ、クロードくん!」
「んな大層な話じゃねえだろうが……ちっ」
舌打ちをしてから、引き出す星の無限エネルギー。手にした攻勢魔剣の刀身が、青白いプラズマを放ち激しく光り出す。そして同時に周囲に圧し掛かる、クロードの存在感、気迫。
「ぐっ!? こ、れは!」
「む、う……予想以上、ですね」
「……!?」
ゴッホレール、シオン、カームハルトがそれぞれ驚愕し呻く。これまでの話と実際に見てきた魔獣の死骸、何よりクロードの身体能力から、魔剣騒動でも見せたという超常の力を未だ有しているのは知っていたが──いざ目の当たりにすれば予想を遥かに越える圧力だ。
敵視していたヴァージニアもこれにはただただ驚きと畏れがあるらしく、困惑に目を白黒させてクロードを見た。
「こ、これが……魔剣士の、『オロバ』の力!?」
「『オロバ』じゃねえ──」
そして振りかぶられる攻勢魔剣。一時間の休憩を経て体力も回復し、星の無限エネルギーを解き放つに何ら問題もない。
ムーロルーロに、ミーナに結局逃げられた先の戦い。死人の周りを無意味に彷徨く英雄たち。かつての己。それらすべてに感じる苛立ちをも乗せて、クロードは今、その光を振り下ろした。
「──俺の力だ。『ストライクドライバー』ッ!!」
極光、爆音。そして衝撃。
──施設さえ越えて山にまで到達する大斬撃が、白銀の世界を塗り替えた。




